#15 ナチュラルボーン煽りライバー

 打ち合わせが中途半端なままに、配信予定時間がやってきた。


「あわわ……どうしよう!?」

「とりあえず、配信画面を改善したって話から入ろう!」

「そ、そうね!」

 配信が始まった。


「みんなー! こんばんは! 今日も元気な七星エリカだよ!」

「おお……」

 まぶしい笑顔で挨拶した神崎は、まぎれもなくアイドルだった。


「今日は雑談回だから、みんなのコメント拾ってくね! その前に……じゃじゃーん! どうよ、この配信画面! 背景とかコメント欄とか、エリリ、超がんばったんだよ!」

 七星エリカのスマイルは見事だった。


 が、コメント欄はいきなりヤバい。

 配信開始直後から『チカちゃんに謝れ』『謝って』『釈明は?』『マジキャスやめろ』など、叩きコメントがガンガン流れてる。

 せっかくの配信画面のリニューアルも、『これくらい普通だろ』『いままでなかったのがおかしい』『それよりチカちゃんに謝って』。ごくまれに、『おお、いいね』『コメント欄ほしかった』みたいな好意的なコメもあるんだが。


 それに加えて、マイチューブの画面下にある「サムズダウン」の動きが酷かった。

 マイチューブでは、動画や配信がよければ「サムズアップ」(高評価、親指を立てたマーク)のボタンを、悪ければ「サムズダウン」(低評価、親指を下に向けたマーク)のボタンを押せるようになっている。

 マジキャスのライバーの場合、配信開始から高評価が積み上がっていくものなのだが……


「うわ。低評価がすげえ勢いで増えてるな……」

 前回の事故コラボの影響だ。天海チカの(一部の)ファンや、単に炎上に便乗したいだけのネットイナゴが、七星エリカを攻撃してる。


「……っ!」

 神崎が救いを求めるように俺を見る。

 俺はホワイトボードに走り書きして神崎に見せる。


『都合のいいコメだけ拾え』

 配信者なら、多かれ少なかれやってることだ。都合の悪いコメントは一言も触れずに受け流し、都合のいいコメントだけを拾っていく。そこから、自分の話したいことや持ちネタへとつなげていく。

 べつに、これはズルじゃない。見る側にとっても、変なコメを拾われて空気が悪くなるより、配信が盛り上がったほうが嬉しいからな。


「『コメント欄ほしかった』、ありがとー! 『BGM綺麗ですね』、だよね! 視聴者さんが送ってくれたものです! マシュマロ三代目さんありがとう!」

 おお、七星エリカがまともにコメント返しをやっている!


 その後も、『チカちゃんに謝れ』の嵐を無視し、数少ないまともなコメントを拾って反応してる。


 が、それも長くは続かなかった。

「『せっかくのコメ欄がチカちゃんに謝れで埋まってて草』。うっさいわね! チカちゃんNGワードにしようかしら」

「おい、それ拾うなよ!」

 と、叫ぶがもう遅い。


『謝罪から逃げるな』『チカちゃんから逃げるな』『自分が悪いのに言論統制する女』『Vtuber界の金正◯』『自分に都合のいいように物事を歪める救いがたいナルシスト』……

 コメントの流れが加速した。トップライバーの配信でもなかなか見ないような速度で非難のコメントが溢れ出す。


「うっざ、しつこいっての! あんたらはそんなだからモテないのよ!」

「ちょっ、冷静に……」

 俺の制止をふりきって、神崎はマジで「チカ」をNGワードに指定した。

 その途端、

『チ/カちゃんから逃げるな』『チ/カちゃんに謝れ』みたいなコメが増える。


「ゴキブリか、あんたらは!」

「おい、おい!」

 俺はホワイトボードをペンで叩く。

『無視しろ! コラボには少しだけ触れて切り上げろ! チカちゃんの印象とか』

 神崎がハッとした顔でうなずいた。


「ま、いいわ。コラボの話よね。チカちゃんとは初めてだったんだけど、話が噛み合わなくて苦労したわ。あの子、動画で見てるとおもしろいけど、直接話すと大変ね。気を遣うわ」

 おいいいいいっ!

 俺は頭を抱えた。


 案の定コメント欄は大荒れだ。

『誰が誰に気を遣ってたんですかねえ』『あれだけ荒らしておいてこの言い様。まちがいなくクソ女』『話が噛み合わないって……チ/カちゃん、いろいろ話振ってくれてたろ』『それを全部この女が潰した!!チ/カちゃん可哀想』


「うっだぁぁっ! うるさいわね! 最後に配信ぶった切ったのはチカちゃんなのよ!? わたしはまだ続ける気だったのに!」


『あの上まだ暴れまわるつもりだったのか』『空気読めね』『この女DQN臭がプンプンするぜ』『気分悪い』『チ/カちゃんに関わるな』……


「ああ、もういいわよ! チカちゃんの話は終わり! いかにもキモオタの喜びそうな現実感のない女よね! オタサーの姫がお似合いだわ!」

 くおおおおおっ!?

 俺は頭をがしがしやりながらホワイトボードに書く。

『他人に触れる時は褒めとけ!』


「そ、そうね……チカちゃんにもいいところはきっとあるわ。えーっと……えーっと。そうだ! はっきりものを言うとことか!? わたし、チカちゃんに『二度と関わらないでください』って言われたわ! 爆笑よね!」


『二度と関わるなwww』『絶縁草』『チ/カちゃんをそこまで怒らせたのか……』『ある意味才能』『いままでのトークでいちばん吹いた』『コラボから絶縁の流れ早すぎない?』……


 小マシになったみたいだが……いいのか、これ。


 ちょっとだけ緩んだ空気に、七星エリカが調子づく。

「わたしってこう見えて物事をはっきり言うほうだから、案外チカちゃんとは相性がいいのかもしれないわね!」


『こう見えて……?』『はっきり言うって空気読まないってことじゃないと思うんですけど』『はっきり言えばなんでも許されるとでも思ってんの?』『どっちにせよもうコラボする機会もなさそうですけどねwww』『チ/カちゃんに関わるな、くりかえす、チ/カちゃんに関わるな』……


「ううう! これめっちゃストレス溜まるわ!」

 神崎が、マイクから離れてそう言った。

「このくらい慣れっこだろ? まともなコメだけ拾ってけ」

 どっちかというとこっちの胃がやられそうだ。

 神崎が配信画面に目を戻す。


「『嫌いな食べ物が多いと聞きましたが、好きな食べ物はなんですか?』……また食べ物の話? えっと、好きなのは……ケーキかしら。でも、ショートケーキみたいな子どもっぽいのは嫌い! モンブランも栗が嫌いだからダメ! チーズケーキは匂いがイヤね! チョコレートケーキはまだマシなんだけど、ファミレスのやつはスポンジがパサパサしてて食えたもんじゃないわ!」

 神崎はそう言い切ると、ドヤって顔で俺を見た。

 敵を作らないで切り抜けたと思ってるようだが、かなり微妙な感じだぞ。


『俺、ショートケーキ好きなんだけど』『モンブランは大人の味じゃね?』『チーズケーキもいろいろあるのに。匂いダメとかそれは子どもっぽくないんですかね』『私パティシエなんだけど』『ケーキに親でも殺されたのかこの女』『ファミレスも店によってはクオリティ高いんだけどなぁ』『どのファミレスのケーキがまずいんですか?』


「ケーキのまずいファミレス? もちろん――」

 答えかけた神崎の頭を、俺はホワイトボードで後ろからはたく。

 神崎がマイクにおでこをぶつけた。

「な、なにするのよ!?」

 神崎がおでこを押さえて抗議してくる。

「それはこっちのセリフだ! ファミレスの実名上げてディスろうとしたろ!? せめて美味うまいほうのファミレス挙げろよな!」


『いまゴンって言ったけど』『ビビった』『事務所の人が実力行使で止めたんじゃねw』『エリカ監視付きかよ』

 神崎の頬を汗がつたう。


「え、えーっと。エリカがおいしいと思うのは、ロイヤルディナーのガトーショコラかな! 好きな専門店は……混むとイヤだから教えてあげない!」


『混むほど影響力あるんですかね』『チ/カちゃんがスナップフォトに上げてたケーキ屋行ったぜ! マジうまかった』『詳しく』『チ/カちゃんの配信見て』『ロイヤルディナーのケーキが美味いなんてみんな知ってる。にわかがケーキ語るな』


「こ、こいつら……」

 神崎が額に青筋を浮かべてる。

 落ち着け、落ち着け、と俺は両手でジェスチャーする。


「ええと……次は……」

 チラッと神崎が俺を見た。

 ホワイトボードにはもう書いてある。

『用意してたネタ』

 神崎が笑顔を作って声音を変える。


「そうそう! 先週、劇団トキの舞台を観たんだ! 感動した! すごかった! 目の前で役者さんが演じてるってだけで、テレビとは大違いでさ! ええと……その、すごかった! どうすごかったかっていうと……えっと……役者さんが目の前で演じてて……っていうのは言ったわね。脚本とか演出とかもほんっとすごくて……う、うう!? 本当に感動したのに言葉が出てこないわ!」


 神崎がもどかしそうに身悶えする。

 まさか……なにかを褒めるのに慣れてなさすぎて、褒める言葉が出てこないのか!?

 他人を罵倒する言葉ならいくらでも出てくるくせに……トーク能力偏りすぎだろ!


『俺も観た。あれはすごかった。オズの魔使いを現代風にアレンジした劇』『エリカの説明だと一向にわからん』『この記事に詳しくまとまってるぞ』『あとで見るわ』『エリカよりリスナーのほうが有能なの森生える』


「もう! とにかくすごかったの! エリカが叩こうと思わないくらいすごかったんだから!」


『まあ、それはある意味すごいな』『こいつがぐうの音も出なかった芝居なら見てみたい』『地方だから見れねえ。それよりこいつ煽ってるほうが万倍楽しい』


 神崎がマイクから離れて言ってくる。

「なによこいつら! 性格悪すぎじゃない!?」

「類は友を呼ぶって本当なんだなぁ」

「なにしみじみ言ってんのよ! あんたは善後策考えなさいよ!」

「用意してたゲームは?」

「それがあった!」


 神崎はパソコンでブラウザゲームの画面を開く。

 多人数でお絵かきをして楽しむゲームサイトだ。マジキャスのライバーはよくここを使ってる。それがきっかけで公式とコラボ企画までやっていた。

「お絵かきしながら雑談しましょ! 部屋はここね! パスは『えりか』」

 神崎の作った部屋に、視聴者たちが入ってくる。


 視聴者たちは共有されたキャンバスの上に、絵や文字を描きはじめる。

 『チカちゃんに謝れ』。


「それはもういいでしょうが! ああもう、あんたらに好きに描かせたらダメね! お絵かき伝言ゲームにするわよ!」

 お絵かき伝言ゲームとは、その名の通り絵を使った伝言ゲームだ。最初の人は、指定されたお題を制限時間内に描いて、次の人に見せる。次の人はその絵を見てお題を推測、また絵に描いて次の人に伝える。最終的に五回伝えたところで、最後の人が答えを当てる。


「わたしからスタートね! お題は隠しておくわよ!」

 神崎は、表示されたお題が配信に映らないようにしてからイラストを描く。

 耳の尖った金髪の女の子。弓を持ってて緑の服。慣れないマウスで描いたにしては、特徴はちゃんと捉えてる。誰がどう見たってエルフだな。

 それを見せられた次の人は、エルフを描いて、その前になぜかテーブルを描き足した。

 そのさらに次の人は、テーブルに上にマイクを足す。

 四人目では、エルフから耳がなくなって、テーブル、マイク、手前にテレビ局のカメラが増えた。

 五人目は、マイクのいくつか載ったテーブルの後ろに、スーツの男を二人描き、その真ん中に、簡単だが特徴をとらえた七星エリカの絵を描いた。四人目が描いてたテレビカメラもちゃんと描く。……制限時間内によくこんだけ描けたもんだ。


「な、なんでこうなるのよ!?」

 頭を抱える神崎をよそに、六人目が答えを入力する。回答には時間制限があるが、回答回数に制限はない。回答はすべてひらがなで。


『しゃざいかいけん』『ななほしえりかのじにんかいけん』『でんげきじにん』『つるしあげ』『じむしょかいこ』『ちかちゃんにあやまれ』

 ブー! 時間だ。


「そんなお題出るわけないでしょ!? まじめにやりなさいよ!」

 怒る神崎をよそに、コメント欄は今日一番の盛り上がりだった。


 その後、神崎はもう一度お絵かき伝言ゲームをやってみたが、お題のティッシュが菓子折りになり、菓子折りはテーブルの上に置かれ、テーブルを挟んで向き合う七星エリカと天海チカへと変化した。最後には、菓子折りをチカに差し出し、「すいませんでした!」と頭を下げるエリカの絵に変わってる。

『しゃざい』『どげざ』『かしおり』『わび』『わたしがわるかったです』『ちかちゃんにあやまれ』

 ブー!


「いい加減にしろおおおおおっ!」


『ぎゃあああ』『耳がああああ』『鼓膜が死ぬ』『やめろ、やめろ』


「あああ、もう時間だわ! あんたらもまじめにやんないし、今日はこれでおしまいよ! あんたらは次の配信来なくていいから! 以上終わりっ!」


 神崎が慣れないマウス操作で配信を停めた。

 しばらく、肩を上下させ、荒い息を繰り返す神崎。

 息が落ち着いたところで、神崎がぎぎいっと振り返る。


「……どうしよ」

「俺が聞きたい……」

 俺の手から滑り落ちたホワイトボードが、音を立ててフローリングの床に転がった。

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