第4話 閲覧禁止コンテンツ
ラボにはまだ誰かいるようだった。
「あら、エマ、忘れ物でもしたの」
ラボの同僚がエマに声をかける。
「ううん、急に思い付いたことがあったから戻ってきたのよ」
「あら、あんまり無理しないでね。私はもう帰るから。お疲れさま」
同僚はそう言って帰って行った。
エマは先ほどシン・カハールが示してくれたデータを加えて構造解析を再開した。網膜投影ディスプレイを装着する。
データ処理画面が視界に拡がった。しばらく解析を進めてからエマは呟いた。
「やはり、これは凄いシステムだわ」
一般的に第三世代以降のウェアラブルデバイスから得られた個人情報はサイバースペース内にある幾つかの分散領域に暗号化して保存されるのが常だった。
しかし、デレーシステムにより覚醒した「ソウル・デバイス」と呼ばれるものたちは、全てのシステム同士が並列化を繰り返し、それをもとにデバイス使用者に最適化された情報をフィードバックするシステムになっていた。まさに世界記憶とでも云うべき膨大なデータ量だった。
──どうして、こんなことする必要があるのかしら。
サイモン・デレー博士は一体何をしようとしていたというのか。謎は深まるばかりだった。
エマはシンに言われたように「古典カルチャーコンテンツ」にアクセスを試みた。
現在、これらの古典コンテンツのほとんど全てが国立図書館内のデータベースに保管されていて、国の許可無しに閲覧することは不可能だった。
しかし、許可さえ得られれば視聴することは可能で、極東ニューロサイエンス総合研究所名義で許可申請をすると、許可はあっさりと降りた。
エマはシンからもらったデータに「ツーンデレー」を検索キーワードに加え、当該コンテンツを検索した。
──えっ、51760件、何て数なのかしら。
相当数のデータがヒットしてきた。タイトルをざっとチェックすると、かなりバイオレントなコンテンツも存在したが、そのどれもが可愛らしい少年、少女達が主人公の物語形式の創作物のようだった。
閲覧禁止になっている理由をエマはよく知らなかったが、とりあえず関連性の高いものから一つ一つチェックすることにした。
幾つかのコンテンツを視聴して、エマは思った。
──面白いわ、これ。
デレー博士が造詣が深かった理由が解るような気がした。デレーシステムについて何かしらのヒントがあるのでは無いかと観始めたのだが、いつしかエマは夢中になっていた。
次の日も、またその次の日もエマは当該コンテンツのチェックを続けた。
しばらくして、シンの示したシステムの感情表現形が、それぞれ「ヤーンデレー」「クーデレー」「ツーンデレー」「キーリデレー」と呼ばれる表現形であることが判明してきた。
エマの第三世代ウェアラブルデバイスもシンの解析結果が正しけれは、他の要素を加味する必要があるにせよ、おそらくあと2000時間ほどで発現条件を満たすはずだった。
エマは思った。
──もし、私のデバイスにデレーシステムによる感情表現形が発現するとしたらこの「ダーンデレー」がいいな、と。
その日もチェックを続けていたエマがふと時刻を確認すると、午前3時をとうに過ぎていた。
この「ソウル・デバイス」そして「デレーシステム」と同様にこれら閲覧禁止コンテンツも多くの謎と魅力を秘めているように思われた。
システムの構造解析にはまだまだ多くの時間と労力を要しそうであった。
(了)
ソウル・デバイス soul_device 秋野かいよ @kaiyo0102
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