泉 馨

底の蠢き

 暗がりが広がる底のソコ。

蠢く塊がズルズルと這いずり回る深淵の片割れ。満たすこともできず、速く動くこともできない成りゾコないの“ソレ”はいつまでも時間を浪費しながら、牛よりも遅い、まるで菌類かのような速さで意味もなく蠢いているだけである。

 ソコの暗がりにはいくつもの中心が台風の目のように渦巻き、中心に向かうほど蠢きも速くなっていく。一番外側の蠢きがもう一方の蠢きとぶつかり、摩擦を起こしている。その中には途中で蠢くことをやめてしまうソレもあり、止まってしまったソレは、回転力に負けて渦の外へ弾かれる。未だに止まったままだ。

 成りゾコないのソレは時折動きを止め、別のソレを眺める。しばらくするとまた這いずり始め、次の渦を見に行く。これをずっと繰り返し繰り返し、時間は流れていく。そもそも“底”には時間か存在しているのだろうか? いつまでも同じことが繰り返され、それが同時多発的に行われている。皆同じだ。蠢くモノは速さは違えど皆同じように蠢いている。まるでいつまでも終わらない振り子時計の音を聴いているようである。

 ソレと別のソレたちは何も変わらない。渦に巻き込まれ回転し、力尽きて動かなくなるモノ。渦に入ることができず彷徨いつづけるモノ。渦の中心に行けば行くほどソレらの数は少なくなり激しさを増す。


 ソレはしばらくあたりを眺め、この場所から離れていくようだ。何かを見つけた訳でもなく、何を目指すことでもない。いや、もしかするとソレらから離れたいのだろうか? 今ままでとは違い、蠢くことをやめ、ソレはゆっくり...ゆっくり...真っ直ぐに進む。


「.......」


 時間の概念があるのかないのかわからない場所で、どれくらいの“時間”進んだのかソレ自身もわからぬまま、どれほど真っ直ぐ進んだだろうか。それでも進み続けてても意味があるのかわからない。何故ならどこまで行っても暗い場所が続いているだけ。遠くの方には以前まで居た場所と同じような蠢きが所々見えるが、ソレはソレらを全く気にもせず進んだ。

 ソレらから離れるほど、“自分”というものが顔をもたげてくる。今まで考えもしなかった自分が目の前に現れる。そいつが“自分”とは何だとひっきりなしに聞いてくる。他のソレらのように離れれば済むという話ではない。どこまで行ってもついてくる唯一の存在は“自分”。抗うのも従うのも自由。唯一無二の存在として底に在るのは自分なのである。

 ソレは自分が何なのかわからなかった。今まで周りの同じように蠢いていたため、真似る相手がいなくなると何をしていいのか分からなくなり、どこまでも続いていた底が、今度はどこまでも続く“自分”に置き換わる。

 止まるソレ。底にいる時は周りしか見ていなかったが、見たことのない上を見てみる。見たこともない色、刺激が“自分の目”に入ってくる。初めて感じる刺激に痛みを覚えたソレは、少しずつ“自分”というものを受け入れているようだ。痛みは自覚する事である。

 次の瞬間、ソレの体がフワッと持ち上がる。一瞬暴れそうになったソレは、すぐ大人しくなり、“体”を委ねる。刺激を与えてくる色に向かって“ソレ”は吸い込まれていった。


“光に向かって”


ー完ー

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泉 馨 @kaoru_g

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