#7 クラスメイトがVtuberってそれなんて(ry
神崎を探すのは、思ったよりも大変だった。
近くにいる生徒に神崎を見なかったか聞く……なんてことはもちろんしない。
こちとら、陰キャユルオタ男子である。知らないやつにクラス一――いや、学年で一番の美少女を見かけなかったか、なんて気軽に聞けるわけがない。
……どんなに低く抑えても、声が女っぽくて驚かれるしな。
しかたなく、俺は校舎内を駆けずり回る。
十分近くかかって、特別教室棟の外れにある階段の裏に、陽キャ様の明るい髪を発見した。
「神ざ――」
声をかけようとして、俺は気づく。
神崎は、真剣なような、泣き出す手前のような顔をして、別の女子と向き合っている。
神崎を睨みつけている女子は、リボンの色からすると一年だ。
この一年の女子も、神崎に負けず劣らずの美少女である。
ただし、路線は真逆といっていい。
小柄で、背は神崎の肩くらい。ショートの黒髪と相まって、日本人形のような印象だ。
そんな女子が、無表情のまま、つや消し黒の瞳を、上級生に恐れげもなく向けている。
(あれって……ひょっとして、一年の
北村がどこからともなく入手してきた、学内かわいい女子ランキング一年部門第一位。本人を見るのは初めてだが、こんな特徴的な美少女が学年に何人もいるとは思えない。
なお、二年の一位は言うまでもなく神崎である。
いま、この人気のない階段裏で、二年と一年のトップ美少女が向かい合ってることになる。しかも、なにやら険悪な雰囲気で。
(なんだ、この状況?)
学内の人間関係に詳しいわけじゃないが、二人が親しいという話は聞いたことがない。
いや、噂を聞く聞かない以前の問題として、二人は見るからに方向性が違ってる。二次元とVtuberにしか興味のない俺が、どんな関係だろうと興味を惹かれるくらいにな。
「ち、チカちゃん。目の下に隈ができてるよ」
神崎が言った。
この距離ではよく見えないが、君原はたしかに少しダルそうだ。
(って、チカちゃん?)
あだ名だろうか。
でも、君原理帆という名前のどこをどう取ったら「チカちゃん」になるのか。
俺にとって「チカちゃん」と言えば……。
(……いや、そんなまさかな)
初めて聴くはずの声なのに、どことなく聴き覚えがあるような気もするが……。いわゆる「ダメ絶対音感」の誤作動だろうか。俺もまだ修練が足りないな。
「寝不足なんです。誰かさんのせいで」
「そ、そう……」
ギロリと睨みつける君原に、神崎がたじろいだ。
「マジキャスはあなたが来るまでとてもいい雰囲気の事務所だったって、一期生の先輩が言ってました。あなたのせいで、スタッフさんがどれだけ苦労してるかわかってるんですか? 今日はいろんなところに頭を下げに行ってるんですよ?」
「うっ……」
「わたしだってそう。あなたがリスナーをつかめなくて困ってるって言うから、コラボの誘いを承諾したんです。恩を仇で返されるっていうのはこのことじゃないですか」
「そ、そんな言い方! だ、だいたいわたしのほうが先輩だし!」
「それならもっと先輩らしくしてください! 三期生のみんなのほうが、ずっとリスナーさんの気持ちをわかってる! 仲間の気持ちも大事にしてる! そりゃ、ライバルとして意識することだってあるけど、それぞれの個性を認め合って、みんなでシーンを盛り上げてこうって頑張ってるんです! それをあなたが一晩で台無しにしたんですよ!」
「……っ」
「わかったら、もうわたしの前に姿を見せないでください」
君原は冷たい声で言い放つと、こっちに向かって振り返る。
(やべっ!)
俺は慌てて、階段の陰に身を隠す。
君原は、一切振り返ることなく、廊下の奥へと消えてった。
小さな背中から、怒りの炎が立ち昇ってた感じだな。
(ふぅ……振り返られたら見つかってたな)
俺は胸を撫で下ろす。
その拍子に、足首がかくんと折れてしまった。
「うおっ!?」
俺は階段を踏み外し、派手に転びながら階段裏に飛び出してしまう。
「だ、誰っ!?」
神崎が顔を跳ね上げる。
転んだままの俺と目が合った。
「あ、あんた……! えーっと……名前は忘れたけど、クラスのキモオタよね!? 声だけ妙にかわいい感じの!」
「覚えてねーのかよ! あんだけからんできといて!」
「当然でしょ!? そりゃ、わたしは美少女だから? あんたはわたしの名前を覚えてるでしょうけどね! こっちにはあんたの名前を覚えておくメリットがなにひとつないわ!」
「そりゃそうだろうけどな! 面と向かって言ってんじゃねえよ!」
おもわず声が高くなる。
まちがいない。この傲慢さと無神経さ。俺が画面越しに見てたヴァーチャルアイドルそっくりだ!
君原理帆――いや、
(こいつがあの――。いや、それにしたってこんな偶然が……)
戸惑ってるあいだに、神崎が俺に詰め寄ってくる。
「なんであんたがこんなとこにいんのよ!?」
「あー、いや……怒らせたなら謝ろうかと思って追いかけてきたんだよ。駒川さんにそうしろって言われてな。そしたら、おまえが下級生と険悪な雰囲気で話してて、出ていく機会がなかったんだ」
俺の答えに、神崎が露骨にうろたえた。
「……ど、どこから聞いてたの?」
「わりと全部、かな」
「ぜ、全部……っ」
神崎の顔が蒼白になった。
黙ってようかとも思ったんだが、こうなっては聞かないほうがおかしいだろう。
教室でマジキャスについて熱く語ってたオタクが、気づかないわけがないのだから。
俺は、すでに確信に変わった推理を口にする。
「なあ、おまえが、七星エリカ……なのか? マジキャスのライバーで、Vtuberの」
神崎が、力なくうなずいた。
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