#16 社長からの呼び出し
昨日は七星エリカのライブ配信の場に居合わせたどころか、その手伝いまでしてしまった。
配信そのものは散々だったが、憧れのマジキャスライバーの生配信に立ち会えた興奮で、昨夜はなかなか寝付けなかった。
しかし、一夜が明けると、昨日の出来事は全部夢だったんじゃないかと思えてくる。
なにせ、教室では俺と神崎に接点はない。
朝挨拶をかわすこともなければ、目が合うことも絶無に等しい。
でも、俺の席は後ろの方で、神崎は前の方。
授業を聞いていれば、自然と神崎の姿が目に入る。
……いや、以前からそれは同じだったはずだ。
だけど今日は、やけに神崎へと目が吸われる。
あらためて言うまでもなく、神崎は美少女だ。
明るい髪が、窓から入ってくる光で輝いてる。
配信の疲れか、ちょっとだるそうには見えるが、青みのかかった瞳はちゃんと黒板へと向けられてる。白くて細い指がシャーペンを動かし、ノートに板書を写していく。
「人見、解いてみろ」
数学教師が、突然俺を当ててきた。
「げっ……」
俺は席から立ち上がり、黒板の前でチョークを取る。
勉強は人並みにはやっている。北村みたいに進路が決まってるわけじゃない俺は、クラスの大勢を占める「とりあえず進学」派に属している。
さいわい、そんなに難しい問題ではなさそうだ。
が、途中で式がおかしくなる。
「あれ……?」
何度か見直してみるが、どこで間違ったのかわからない。
「じれったいわね、正弦定理がまちがってるのよ」
「あ、ほんとだ」
たまたま真後ろにいた神崎が小声でヒントを出してくれたおかげで、俺はなんとか問題を解けた。神崎の声は俺にしか聞こえなかったと思う。
「正解だ。だが、授業は聞いてるようにな」
「すみません」
そう言って席に戻ろうとする俺に、神崎が一瞬勝ち誇ったような顔を向けてくる。
おもわずイラァッ……とするようなドヤ顔だ。助けてもらった恩が一瞬で吹っ飛ぶくらいにな。俺は苦笑しながら席に戻る。
その後の授業は、いちおうまともに聞けてたと思う。
神崎の様子がおかしいことに気づいたのは午後のことだ。
休み時間にスマホを持って出て行って、帰ってきてから様子がおかしい。
キツい顔をしたかと思えば、泣き出しそうな顔になり、恐怖に震えるような顔になった。
たぶん、俺以外は気づいてない。昨日の配信で、神崎の動作がどうモデルに反映されるかを観察してたから、神崎のちょっとした動きにも敏感になってる。神崎=七星エリカとわかる以前から、七星エリカの配信を見続けてもいるからな。
放課後、ちらちら視線を送ってくる神崎にうなずき、校門を出たところで合流する。
「どうしたんだ? 様子が変だったぞ」
「……呼び出しを受けたのよ」
「誰に?」
「社長によ」
「マジキャスの社長さんか」
マジキャスの運営会社の社長は、ライバーの配信をよく見てることで有名だ。たまにコメント欄にも出没する。
ネットメディアのインタビューでは、もともと芸能プロダクションで働いていた人で、「テレビがつまらなくなった」と言ってマイチューバーの事務所を立ち上げたらしい。最初は「V」(Vtuber)に限ってはいなかったのだが、昨今のVtuberブームに乗っかる形でMAGIC/CASTをプロデュース。十六夜サソリや天海チカに代表されるような個性的なライバーを次々と発掘し、群雄割拠のVtuber業界でマジキャスを中堅どころまで押し上げた。
メディアへの露出は少ないが、マジキャスのライバーたちの語るところでは、かなりの「やり手」で「見た目が怖い」とのこと。とくに、怒らせると怖いと聞く。
「二時間後にこのあいだの喫茶店だって」
「わざわざこっちまで来るんだ」
「チカちゃんと先に打ち合わせをするみたいね」
「ああ、なるほど」
この学校には、マジキャスのライバーが二人も通ってる。用件があるならまとめて片付けたほうが効率はいい。その「用件」は、ほぼ確実に前回のコラボ事故のことで、二人はその当事者なんだしな。
「大変だな。がんばれよ」
俺はそう言って立ち去ろうとする。
その肩を、後ろからがしっ!とつかまれた。
「あんたも来るのよ」
「えっ、なんで!?」
「そんなの、わたしひとりじゃ怖いからに決まってるじゃない!」
「社長さん、怖い人なの?」
「見た目は怖いけど中身はいい人よ」
「ならいいじゃないか」
「普段はいい人なんだけど怒ると怖いのよ!」
珍しく、情けないことを言う神崎。
「怒られそうって自覚はあったんだな」
「なに人ごとみたいに言ってんのよ! 昨日のはあんたのせいでもあるんだからね! 怒られるなら一蓮托生よ!」
「い、いや、でも、打ち合わせの席に部外者がいるわけにも」
「あんたはもう関係者でしょうが! 七星エリカと天海チカの正体を知ってる以上、一度社長に脅しておいてもらう必要もあるし」
「脅し!?」
「うちのライバーの正体バラしたらコンクリ漬けにして海に沈めるぞ、的な」
「いつの時代のヤクザだよ!?」
怖いってそういう意味なのか!?
「それは冗談だけど、社長に言われたのよ。『昨日の配信、誰かの入れ知恵があったろう。そいつも打ち合わせに連れてこい』って」
「怖っ! なんでバレてんだよ!?」
「いつもより抑えがきいてておかしかったって言ってたわ。いつもは竜巻みたいなのに、昨日は突風くらいで済んでたそうよ」
「噂通り、よく見てるんだな」
マジキャスのライバーは、現在三期生までデビューしてる。一期あたり八人だから、合計二十四人ものライバーがいる。配信がかぶらないようタイムスケジュールを組んでるとはいえ、会社経営で忙しい中、配信をチェックするのは大変だろう。
「都内からここまで来てくれたんだよな。行かないわけにもいかないか」
と言いながら、俺はワクワクしていた。人気Vtuber事務所マジキャスを率いる社長に、興味がないといったら嘘になる。
「チカちゃんの打ち合わせが終わるまで適当に時間を潰しましょ。駅裏のカタロニヤなら、うちの生徒もそんなにいないでしょ」
「ロイヤルディナーじゃなくていいのか?」
「カタロニヤのほうが安いから。ケーキはいまいちだけどね」
「昨日配信で言いかけてたのはやっぱりカタロニヤか」
「いまいちだけど、ちゃんと値段以上においしいわ。コスパがいいから、高校生はみんなカタロニヤが好きよね。カタロニヤは女子高生のオアシスよ。ドリンクも飲み放題だし」
「それを配信で言えばよかったのに」
「おいしいものを安く、全国津々浦々で提供するのって、高級レストランで最高の料理を提供するのと同じくらい大変なことだと思うのよね。そういう仕事をしてくれてる人たちを、売ってるものの価格が安いってだけで馬鹿にするなんておかしいわ。……って、ママが言ってた」
「なんだ、ママさんの受け売りかよ」
「うっさいわね。受け売りでも同意見ならいいじゃない!」
「まあな」
こいつはやっぱり、他人をけなして喜ぶようなやつじゃない。
ただ、普通の人が思っても言わないでおくことを、そのまま口に出してしまうだけなんだ。
……いや、それがどうしようもなく致命的な欠点なんだけどな……。
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