#6 陽!
さらつやの髪を揺らしながら、やたらと目を引く美少女が俺たちのほうにやってくる。
美少女にもいろんなタイプがいると思うが、こいつは完全に「陽!」に特化した根っからの陽キャ。心の闇なんて、想像したこともないだろう。
その容姿は、3Dアバターを見慣れた俺ですら、リアルにもここまで顔の整った女子がいるんだな……と驚くほどだ。
だいたい、金髪碧眼ってのが反則だよな。クォーターだって噂もある。正確には、金に近い明るい地毛と、透き通るような白い肌、青みがかった瞳ってくらいで、完全に西洋系ってわけじゃない。
明るく輝く瞳で、女子が俺を睨んでくる。
ブラウスのえりの第一ボタンが外されていて、豊かな胸の谷間が……見えそうで見えなかった。でも、綺麗な鎖骨は覗いている。
右手の手首にはビーズのミサンガ。明るい顔立ちとあいまって、若干ギャルっぽい感じもするが、あくまでもアクセント程度に抑えてる。実際、(そういう意味で)遊んでるわけでもないらしい。
要するに、女子高生らしい範囲内で明るく楽しく暮らしてる、ナチュラルボーンのカースト上位。ヤンチャしてトラブったりもしないから、大人たちからも嫌われない。自然に発揮されるリーダーシップがあって、クラスの行事ではいつのまにか人の集まりの中心にいる。非の打ちどころのない陽キャ様だ。
……説明してるだけで胃もたれしそうになってきた。
「さっきから聞いてれば……朝っぱらから教室でいかがわしい話をしないでくれる!?」
さらつやの金髪をふぁさっと後ろにやりながら、陽キャ女子が俺を睨む。
この、陽キャを絵に描いたような女子は
うちのクラス随一の美少女だ。
同時に、オタク嫌いでも有名だ。
ある意味、俺にとっては宿敵である。煮え湯を飲まされたことも一度や二度では済まされない。向こうは覚えてないだろうけどな。
といっても、うちのクラスにいじめのような問題があるわけじゃない。よくも悪くも、うちのクラスは目の前にいる女帝が締めている。
陽キャたちに何かと主導権を握られるのが癪ではあるが、じゃあ代わりに俺が主導権を握りたいのか? と言われると、そんなつもりは一切ない。クラスに降りかかる面倒なイベントをウェイウェイ言いながら片付けてくれるのなら、教室の隅でじっとしてるくらいの我慢はできる。
とはいえ、高ランク女子たちの醸し出す、「あいつらキッモ」みたいな空気に傷つかないわけでもないんだけどな。
朝っぱらからそんな相手にからまれるとは、今日は厄日なのかもしれないな。
おかしい……神社系Vtuber
「ちょっと、聞いてるの!?」
戸惑う俺に、神崎がさらに詰め寄ってくる。
神崎の剣幕に、教室中の視線が俺へと集まった。
(運勢悪すぎなんだけど!? どうしたらいいの、祓ちゃん!?)
そうだ、たしか祓ちゃんはこうも言っていた。
『チョーついてる一日だよ!!! いつもは心に秘めてることも、自信を持って言ってみて!!! 新しい道が開けるかも!?!?』
うおおお、俺は祓ちゃんの占いを信じるぜ!
……と、いうのは半ばネタだが。
実際、いまさらこいつの好感度なんて稼いでもしょうがないよな。
どうせ、底辺より下に落ちることはない。
俺は、開き直って反撃することにした。
「神崎さん。俺たちの話のどこがどういかがわしいっていうんだ?」
俺は、声を低めに抑えて聞いてみる。
「えっ、そ、それは……セクハラじゃない! カップリングがどうとか……」
「どうして『カップリング』って言葉がいかがわしいと思ったんだ? 俺たちはどのキャラとどのキャラがからむと盛り上がるかって話をしてただけだぜ」
「嘘つくんじゃないわよ! どうせ性的に『からむ』話なんでしょうが!」
神崎のつっこみに、俺は小さく首をひねる。
「たしかに、若干そういう要素もあるけどな。でも、その発想はなんか俺たち寄りだぞ。神崎さん……もしかして意外にオタク?」
「だ、誰がよ! 失礼ね! あんたらがいつも教室でしゃべってるから、それくらい察しがついちゃうのよ!」
「くくく……そこから沼にハマっていくのだ……」
「ハマらないわよ! ふざけるのは顔だけにしてよね!」
「おお、神崎嬢のツンは今日も激しいでござるなぁ」
俺の影に隠れて、北村がほっこりとつぶやいた。
北村は以前、美少女キャラが言ってると思えば大概のことは許せると言っていた。神崎は実際美少女なのだから、美少女キャラと思いこむためのハードルは低い。
俺はとても、そこまで達観できないけどな。
「だいたい、さっきから何よ! Vtuberだかなんだか知らないけど、よく知りもしない人の悪口ばっかり言ってるじゃない! 陰湿よ!」
「俺、七星エリカの配信は全部チェックしてるんだけど」
「ぜ、全部ぅっ!?」
神崎がのけぞった。
神崎の顔が、赤くなったり青くなったりした。
……なんだその反応。
おもわず怪訝な表情になる俺に、神崎が信号機状態から立ち直って言ってくる。
「そ、そうだとしてもっ! その人の正体はわからないんでしょ!? 知らない人の陰口叩くなって言ってんの!」
「しかしでござるがな、神崎嬢。昨日の配信は、それはそれはひどいものだったのでござる。人見氏も普段は悪口など言わぬでござるよ。拙者も、鬱憤ばらしの陰口など大嫌いでござる」
「そ、そうなの……」
神崎の矛先が急に鈍った。
北村とアイコンタクトをかわし、俺は事態収拾のために折れることにする。
「気に障ったなら悪かったよ。教室で他人の悪口……じゃないけど、他人の品評をするのはよくなかったな。たとえ知らない人の話でも、いい気がしない人だっているよな」
「そ、そうよ……他の人にも気を使ってよね!」
すこしバツが悪そうに神崎が言った。
北村が、俺をいじるような口調で言ってくる。
「人見氏は後方腕組みプロデューサー予備軍でござるからな。少々上から目線に見えることもなくはないでござるよ」
「かもなぁ。いけね、配信のコメとかでライバーさんを傷つけるようなこと書かないように気をつけないと」
「人見氏のコメは配慮が行き届いておるでござるよ」
「だといいけどな。ライバーさんの成長を見守る、みたいなの、自分でもちょっと生意気かなと思うこともあってさ。贔屓目なしで見ても、俺なんかよりよっぽど魅力的な人たちだろ?」
「べつに問題はないでござろう。若干下世話かもござらんが、ライバーの成長を見守るような心理が働くのも、Vtuberというコンテンツの魅力のひとつでござるからな」
「そこはアイドルと似てるよな。俺、そっちはあんま詳しくないけどさ」
神崎そっちのけでVtuber談義を続ける俺と北村に、
「ね、ねえ……。その……最初に話題にしてた人って、そんなに酷かったわけ?」
神崎が、すこし上目遣いに聞いてくる。
(え……なんで?)
知らない人の悪口を言うなと言ってたくせに、掘り下げて聞いてくるってのはどういうことだ?
まさか、Vtuberに興味があるわけでもなかろうに。
「ど、どうなのよ?」
神崎の顔は、妙に真剣だった。
なぜか、切羽詰まってるような感じがする。
その空気に気圧されて、
「う、うーん。まあ、正直言ってそうかな。リスナーも共演者もみんな敵に回すような態度で、見てた人はいい気持ちがしなかったと思う」
と、正直に答える俺。
「そ、そう……なんだ」
「あんなことやっちゃうと、エリリの今後が心配だよ。ウィスパーは案の定炎上してたし、まとめサイトにも載っちゃってる。暴言の切り抜き動画もアップされてたし……。あれを見てコラボしたいと思うVtuberもいないだろうなぁ……。企業案件なんて夢のまた夢。俺も応援してただけにショックでさ」
「う、そ、そんな……」
「む? どうしたでござるか? 神崎嬢、顔色がよくないでござるぞ」
「えっ、ほんとだな。保健室に行ったほうがいいんじゃ……」
心配になって声をかける俺たち。
神崎は、俺たちを払いのけるように声を上げる。
「な、なんでもないわよ、バカぁっ!」
「うわっ!」
廊下側にいた俺を突き飛ばし、神崎が教室から飛び出していった。
俺は、倒してしまった机を起こしながらつぶやいた。
「な、なんだったんだ?」
「さあ……わからぬでござるな」
北村も困惑の表情を浮かべている。
そこに、
「ちょっと、人見君! 絵美莉に何言ったの!?」
陽キャ女子その2が現れた!
>コマンド
「『逃げる』、かな」
「女子は人見氏の前に回り込んだ!でござる」
以心伝心で、北村がネタに答えてくる。
一方、女子はきょとんとしていた。
「えっと、駒川さんだっけ?」
「だっけってなによ。クラスメイトなのになんで名前がうろ覚えなの?」
「いやぁ、一生からむこともなさそうだし」
「文化祭とか体育祭とか修学旅行とか、からむ機会はどっかであるよね!? そんな寂しいこと言わないでよ!?」
ネタにマジレスされてしまい、返す言葉に困る俺。
駒川は、神崎の「親友」だって話だ。
実際、いつも一緒に行動してる。
駒川も、クラスでは間違いなくかわいい部類に入るだろう。明るい地毛の神崎に対し、駒川は黒髪ロングの正統派。ギャルと優等生を足して割ったような器用な立ち位置にいる女子だ。
「それより! 絵美莉、泣いてたよね!? 何言ったのよ!」
「い、いや、泣くようなことは言ってないと思うんだけど」
「……で、ござるな。何か行き違いでもあったのでござろうか」
北村の言葉を聞いて、駒川が考える。
「北村君がそう言うなら、そうなのかな」
「え、北村の信用厚くね?」
「北村君は去年も同じクラスだったからね。文化祭の時に、すっごいクオリティの看板作ってくれたんだよ。喫茶店の内装やコスチュームのデザインまでやってくれて、めっちゃ助かったの。他の連中、ふざけてばっかだったからさぁ」
「要するに、雑用を押し付けられてたのか」
「いやいや、どうせ文化祭まで他ごとはできぬのでござるから、これも修行と思って好き勝手やらせてもらったのでござる」
「あの時はホントありがとね! って、それより絵美莉のことだよ! 人見君、絵美莉を追っかけて!」
「ええっ!? なんでだよ!」
「原因はわかんないけど、きっと何かあったんでしょ。絵美莉から聞き出して謝って」
「え、俺が悪いのか? なんも心当たりないんだぞ?」
「女の子が泣いてたら、悪いのは男の子でしょ!?」
「なんだよその謎理論!?」
どっちかといえば、いきなりからまれたのはこっちのほうだ。
俺と北村は、とくに大きな声で話してたわけでもない。
教室の前と後ろで、よく話の中身まで聞こえたもんだ。
「陽キャ様にからまれたのが運の尽きと思って諦めるのでござるな」
「理不尽すぎんだろそれ」
「と言いつつ、神崎氏を追いかける人見氏であった」
「まあ、様子は見てくるけどな」
俺は、教室中から向けられる白い視線に負けてそう言った。
「ちゃんと宥めてあげてね。でも、男子ならふつう、神崎さんと仲良くなるチャンスだ!って喜ぶものなんだけど……」
「ミス2―Cと釣り合うなんて夢は見れねえよ」
「ブイチューバー?の女の子よりは可能性があるんじゃないかな」
「中身はアラフォーの女性かもしれぬし、なんならおっさんかもしれぬでござるよ?」
「えっ、なにそれ。おもしろそう!」
なぜか陽キャ女子と盛り上がりかけてる裏切り者を残し、俺は教室を後にした。
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