#17 意外な組合わせ

 俺たちはちょっと歩いて駅を越え、その裏にあるカタロニヤに入った。

 カタロニヤは駅の学校側にもあるんだが、そっちはうちの生徒が多すぎる。


 ウェイトレスさんに案内されて席に向かってると、予想もしない相手と出くわした。

「あれ? 北村じゃん」

「えっ、美夏がどうしてここに」

 俺と神崎が同時に声をあげる。


 ボックス席のひとつに、クラスメイト二人が向かい合わせに座ってた。

 俺のオタ友である北村と、神崎の「親友」駒川だ。駒川のファーストネームはいま初めて知ったけどな。


「人見氏ではござらんか。どうしてはこっちのセリフでござるよ」

「そうだよ! どうして絵美莉がこんなとこに。それも、人見君と一緒なんて意外!」

 北村と駒川が、俺と神崎を見比べながら言ってくる。


「いや、俺こそ意外だって。北村と駒川さんって……まさか、付き合ってんの?」

 同志だったはずの男に彼女がいた!

 しかも、相手はクラスで有数の人気を誇る陽キャ女子だと?

 ブルータスに裏切られたカエサルの気持ちが、いまならわかる。


 が、北村は首を左右に振った。

「ちがうでござるよ。駒川嬢にVtuberについて教えてほしいと頼まれただけでござる」

「いや、それでも十分有罪ギルティなんだが?」

「デートではないでござるよ」

「本当かぁ?」

「それは、悪魔の証明というものでござるな」

 デートであると証明することはできても、デートで「ない」ことは証明できないってことだな。

 だが、それは論点のすり替えだ。

 クラスの女子と放課後にファミレスでだべってる時点で、たとえデートじゃなくても有罪である。

 ……って、今は俺もそうなのか。

 わがことながら実感できねー。


「あはは。北村君、べつにデートってことにしてもいいんだよ? ま、付き合ってるわけじゃないけどね」

 と、駒川が笑って言う。

「って、わたしたちより絵美莉と人見君のほうが意外じゃない! 教室で仲悪いのは偽装だったの!?」


「ち、ちがうわよ! こ、これは、そのう……」

 神崎が顔を青くして口ごもる。

 顔を「赤く」ではなく「青く」してる時点で、こいつの俺への評価がわかろうというものだ。


 それにしても……薄々気づいちゃいたけど、こいつ、アクシデントに弱いよな。

 しかたないので、俺からフォローを入れてやる。

「いや実はさ。昨日神崎さんが俺のシャツにジュースをこぼしちゃって。神崎さんの家にお邪魔してシャワーを借りたんだ。そうしたらお母さんまで帰ってきちゃってさ。なぜか夕飯をご馳走になる流れになっちゃって……」

 ……って、これフォローになってんのかな。

 俺だったら「それなんてエ○ゲ」ってつっこんでるぞ。


 言いながら不安になる俺だったが、さいわいにも駒川はべつのところに食いついた。

「あ、人見君も絵美莉ママに会ったんだ! 綺麗だよね、あの人」

「ああ、マジ綺麗だった。子どもがいるとはとても思えん」

 100%の実感を込めて、俺は力強くうなずいた。

 リアルであれほどバブみに溢れた女性を見たのは初めてだ。


「なるほど。拙者にアリバイ工作を依頼したのはそれが原因でござったか。なかなかのラッキースケベでござるな」

 北村がにやにや笑いながら言ってくる。

「べつにスケベじゃないだろ」

 実際、ラッキースケベもあったけどな。

 北村の目を見るに、こいつ絶対「それなんてエ○ゲ」って思ってるぞ。女子の目があるから言わないだけで。


「そうなの、絵美莉?」

 と、神崎に振る駒川に、

「そ、そうなのよ! で、そのお詫びってことでカタロニヤの安いデザートでも奢るって話になったわけ」

 俺の嘘ではないが本当とも言い切れない説明に、神崎が慌てて乗ってくる。


「ふぅん?」

 駒川が、神崎をおもしろそうな顔で見つめてる。

「な、なによ?」

「ママさんの手料理食べさせてもらったんならそれで十分よね? それでも人目を忍んでここに来たってことは……」

「そ、そういうんじゃないから! ママのわがままに付き合わせて悪かったなって思っただけよ! だいたいデートだったらカタロニヤには来ないでしょ!」

「それもそうだね」

 JK二人が、カタロニヤへの熱い風評被害を繰り広げる。

 デートでカタロニヤに連れてくなってのは、ネットでも定番のネタではあるけどな。カタロニヤは、お財布に優しい普段使いのファミレスなのだ。


「それより、あんたたちこそ何してんのよ!? どうして美夏がVtuberに興味持ってるわけ!?」

 神崎の疑問には北村が答えた。

「昨日拙者が、美少女キャラクターの中身がおっさんの場合もあると言ったでござろう?」

「ああ、そういや言ってたな」

 神崎が教室から飛び出し、駒川が俺に追いかけろって言ってきた時のことだな。


「駒川嬢はそれをおもしろがって、自分で調べたそうなのでござる。で、一人お気に入りのVtuberを見出した……とのことでござった」

「えっ、誰なんだ?」

 興味をそそられ、おもわず聞いた。


(まさか……七星エリカとか言わないよな?)

 神崎の親友である駒川なら、七星エリカとも波長が合うかもしれない。

 俺の隣で神崎も、興味なさそうな様子を取り繕いながら、駒川の次のセリフに集中してる。


 駒川が、あっけらかんと言った。

「ヴァーチャルチャバネゴキブリだけど?」

「なんでそこから入ったんだよ!?」

 ヴァーチャルチャバネゴキブリ。

 口に出すのもおぞましい例の生物を、モーションキャプチャーで自在に動かし、ゴキブリ(あっ、言っちゃった)の生態についてレクチャーするという「バーチャルゴキブリ受肉おじさん」だ。

 俺の隣にいる神崎も、肩をかくりと落としてる。


「駒川嬢はなかなかのゲテモノ好きなのでござる。他の配信者についても知りたいと言われるので、不肖拙者からレクチャーさせてもらっておったのでござるよ」

「な、なるほど……」


 俺たちの会話がひと段落したところで、ウェイトレスさんがやってきた。

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