#4 見えてる友達(ダチ)、見えない自分

「うわ……大丈夫かな」

 チカちゃんもだけど、エリリも。

 一応これでも応援してたので、いまの配信はショックだった。

 Vtuber同士が配信中にケンカして配信停止なんて、聞いたことがない。

 しばし呆然と、虚無になった配信画面を見つめる俺。


 そこで、ブラウザから音が鳴る。

「うわっ、びくった! あ、ダウンロードが終わったのか。北村が送ってきたやつだな」

 気を取り直し、俺は圧縮されたファイルを解凍する。

 

 北村が送ってきたのは、Vtuberの配信アプリにも載せられる3Dモデルだった。

 俺は、配信用のアプリからモデルを開く。

 ……なんでパソコンに配信用アプリなんて入ってるのかって?

 マジキャスの配信を追いかけるうちに、ライバーの配信環境を覗いてみたくなったからだ。たまに、ライバーの声真似をしたりして遊んでる。安物だけど、コンデンサマイクも買ってみた。

 気分だけならVtuberだ。気分だけならな。


「おおっ、すげえな!」

 北村が送ってきたモデルは、あいかわらずとんでもないクオリティだった。

 長い銀髪。白磁の肌。アメジストの瞳。黒と紫で彩られた、少女趣味なゴシックドレス。

 肌はやわからく、髪はさらさらで、服にはちゃんと布地らしい質感がある。

 俺がこんなふうなキャラがいいと言ったままの――いや、それ以上のモデルがそこにはあった。


 俺は、スマホのチャットアプリで北村にメッセージを送る。

『すげえ!』

 とだけ書く。ボキャ貧だが、それ以外に言いようがない。

『デュフフ。それはよかったでござる』

 北村から、濃いキャラ付けのメッセージが返ってくる。

 メッセージに限らず、こいつはいつもこんな感じだ。

 いにしえのオタクスタイルをリスペクトしてる……らしい。

 俺たちの世代にとって、昔のオタクらしいオタクの言動は、かえってあまり馴染みがない。こいつは凝り性だから無駄に研究してるんだろうな。

 本人は太ってないし、私服はむしろおしゃれだったりするのだが。

 

『こんなすげーの、俺の観賞用にしちゃっていいわけ?』

『しょうがないにゃあ』

『見抜きはしねえよ!』

 友達の作ったモデルで抜けるか! あいつの顔が浮かんで気が散るわ!

『もったいないと思うのなら、このモデルを使って声マネ動画でも上げてみるのでござる。人見ひとみ氏の声マネはなかなかのものでござるからな。人見氏は声質もすばらしいのでござる』

 北村のメッセージに返そうとして、言葉に詰まる。

 

「声質、か」

 俺は、男としては声が高い。

 それも、平均より高い、とかじゃない。上限に近いくらい高いと思う。

 子どもの頃から高くて、女みたいな声だとからかわれれたものだ。

 イジりイジられの話でいえば、俺にとって声の高さはイジられたくないポイントだ。声の高さをイジられて、それを自虐ネタにして笑わせる? とてもそんな気にはなれないな。


「親は、中学くらいになったら声変わりするって言ってたけど……」

 結局、高二のいまに至るまで、俺の声は高いまま。

 カラオケで男声の歌を歌うときには、ピッチをいくつも上げる必要があるし、知らない相手に電話すると、まず女だと思われる。

 

 声のことは、俺のちょっとしたコンプレックスだ。

 中学のときに散々からかわれたこともあって、高校に入ってからはなるべく声を抑えてる。

 声に自信がないってのは意外に厄介なもんだ。

 声を出したくなくて、つい言葉数が少なくなる。当然友達もできにくい。きょどきょどしてるように見えるから、他人から軽く見られることもしょっちゅうだ。

 

 返信の遅れる俺をどう思ったか、

『べつに、Vtuberになれなどと言うつもりはないのでござる。ネタとして出してみれば、反応する人もいるでござろう。そこから、思いがけないことが起こるかもしれないのでござる。むろん、何も起こらぬかもしれぬでござるが、そうだとしても、何も痛くないではござらんか』

 まぁな。俺が単発の声マネ動画を上げて、ウケたらウケたでいいし、ウケなかったとしても損はない。俺の声が高くて女にしか聞こえなかったとしても、女のアバターを使ってればバカにされることもないだろう。もしバカにされたところで、見知らぬ他人の言葉なんて気にしなければいいだけだ。

 だが……。


 俺は、答えあぐねたあげく、こう返す。

『いや、おまえのくれたモデルに見合うような芸じゃねーよ。おまえのモデルに悪い』

『で、ござるか』

 ……なんか、かっこわるい断りかただな。北村のせいにしたみたいじゃねーか。

 北村は、それ以上何も言ってこなかった。


 俺は、椅子に背を預け、天井を見上げてつぶやいた。

「すげーよな、あいつ」

 北村は、高校の他に、専門学校の通信講座でCG作成を学んでる。将来はそっちの道を目指すという。北村の技術は、すでにプロに引けを取らないレベルにまで達してる。すくなくとも、俺から見て差がわからないくらいには。


「俺は……どうしたいんだろうな」

 Vtuberが好きだ。

 見てるだけで幸せになれる。

 好きを仕事にするなら、Vtuberってことになるんだろうが……


「なんの取り柄もないユルオタが、Vtuberになって一躍人気者……なんて夢は見れないわな。高校生にもなればわかるって」

 世の中には、才能のあるやつが嫌ってほどに溢れてる。

 そんなの、ウィスパーのタイムラインを見るだけでもわかるだろ?

 とんでもなく美麗なイラストが、どこからともなくシェアされてくる。

 とんでもなく気の利いたコメントが、やはりどこからともなく流れてくる。

 イラスト、音楽、CG、ゲーム、写真、文章……ありとあらゆるジャンルに才能のあるやつが腐るほどいて、その中で仕事を取り合ってる。

 そこに入っていって戦い続けるだけの覚悟も、能力も、俺にはないとしか思えない。


「っていうか、あいつが配信すればいいじゃんよ。キャラも決まってるしな」

 何度もそう言ってるのだが、北村は「自分は人前に出る気はないでござる」の一点張りだ。

 人気商売の中で生きるには神経がやわだから、自分は支える側に回りたい。

 CGの輪郭やテクスチャをとことんまでいじり倒すのが幸せだ。

 CG職人として細部まで徹底的にこだわりたい自分は、当意即妙の世界には向いてない。

 そんなことを言っていた。

 

 友人の俺から見ても、北村の自己分析は当たってる。

 でも、それってすげーことだよな。

 自分の強み弱みを直視した上で、自分の強みを生かせることを見つけ、その実現に向かってまっしぐらに努力してる。

 そんなやつが、俺たちの年齢でどんだけいるんだって話だよ。

 マジで尊敬する。

 クラスでオタク扱いされてる仲間じゃなかったら、こんなすげーやつと友達になれたとは思えない。

 

「同い年のくせに達観しすぎだろ。なんでそんなに自分が見えてんだよ。なんでそんなに自分の未来を思い描けてんだよ。ずりーよ、ほんと」

 俺は首を振って椅子から立ち上がる。

 ベッドに大の字に寝転んだ。

「……俺は、どうなりたいんだろ」

 答えの出ない問いをまたつぶやく。

 自然に閉じたまぶたの裏に、ひとつの影が浮かんできた。

 七星エリカが、自信たっぷりに言い切った。

 

 ――わたしもチカちゃんみたいに、登録者数20万人突破目指してるから!

 

「はあ……すげーよ、ほんと」

 暴走して、空回りして、仲間のはずのライバーからも嫌われて。

 それでも走り続けるあいつと、最初から走ろうともしない俺。

 走ろうにも、どこへ向かいたいかもわからない俺。

 なんであんな、傍若無人・傲岸不遜・唯我独尊美少女を好きになってしまったのか。

 その答えが、ようやくわかったような気がしていた。

 

「でも、人気絶頂のチカちゃんともめた以上、七星エリカの将来は……」


 なぜだろう。誤解されたままネットの海に消えていくだろうヴァーチャルアイドルのことを思うと、俺は泣き出しそうな気分になった。

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