第11話 トラヴィスを笑わせたい

 国境の街を出てグリオーブ王国の森を歩いた。もちろん魔物避け魔法もかけた。彼は荷物を持ち黙々といつもより更に暗い顔をしていた。

 元々子供の頃から会話らしい会話はしていなかったけど、私といない時はそれなりに友達らしき側近達とトラヴィスは少し笑っていたように思う。理想の王子らしく。


 それが今ではどうだろう。

 いや、これは間違いなく昨日、男として不能とあの薬屋に言われたせいもあるだろう。


 …私が男だとしてもそんなことを言われたらショックで寝込むかも?やだ可哀想になってきた!


「そ、そうだ!」

 突然私が声を上げたのでトラヴィスは驚く。


「な、何?どうした?」


「次の街に着いたらトラヴィス娼館にでも行ってきたら?不能じゃないんでしょ?」

 とにっこりおススメするとトラヴィスは更に暗くなった。


 まずったか!?


「いや、だから…そういうことは結婚後にしかしないと俺は決めているから…それに娼館なんて…遊びで女の人と…俺嫌だよ。そんな不誠実なこと」

 とボソリと言った。そうだった。こいつ結構真面目な奥手童貞野郎だった。

 こんなイケメンで引く手数多だろうに。


「それにもう…」

 と言いかけてトラヴィスは目を逸らした。

 なんだかね。ちょっと可哀想になってきたのよね。


 荷物を持とうか?と言うと


「俺の仕事だから」

 と言う。こいつ、完全に私の奴隷となってる。王子様なのに。あんなに嫌ってたくせに私のたまに痛む火傷跡を心配して薬を買ってきたり、とにかく甲斐甲斐しい。

 猫になるのももう嫌な顔一つしないし。

 毎晩彼にとってはセクハラされてると同じなのに。でもフワモフ癒しはやめられない。


 ……何か無理させてるよね、明らかに。真面目だから罪を償うと言って聞かないし。いつまで償うつもりだろ?


 それにずっと考え込んでるみたいで正直暗い。そうか、もうずっとこいつ笑ってないんだわ。

 以前は勝ち誇ったように笑って断罪してたくらいだし。辛い目に遭って反省して変わって笑わなくなった。


 うん、私の責任もあるよね。

 な、何とかたまには笑わせて息抜きさせないとね。こいつ…思い込んだらとことんなタイプなのかも!!


 私は前世で見たお笑い番組のコントを思い出していた。ピン芸人の真似ならいけるか??


 35億の人は助手が2人いるから無理だわ。女芸人ピンで脳内検索する。ダメだ、デブしか浮かばない。あれは体型活かしてるから笑い取れてる!ダメだ!今の私はスレンダー美人!


 悪役令嬢って無駄に美人なのよね。

 しかも美人が芸しても女からはあざといとされウケない!!いや、トラヴィスは男だから…。ってだからそれはやはりあざとい!!

 ブスと美人のコンビ芸人ならバランスが取れてまだマシだけどね。


 うーむ。

 くすぐるのはどうだろう?

 しかしいきなりくすぐる意図が分からない。

 変に思われる。

 何か楽しいこと、いやそうか…。


「ねぇ!今日の夕食私が作るわ!」

 と言ってみた。前世でも料理はしてたわ!いつも彼が作ると言って聞かなかったし、たまには休ませよう。


「だが…もし火傷とかしたら危ない!元お嬢様には無理だ。俺はそこそこ外で訓練してきたこともあるから」


「いいの!いつもトラヴィスは荷物持ったり料理したりテント貼ったりで疲れてるしその上猫にもなってくれるし…だから今日はトラヴィスは休んでいてよ!ねっ!お願いよ」

 と私が言うと彼は


「………判ったよ。無理はしないでくれ」

 と離れた所で見守るように私を見ていた。

 お、お母さんかっ!


 私は何とか食材を川で洗い短剣を包丁がわりに刻んで行く。燻製肉も入れて美味しいお鍋が出来た。まぁ鍋とか誰でも出来るよね…。外だから仕方ない。味付けはしといたけど。


 器に盛りトラヴィスに差し出した。


「熱いから気を付けて」


「ああ、ありがとう…マティルダ…」

 笑うかな??美味しくて笑う作戦だけど不味かったら困る。


 トラヴィスが一口また二口と鍋を食べている。

 無言で。


「あの…トラヴィスどう?美味しい?」

 無言で彼は全部平らげて最後に


「美味しすぎて言葉にできない」

 と言ったから思わず私が嬉しくて笑った。

 ってちがーう!私が笑ってどうする!!


 私は立ち上がりトラヴィスの横に座り俯いた。

 奥の手だ。


「どうした?何か悩みが?それとも身体が痛むのか?それとも月のものが来たか?」

 おい!心配は嬉しいんだけど最後の私の月のものの日を把握してんのは何なの!?確かにもうすぐだけど!!


 私はさっと上を向いて頰を両手で左右挟み


「ぶう!」

 といい、いわゆる変な顔をしてみせた!!

 これなら笑うな!

 と思いきやトラヴィスは超真顔で私を見ていて私は手を離した。


「何がしたいんだ?」

 とさえ言われた。

 お前を笑わせたいのに必死なんだよおおおお!!


「トラヴィス疲れてない?肩を揉んであげようか?」

 と言うと悲痛な顔で


「いや、いい。男に触るのは嫌だろ?マティルダ?無理をするな!」

 いや、やっぱりすっごい罪悪感感じてるね!まぁ確かに男に触るのは抵抗あるけど、何年トラヴィスと顔合わせてると思ってんの?しかも私牢獄でトラヴィスと入れ替わったことあるからトラヴィスには触れるんだけど?


 男になってた時は流石にお互い風呂トイレはしたでしょーに!!


 正直下半身はじっくりは見てないけどちょっと前まで猫から戻った時素っ裸だったじゃんあんた!!


 うぐううう!なんか悲しくなってきた。


「どうした?マティルダ?何か俺にして欲しいことがあるなら命令すればいいのに」

 と言う。


「意味ないわよ。そんなの。トラヴィス…国を出てから全然笑わなくなったよね。私のせいで」

 と言うとトラヴィスは空色の瞳を大きくした。


「……笑うとか…できないだろそんなの。笑えないことを俺はした。無理だ。ごめん!マティルダ!ごめん!」

 とついにトラヴィスは泣き出した!!!

 えええ!

 何で笑わせたいのに泣き出すのよ!!


(なーかせた!なーかせた!王子様をなーかせた!)

 と心の中の私が責めてくるではないの!


「そうだわ!次の街か村に着いたらなにかプレゼントしてあげるわ!!そう言えばトラヴィスほらた、誕生日が近くないかしら?確か」


「俺の誕生日を覚えていたのか?」


「ええ?そりゃ元婚約者としてそれなりに覚えさせられるわよ…それにブルメシアの国民が知らないわけないでしょ?」


「そうだな…そう言えば君は俺に毎年似たようなジャボをくれたよな…」

 ジャボとはあの首元や袖口にあるヒラヒラのネクタイの元のヤツを呼ぶ。レースで出来ており首と袖口とセットで売られているのだ。


「そ、そうね」


「あれ、従者に適当に選ばせたんだろ?」


「あらそれは貴方もじゃない?適当なドレスを他の人に適当に贈らせただけでしょ?」


「すまない…」

 彼は髪も青いのに更に顔色も青くなった。


「ちょっと!お互い様でしょ?あの頃はお互い嫌い合ってたじゃない!でも今はそんなに仲は悪くないと思うけど?だから私も自分で初めて選ぶわ!」

 ふんす!とそう言うと彼は驚きそして…


 照れながらようやく笑った。

 少し泣きそうな笑いだけどやはりイケメンなのでその笑顔は素晴らしい芸術品に匹敵した。

 私の好みのタイプのイケメンじゃないけどやっとこの日笑ったので私も嬉しくなりにこりと微笑む。


 今日は少しだけトラヴィスと打ち解けた。


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