終章
マルタ=ロイジという少年を、従騎士にした春の頃に、ジンにとって、すこしばかり変化したことがある。
ジンの身の回りでは、様々なことがあった。聖女ローディアが戦敗の賠償として第二王子ライリオンに嫁入りしたことで、彼女が祈師を操るための道具となり、しかしローディアが王国に入ったことで、ジンの身の回りも少しずつ色づき始めたのである。
ヘールを失い、祈師も失ったジンは、この世に絶望し、たしかに感情を捨てていた。
しかし、ローディアがジンと触れ合ったことで、ジンもようやく自身を許し始めていて、まだ祈師のそばに居続ける覚悟こそできていなくとも、ジンも少しずつ、その足がかりはつかめ始めている。
春のうららかな、晴天の空が高い、美しい日のことだった。
「幸せになりなさい。貴方にはその義務がある。でも……お姉さまのことを忘れないで。決して忘れないで……あの人のもとに通ってあげて。幸せな夢を、いつまでも見させてあげて」
ローディアが自分に放った言葉の意味を、ジンは屋敷に戻って領主としての仕事をこなしながら、ずっと考えている。
――しあわせになる。こんなにも罪にまみれ、大事だったはずの人たちを、間接的に殺したような自分が「しあわせになる」……
「マルタ」とジンは、自分の仕事を手伝いながら、うたた寝しそうになっている従騎士に声をかける。従騎士――マルタ=ロイジは「はい?」と目をこすってこちらを見た。マルタのうたた寝への処遇は、あとにするとして。
「俺は幸せになるべきなのか?」
そう、ふと尋ねてしまったことにジンがはっと顔を赤くするよりも先に、マルタはぱあっと屈託のない、満面の笑みを見せたのだった。
volaille -悲劇の英雄 なづ @aohi31
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