#28 名探偵・駒川美夏

 放課後、学校で用事を片付けてから、俺は神崎家のチャイムを押した。


 玄関を開けてくれたのは、神崎に大人の色気を足したような美女だった。

「人見君、いらっしゃい」

 インターホンにカメラがあるので、俺だってことはわかってたみたいだな。


「どうも。今日もお邪魔します」

「エリカに言って開けさせればよかったのに。誰かと思ったわ」

 ママさんが言うのは、スマホのチャットで神崎に「着いた」と送ればよかったのにってことだな。


「すいません、スマホ忘れてきちゃいまして」

「そうなの。今日はお夕飯は?」

「今日は、夕方までには帰りますよ。あまり頻繁にご馳走になるわけにもいきませんし」

「絵美莉がお世話になってるんだもの。遠慮しなくていいのよ?」

「いやぁ、うちの親に怒られますよ」

「今度、ご挨拶しましょうか?」

「い、いや! それは当面なしの方向で……」

「うふふ。わかってるわ。事情が複雑だものね。まだお付き合いしてるわけでもないのに、改まってご挨拶するのも変な気もするし」

「まだっていうか、今後もそういうことはないでしょうしね」


 俺と神崎の関係って、どうにも説明に困るよな。

 うちの親はオタクじゃないので、Vtuberがどうとか説明しても、わかってもらえる気がしない。

 かといって、あまり頻繁に北村にアリバイ工作を頼むのも気が引ける。

 そんなこともあって、駒川の疑いを晴らせたら、今日はすぐに帰る予定でいる。

 家からでも七星ルリナは演じられるからな。

 というより、他のライバーさん同士のコラボも、大半はオンでやっている。オフで実際に会うこともあるが、その場合は「オフコラボ」と銘打って一種のウリにしているな。


 ママさんと話してると、階段から神崎が下りてきた。

「あれ? あんた、着いたらなら連絡しなさいよね」

「悪い、スマホ忘れちゃってさ」

「じゃあ、ハンガーダック買ってきてって言ったのも見てないの?」

「こら絵美莉。人見君を便利に使っちゃダメじゃない。いまから買い物に行ってくるから、ママが買ってきてあげるわ」

 ママさんは、実際に買い物に出ようとしてるとこだったらしい。俺と入れ替わるように玄関から出て行った。


「……ママさん、忙しい仕事なんじゃなかったっけ?」

「うん、まぁ……」

 神崎が、階段を上りながら歯切れ悪く言った。

「心配されてるんでしょうね」

「配信も見てるのかな?」

「さあ、わたしには教えてくれないわ。教えてくれないってことは見てるんでしょ」

「怒られたりしてない?」

「たとえ人に嫌われても、自分に正直になりなさいっていうのが、ママがわたしに言うことだから」

「ママさんの信条か」

「そういうわけじゃ、ないんだけどね。あくまでもわたし向けのお説教よ」


 そんな話をしながら、神崎の部屋に入った。

 三回目ともなると、女の子の匂いにも慣れてきた。オタクにあるまじき順応性に、我がことながら驚いてる。


「じゃあ、早いとこ始めましょうか」

 神崎は気軽に言って、マジキャス支給のスマホでMiniCastを開く。


「こんにちはー。ゲリラ配信でごめんね! ちょっと時間があったから、ひさしぶりにこっちでもやろうかなって。内容は、前回の配信の振り返りかな」


 すこし早い時間帯でもあり、配信への「入り」はやや鈍い。

 だが、今回はそれを気にしなくてもいい。一般のお客さんが少ないほうが、むしろ都合がいいくらいだ。


 神崎は、七星エリカとしてしゃべりつつ、自分のスマホで駒川にチャットを打つ。

 駒川から返信が返ってきた。

『タイミングいいね! ちょうどいま、エリリが配信始めたとこ』

『じゃあ話す?』

『うん、配信聞きながらで悪いけど。ミニキャスはスマホじゃないと見えないから、パソコンからスカイテルかけるね』

 駒川は、神崎よりはパソコンに強いっぽいな。潜在的なオタク属性があるのかもしれない。


 神崎の私用スマホに、スカイテルの着信が入る。

 相手はもちろん駒川だ。

 神崎が俺に、配信用のスマホを渡す。

 俺はうなずき、七星エリカに成りかわる。

 話す内容は、エリカが授業中にノートにまとめてくれている。

 キャラを演じながら、その通りにしゃべっていけばいいだけだ。


 セリフはなるべく少なめに、声量もギリギリまで落とす。

 それだけでは不安なので、俺は廊下に出ようとした。

 神崎のスマホに配信中のエリカ(今は俺)の声を拾われるとまずいからな。


 が、廊下に出ようとした俺の服を、神崎が後ろから引っ張った。


 神崎のスマホから、駒川の声が漏れてくる。

 盗み聞くつもりはなかったが、こんなセリフが飛び出すと、耳が勝手に拾ってしまう。


『……ねえ、絵美莉って最近、人見君と仲良いよね?』

「ふ、ふぇっ!?」

 神崎がうろたえた。

 俺は配信用のスマホを腹に抱え、神崎に背を向けている。

 駒川の声が配信に乗ってしまったら、もう言い逃れはできないからな。

 ミニキャスのマイク機能をミュートにし、俺は駒川の言葉に神経を尖らせる。


『前にカタロニヤでも出くわしたしさ。あれはやっぱりデートだったんじゃないかって、北村君と言い合ってたんだ』

「ち、ちがうって言ったじゃない!」

 神崎があわてて否定する。

 北村め。いや、あの時点ではあいつは神崎=七星エリカとは知らなかったからな。そんな噂話をするのも当然か。


 俺は一瞬だけミュートを解除して配信をつなぎ、再びミュート。

『教室での様子も変だよね。わざと話さないようにしてるみたいだけど、たまに目で追ってるしさ。それも、ちょっとお熱い感じの目で』

「そ、そんなことないわよ!」

『意外だよねー。絵美莉ってオタクは嫌いなんじゃなかったの?』

「嫌いよっ!」


『これ、わたしの想像なんだけどさぁ……⋯⋯いま、人見君と一緒にいたり、しない?』

 駒川の質問に、神崎が一瞬凍りつく。

「ななな……なんでそうなるのよ! こんな時間に一緒にいるわけないって! いたらなんかヤバいじゃん!?」


『やだなー。べつにえっちぃことしてるとは思ってないよ。ただ、今日のエリリの配信には、ルリナちゃんは出てこないのかな……って』

「……っ、……っ!」

 神崎が金魚みたいに口をパクパクして俺を見る。


 が、俺は配信で手一杯だ。

 俺の目と口は、神崎が用意したノートを追っている。

 駒川の言葉の切れ目を縫い、七星エリカの配信をなんとかつなぐ。

 ……廊下に出て声が入らないようにすればいいのだが、神崎がまだ俺の服をつかんでるからな。


「る、ルリナちゃんって?」

『エリリの妹ー。エリリ復活はこの子のおかげも大きいよね』

「よねって言われても……し、知らないわよ!」

『エリリがヤバいこと言いそうになったら流れ変えるし、もし言っちゃってもフォローして笑いに変えてくれる賢い子なんだー』

「へ、へえー」

『暴言王と賢者の妹なんて言われてるね』

「だ、誰が暴言……っ、じゃなかった、そんなの、わたしが知るわけないじゃない!」

『そうなんだー。へえー』

「なによその声は!」


『エリリはね、オタクってわけじゃなさそうなんだ。どっちかっていうと、わたしら寄りの女子高生。北村っぽく言えば陽キャだね。でも、ルリナちゃんはたぶんコテコテのオタク。きっちりキャラを演じてるからね。オタクっぽいしゃべりかたじゃないんだけど、キャラを完璧に演じられてる時点でオタ確定なわけ』

「そ、そうなの……そんなの、わたしに言われてもって感じだけど」

 神崎は顔を真っ青にして、スマホをぎゅっと握りしめている。


『わたしの予想ではねー、いま配信してるエリリの中身はルリナちゃん。ルリナちゃんは人見君だから、いまのエリリは人見君。つまり、人見君は絵美莉とグルになって、わたしを騙そうとしてるのかなー……なんて』


「……っ!」

 ガシャン、と音がした。

 スマホを取り落とした神崎が、捨てられた子犬のような目で俺を見た。

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