#13 親公認で相談相手にされました
「絵美莉ちゃんの――いえ、七星エリカの配信は全部見てるわ」
「「ひぃっ!」」
俺と神崎の悲鳴がハモった。
――親が自分の配信を見てる。
人ごととはいえ、おもわず悲鳴が出てしまった。
ママさんが小さく息をつく。
「ママにはVtuberのことはわからないけど。いまの状態はちょっと……よくないわよね?」
「ううっ!?」
「元気がいいのは絵美莉ちゃんの魅力だとは思うんだけど、ね。コラボしてくれる人たちのことを困らせるのは、ママ、よくないことだと思うの」
「ぐううっ!?」
「視聴者さんは、エリカちゃんに関心を持ってくれた有り難い人たちよね? そんな人たちのことを傷つけるのも、ダメだと思うの」
「ぐふぉっ……」
神崎が食卓に突っ伏した。
「ママ、心配なの。もちろん、七星エリカは架空の存在よ。エリカちゃんがいくら叩かれても、絵美莉ちゃんが直接危害を加えられるわけじゃない。絵美莉ちゃんの評判や経歴に、傷がつくわけでもないわ。
でも、こんな形で七星エリカをやめることになったら、絵美莉ちゃんはきっと落ち込むと思う」
「そ、それは……」
「勘違いしないでほしいんだけど、『一度始めた以上最後まで責任を持て』なんて言うつもりはないの。Vtuberとしての活動は応援してるし、仕事である以上責任感は必要よ。
だけど、絵美莉ちゃんが辛い思いをするくらいなら、いつだってやめていいとも思ってるの。事務所の人たちには迷惑をかけてしまうけど、それでもママは、絶対絵美莉ちゃんの味方をする」
「ま、ママ……」
「お金のことなんて、心配しなくていいのよ? それは親であるわたしが責任を持つことなんだから。心配してくれるのは嬉しいけど、わたしはわたしで、今の仕事が嫌なわけじゃないわ。
でもね、小さい頃から見てるからわかるけど、他ならぬ絵美莉ちゃん自身が、こんな形でやめるのは納得いかないんじゃないかと思うの」
「そ、そう……ね。そんな終わり方は、イヤだわ。絶対イヤ!」
「うん、そうよね。絵美莉ちゃんのそういうところ、ママは大好きよ。
でも、もう絵美莉ちゃん一人では抱えきれなくなってるのも事実だと思うの」
「うぐ……」
「ママのお仕事でもね、そういうことってよくあるの。まだ仕事に慣れてない人が、無理な仕事を抱え込んじゃって、どうにもならずに潰れちゃうってことが」
「……潰れる……」
「学校とはちがってね、お仕事っていうのは際限がないの。学校だったら、事前に試験範囲を教えてくれるわよね? その範囲も、真面目にやればちゃんとこなせるはずの範囲に収めてくれるわ。絶対無理な試験範囲になんて、まともな先生ならしないもの」
「そ、そう、ね」
「でも、お仕事には試験範囲なんてないのよね。絶対こなせっこない量のお仕事が、当たり前のように降ってくるの。しかも、全部完璧にできて当然だって言われるの。そんなの、できなくて当たり前。ちゃんと自分の状態を把握して、これ以上は無理だと思ったら、早めに上に相談するの」
「でも、自分の仕事なんでしょ?」
「そうなんだけどね。どうにもならなくなって困るのは自分だけじゃないから。周りの目を気にして助けを求めないでいると、そのほうが大変なことになっちゃうの。恥ずかしくても、バカにされても、助けを求めなくちゃいけないのよ。そこまで含めてお仕事なの」
「わたしは……バカになんてされたくないわ」
「みんなそうよ。本当は、ちゃんと上の人が見てて、助けてあげるべきなんだけど。みんな忙しいから、他の人のことまで気がつけないこともあるわ。
だから、ピンチになってる本人が、自分の状況を自覚して、助けを求める必要があるのよね。
難しいことだけど、それができるようになれば、ママも安心して見ていられるわ。事務所の人だってそうでしょうし、リスナーさんだってそうかもしれない。絵美莉ちゃんが苦しそうな顔で配信してたら、リスナーさんも胸が苦しくなっちゃうもの」
「……そうね」
「絵美莉ちゃんのやってることは、もうお仕事なの。とっても素敵なお仕事だわ。みんなを楽しませて、夢と元気を与えるお仕事。ママも誇らしいと思ってる。だけど、お仕事だから、絵美莉ちゃんが抱えきれなくなったらみんなに迷惑がかかっちゃう。それなのに、絵美莉ちゃんには助けを求められる人がいない」
ママさんの言葉に、神崎が黙り込む。
ひょっとしたら……と俺は思う。
ママさんは今日、神崎の様子が気になって、早めに仕事を切り上げてきたんじゃないか?
チカちゃんとのコラボ事故が昨夜のこと。
それを、休み時間にでも知ったママさんは、娘のことが心配になって、いつもより早く帰ってきたんじゃなかろうか?
ママさんが、俺にいたずらっぽい笑みを向けてくる。
俺が気づいたことに気づいたって感じだな。
俺は、ママさんにうなずいた。
「――わかりました。七星エリカのことについては、絵美莉さんの相談相手になります。俺でよければ、ですけど」
「ち、ちょっと! 勝手に決めないでくれる!?」
「どうせまだセッティングが終わってないだろ。カメラとマイクをつけて、今夜の配信までに調整しないと」
「そ、そうだった! って、もうこんな時間!? ママごめん! 配信の準備をするわ!」
「はぁい、がんばってね」
「あ、ごちそうさまでした」
「うふふ。お粗末様でした」
「ちょっとあんた! 人のママに色目使ってないで、早くわたしの部屋に来なさいよ!」
「い、色目なんて使ってねえよ!」
「ふふっ。こんな娘でごめんなさいね」
ウィンクして謝ってくるママさんに会釈を返し、俺は神崎の後を追いかける。
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