#14 配信するたびにリスナーを怒らせる固有能力
……ひょっとしたら気になってるかもしれないが、遅くなることは家には連絡済みだ。
北村に頼んで、あいつの家で晩ご飯をご馳走になり、パソコンで遊んでることにしてもらった。
北村は、「デュフフ……まさか人見氏からそのような依頼が飛び込んでくるとは思わなかったでござる。あとで根掘り葉掘り聞かせてもらうでござるよ」などと言ってたな。いろんな意味で後が怖い。
ウェブカメラとマイクのセッティングは思ったより早く終わった。
事務所の人が、ほとんど設定し終わった状態で送ってくれてたみたいだな。ほんと、さっさと使えばよかったのに。
設営が終わり、開場を待つばかりになったところで、神崎が言った。
「わたし、自分はトークが上手いと思ってたのよね」
「ええっ!?」
俺はおもわずのけぞった。
「そ、そんなに驚くこと?」
「おまえのどこにトークが上手い要素があるんだ?」
「ちょ、そこまで言うことないじゃない!」
いや、ほんとにそこまでだからな!
「だって、男子はわたしが話しかけると喜んで話に乗ってくるし。たいしたこと言ってないのに笑ってくれるし」
「そりゃ、おまえがかわいいからだろ」
「そうなのよ! わたしってば超絶かわいいから、つまんない話でも男どもが聞いてくれちゃうのよね!」
大半の女子を敵に回しながら、神崎が言った。
こいつのことを「かわいい」とか言うのはほんっっっとに癪だが、残念なことに否定するのは難しい。
「小さい頃からずっとそうなんだもの。あ、わたしの話っておもしろいんだ!って自信を持って当然じゃない!」
「あー、なるほどな……」
「あんたみたいな見るからにオタクっぽい男子だったらそんな勘違いはしないんでしょうけどね。近寄っただけで女子が逃げてくでしょうから」
「その通りだよ、こんちくしょう! 話の内容以前に話しかけたのが俺って時点で相手されねえよ!」
「だって、下手に愛想よくしたら勘違いしてストーカーになりそうだし……」
「年頃の男子高校生なんてそんなもんなんだよ!」
「じゃあ、警戒するのも当然よね」
「ああそうだな! でも口には出すなよな!」
なんでここまでボロクソ言われてこいつを助けなくちゃならないのか?
そう思わなくもなかったが、ママさんに手料理をふるまわれてしまったからな。
あんなママみ溢れる大人の女性に頼まれて、断れるやつなんていないって。
それに、
(身近にライバーがいるなんて、思ってもみなかったからな)
マジキャスオタクとして蓄積したVtuber知識を試してみたくなったのだ。
やっぱり、自分でもVtuberをやってみたいという気持ちはあったんだろう。
でも、そんなの絶対無理だとあきらめて。
自分の願望に気づかないふりをして。
心の奥底に押し込んで蓋をして、「そんな身の程知らずな夢は見てないです」なんて嘯いてた。
だって、そうだろ?
Vtuberなら外見は関係ないとはいえ、じゃあ内面に自信があるかと言われればもにょるしかない。
将来の夢はMyTuberです、なんて言って許されるのは小学校までだ。
ーーVtuberになりたい? は? おまえ、バッカじゃねえの? 現実見ろよ
ーー高校生にもなってVtuberになりたいとか草生える
俺の内心が配信されていたら、そんな煽りコメがつきまくるに違いない。
笑われても馬鹿にされても前に出るーーそのために必要なものが俺にはなかった。
自信やら勇気やら度胸やら面の皮の厚さやら神経の太さやら……良くも悪くも前に進む力を与えてくれるものがなかったのだ。
その点、神崎はどうだ?
たとえクソザコ未満だとしても、こいつは自分で一歩を踏み出した。あれだけ叩かれてもまだ前に進もうとしてる。
その根性だけは本当にすごいと思う。オタ友にお膳立てされても動画一つ上げられないどこぞのチキンとは大違いだ。
俺が七星エリカに惹きつけられたのは、自分にないものを持ってるからなんだろうな。
まあ、こいつの突進力は、本当に「良くも悪くも」なんだが……。
「そもそも、なんでみんなそんなにイキってるのかわからないのよね。わたし、思ったことを正直に言ってるだけなんだけど」
「正直に言ってさえいればなんでも許されるわけじゃねーだろ。おまえは知らず知らずのうちに敵を作る言い方をしてるんだよ」
言ってから、結構上から目線のセリフだな、と自己嫌悪に襲われた。
(後方腕組みプロデューサーみたいになってるな……)
Vtuberのファンの中には、一部で「厄介オタク」と呼ばれる面倒なタイプのファンがいる。
彼らは、上から目線でライバーを批判し、的外れで失礼極まりない長文の「アドバイス」を、自信満々でライバーへと送りつける。
それだけならまだしも、ライバーが自分のアドバイス通りに配信を「改善」しないと、烈火の如く怒り出す。
いちばん厄介なのは、彼らが(主観的には)善意でやってるってことだよな。
でも、ライバーにはそれぞれの考えやスタンスがある。
そいつの狭くて硬直した「Vtuberはこうあるべき」みたいな考えに縛られるいわれはない。
他のライバー、他の箱と比べて何が足りないと言われても、そんなことは本人がいちばんよく知っている。ないと言われてもどうしようもないことだってあるだろう。そもそも、少なくない登録者がいるんだから、そのVtuberには別の魅力がちゃんと備わってるってことだよな。
ま、そんなわけで、上から目線の無責任な批判は、ライバーのモチベを下げる以外にこれといった効果はないと思ってる。
もちろん、探せば理にかなった指摘もあるんだろうけど、強い言葉を使うやつほど思い込みでものを言ってるもんだよな。
的を射た指摘ができる人は、自分の言葉を受け取る人のことも考えて発言できる。だから、上から目線にならないんだろう。
人を上から裁いて気持ち良くなることが目的のやつの意見なんて、どうでもいいよ、ほんと。
とはいえ、七星エリカに関しては、批判されるのももっともという悲しい事情があるんだよな。
こいつの配信を見てれば、厄介な人たちでなくても批判のひとつも言いたくなるってもんだ。
(ま、どうせこいつは気にしないか)
こいつには、むしろはっきり言わないと伝わらない。
もし異論があるなら、すぐに殴り返してくるはずだ。
いかなる炎上にも身動ぎひとつしなかった鋼のメンタル相手に、遠慮するだけ無駄なのだ。
この際、「厄介オタクみたいで恥ずかしい」という俺の内なる羞恥心は捨て去って、ずっと思ってたことを伝えよう。
「敵を作る? どうしてよ? わたしのファンなんだから、わたしの好きなことが好き、わたしの嫌いなことは嫌いってなるんじゃないの?」
「おまえはカルト教団の教祖かなんかか? リスナーにだってそれぞれ好みはあるんだから」
「そんなこと言ったってどうしようもないじゃない。何万人もいるリスナーの好みなんてわからないわよ」
「いや、おまえのリスナーは何万人もはいないだろ。今は千人行けばいいほうじゃねえか」
「う、うっさいわね! 十六夜サソリならソロ配信でもリアタイで数万人は集めるわ! いくらあの人だって、数万のリスナーの好みをいちいち把握して対応してるわけがないじゃない!」
……へえ。こいつでもサソリさんのことは認めてるんだな。
てぇてぇ、と言っていいのかはわからないが。
「俺が言ってるのはそういうことじゃなくてさ。おまえが何かを嫌いと言ったり、バカにしたり、叩いたりしたときに、その何かを好きな人がどう思うか想像しろってことなんだよ」
「……よくわからないわね」
マジでピンと来てない顔してんな。
「わかった。具体的に説明しよう。ええっと、紙かなんかない?」
「このホワイトボードでどう? 配信中のメモに使ってるやつ」
神崎がA4サイズのホワイトボードとペンを渡してくる。
「サンキュ」
俺は、ホワイトボードの真ん中に線を引く。
その左側の上に男、右側の上に女と書いた。
「いいか、よく見とけ。ボード全体が、おまえの配信を見てるリスナーだ」
「もっと男が多いけどね」
「そこは重要じゃないけど、じゃあ直すか」
真ん中の線を、かなり右寄りに引き直す。
「さっきの俺との会話が配信されてたとしよう」
「ふむふむ」
「まず、おまえは自分がかわいいと言ったな。俺の見るところ、おまえはたしかにかわいい」
「でしょ?」
「でしょ、じゃないが。このホワイトボード上に、上から下へ、美男美女度が高い順に並んでると思ってくれ。上が美形、下は……まあ、そうでない人」
「ブサイクってことね」
「人がせっかく言葉を濁してるんだからはっきり言うなよ!」
「何が悪いのよ。現実は現実でしょ。目を逸らしたって顔がよくなるわけじゃないじゃない」
本気でわかってない感じで神崎が言ってくる。悪意なく小首を傾げてるのがムダにかわいくて腹が立つ。
「おまえのかわいさは……悔しいが、まあこのくらいだろうな」
俺はホワイトボードの女性側のいちばん上に近い辺りに、ボードにくっついてたマグネットを置く。
「わかってるじゃない」
「わかってねーのはおまえだよ。さっきのかわいい発言、ブサイク発言で、自分の容姿に自信のない女性は気分を害したはずだ」
俺は、女性側のマグネットより下の部分にでかいバツを描く。
「おまえの配信から、これだけのリスナーが出てったぞ」
「ち、ちょっと待ってよ! こんなに!?」
「まあ、一回くらいなら我慢してくれる人もいるかもな。でも、繰り返してればどうだ? 楽しみたくて見てる配信でイライラさせられたら登録解除するに決まってる」
「う……」
「男の中にも、さっきの発言で、『かわいいからって調子乗るな』と思うやつがいるだろう。ま、こっちはこんなもんか」
俺はホワイトボード男性側の左側二割ほどにバツをつける。
「ふぅん? 男はあんまり逃げないのね」
「そりゃ、かわいい女の子が見たくて来てる連中だからな。だが、そんな連中だって、言われたらイヤなこともある。キモいとか豚とかだな」
「そう呼ばれると喜ぶ人たちもいるって聞いたけど? チカちゃんはよくそうやってあしらってるわよね?」
「あれはイジリとして成立してるからな。
イジリっていうのは、浅すぎると響かないし、深すぎると相手を傷つけてしまう。チカちゃんには、それを嗅ぎ分ける独自の嗅覚があるとしか思えない。
「えーっ? 納得いかないわね。チカちゃんはやってるのに、わたしにはやるなって言うの?」
「おまえのはイジリじゃなくて本心だろ。そういうのはちゃんと伝わるぞ?」
俺は、ホワイトボードの男性側をごっそり半分ほどバツにする。
「ああっ、わたしのお客さんが! せめてお金を置いてって! ハイチャ投げてハイチャ!」
「お客さん言うな。それと、ハイチャを催促するな」
今度は男女無差別にがっつり削った。
残ったのは、ホワイトボード全体の一割くらい。
少ないって? いや、むしろ、こんな配信に残ってるやつの正気を疑うぞ。超弩級の変態か、炎上する配信者を見て悦ぶ性格の悪いのしかいないんじゃないか。
「……とまあ、こんなふうにして、おまえはリスナーを失ってる」
「な、なんてことなの……」
愕然と、神崎が言った。
「敵を作らない言い回しがどれだけ大事か……わかったか?」
「くっ……すごい説得力だわ。あんたシリコンバレーでやってけるわよ」
「シリコンバレー舐めすぎだろ!?」
俺はおもわずつっこんだ。
「俺はむしろ、おまえが気づいてなかったことに驚いたよ」
マジキャスは、こいつを除けば絶好調だ。
どのライバーも着実にチャンネル登録者数を増やしてる。
その中で、こいつだけが登録者数を減らしてる。
俗に言われる「マジキャス補正」も、こいつの前には形無しだ。
一周まわって感心したくなってくる。
「でも、ようやくわかったわ。敵に回さないようにしゃべればいいのね! なんだ、簡単なことじゃない!」
「……だと、いいんだけどな」
どこがリスナーの触れられたくない部分かは、完全には読みきれない。リスナーの反応をリアルタイムに確かめながら、湯加減を調整する必要がある。高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処せよってやつだ。
悪く言えば、行き当たりばったり。要は、こいつの対応能力にかかってる。こいつの、クソザコ未満対応能力にな。
じゃあ、危ないことには触れないようにすればいいって?
それが、そうもいかないんだよな。
おもしろいことの多くは、「みんな薄々思ってるけど言えないこと」だ。
本音をずばりと代弁されると、形の上では悪口であっても、おもわず笑ってしまったりするからな。チカちゃんは本当にこれがうまい。
ただ、これをやるには、リスナーの気持ちを理屈ではなく心で理解してる必要がある。七星エリカには難しいことだ。
「そろそろ時間ね。ふっ! 七星エリカの神配信を間近で見られるなんて、あんたも幸せ者よね!」
「まあ、それは否定しないよ」
俺もそわそわと落ち着かなくなってきた。
不安もあるけど、それ以上に期待と興奮でおかしくなりそうだ。
マジキャスライバーの配信を生で、しかもすぐ隣で見られるのだ。
他のマジキャスファンに知られたら、嫉妬どころの騒ぎじゃ済まないな。
壁時計の針を見ると、配信までもう五分を切っていた。
「今日は一時間の雑談回だな。昨日のコラボのことはどう話すんだ?」
俺が聞くと、神崎が一瞬フリーズした。
「……そ、そうだったー!」
「考えてなかったのかよ!?」
つっこんでるうちに、開始時間がやってきた。
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