第2話 デレーシステム

 次々に運ばれて来る料理に二人は満腹感を感じ始めていた。


「少しお腹もふくれて来たからそろそろ本題に入ろうか。今、君にデータを送ったからとりあえずそいつに目を通してくれるかい」


 シンはそう言うとグラスに入った飲み物に手を伸ばした。エマはバッグの中から携帯用のディスプレイを取り出し送信されてきたデータを確認し始めた。


「エマ、まだそいつを使っているのかい。網膜ディスプレイじゃないんだな」


「ええ、網膜投影ディスプレイはラボでずっと使っているから、プライベートタイムではなるだけ使いたくないの。それに、あの視界の端にいつもあるアイコンになかなか馴染めなくてね。眼球の上に直接貼り付けるあのデバイスもそうだけれど、体に直に触れるタイプがどうも私は苦手みたい。このイヤーカフだってそう。本当はピアスタイプの方が情報取得精度はいいのだろうけれど、どうもね。小数点以下3桁はプライベートでは無視しているわ」


「研究者の発言とは思えないけれど、ピアスタイプは僕も苦手だね。身体の一部に穴を貫通させ、その穴を通して装着するデバイスなんて考えただけでも痛そうだ」


 エマはシンの顔をまじまじと見て言った。


「ねえ、シン。あなたのそのセリフ、全く説得力がないわ。それこそ左の眼球を丸ごとデバイス化してる人間の言葉とは思えない」


「あはは、そうだったね。すっかり忘れてた。でも便利だぜこのデバイス。エマもどうだい?」


「あらそう、私はご遠慮申し上げるわ」


 二人は可笑しくなって笑いだした。


 3ページ目のテキストを確認し始めると、シンは料理を口へと運びながら言った。どうやらシンにはエマがテキストのどの箇所を見ているのかが分かるようだった。


「エマ、特にそのページについて、君の見解を聞きたいんだ。少し注意して読んでみてくれないか」


「分かったわ」


エマはより注意深く読み始めた。




──file.3──


『第三世代ウェアラブルデバイスにおける規格外感情発現パターンの報告例』


1)歪んだ愛情表現でデバイス使用者を束縛。


2)複数人が存在する環境では冷淡な対応だが、空間内にデバイス使用者のみが存在する場合に於ては「甘え」に特化した表現形を発現。


3)システムが愛情表現を真直に行えないために、デバイス使用者に対し強く当たるような表現を繰り返す。しかし愛情表現に変わりはない。


4)真面目な勤勉家という一面と、甘える一面に著しいギャップが存在する表現形。


5)基本的には(3)の派生系である。

常に冷静な感情表現を行うが、音声出力等を極端に減らす傾向が見られる。しかしデバイス使用者という特定の対象にのみ内部的に強い愛情感覚を持ち、突如発動。(女性デバイス使用者にのみ発現を確認)


以上の発現パターンにはそれぞれレベルが存在し、完全に特異感情を発現したデバイスは「覚醒デバイス」もしくは「ソウル・デバイス(SD)」また「ソウル・リーディング・デバイス(SRD)」と呼ばれる。




──これは一体どういうことなの。


 エマはテキストに目を通し、驚きの表情でシンに向き直った。


 「第三世代ウェアラブルデバイス」、それは今から数年前に登場した次世代型デバイスだった。


 第二世代で既に「生体情報の取得、管理、そしてそれらを最大限に活用する」という目的は完全に達せられ、各メーカーにとって取得データの精度をいかに向上させるかが今後の競争課題だと考えられていた。


 スポーツ、運動、健康管理、ダイエット、そして医療等の目的で幅広く利用され、それらの生体情報は活動時、睡眠時を問わず常に収集、分析されていた。


 形態やデザインも様々なバリエーションが存在した。腕時計、リストバンド、リング、ゴーグル、衣類、イヤフォン、靴下タイプなどだ。

 勿論、各種データベースへのアクセスや他者との音声やテキストを使ったコミュニケーション、データの送受信もより安全かつ高速で行えるようになり、人々にとって生活に必要不可欠なものとなっていた。


 そして第三世代、ウェアラブルデバイスは新たな進化を遂げることとなる。

 外部の人間や情報へとつながる技術が飽和状態になると人々は個々人の内側、つまり感情や感覚、深層心理といったものに興味の対象を徐々に移していった。

 科学技術が進歩した現状においても人間の心理や感情といった領域はいまだに多くの謎を秘めていた。


 そこで登場したのが「高次元自己対話システム」だった。開発者のサイモン・デレー博士にちなんで「デレーシステム」と名付けられたそのシステムは、搭載したデバイスと自己とのより深いレベルの対話を可能とした。


 新型のウェアラブルデバイスは、使用者の偽りのない感情パターン、また詳細な趣味嗜好などの超個人情報をインプットし続けることにより、デバイスによる深層心理の解析を行い、装着者との対話をより親密にした。またそこから得られる使用者の想像をこえた情報のフィードバックは人々を虜にした。


 そしてそれは「使えば使うほどに」精度を増していく仕様となっていた。

 人々はこれにより、以前とは比べ物にならないほどに自己の内面に意識を向けるようになっていったのである。




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