ソウル・デバイス soul_device
秋野かいよ
第1話 カイセキ料理
エマ・コラナがラボでの仕事を終えて外に出ると、既に太陽は沈んだ後だった。
左手人差し指にはめられたインデックスリングの縁がシアンブルーの淡い発光を繰り返し、メッセージの存在を知らせている。
「サイレントモードをオフ。メッセージを再生」
〈現在1件 ノ テキストメッセージ ガ 存在。データ量 100B。音声デノ再生ヲ 許可 シマスカ〉
抑揚の無い声が右耳に装着られたイヤーカフから骨伝導によって聞こえてくる。
──あ、labモードのままだわ。
「labモードを終了。プライベートモードで再起動後、メッセージを再生してちょうだい」
〈了解シマシタ〉
数秒して、メッセージが先ほどより人間味のある声で読み上げられる。
〈シン・カハールからのメッセージ、一件を再生します〉
〈仕事終わったかい?この後一緒に夕食でもどうだろう。近くにネオ・カイセキ料理の店が出来たんだ。外で待ってるよ〉
──トントン、とエマは肩を叩かれた。
唐突に後ろから肩を叩かれたエマが驚いて振り向くと、そこには隣のラボの研究員で親友でもあるシン・カハールが立っていた。
「メッセージ、聞いてくれたかい──」
「驚かせないでよ。危うくスタンガンを出すところだったわ。それに私、行くなんてまだ一言も言っていないのだけれど」
「まあまあ、そう言わずに。今日は僕が奢るから。あの店、一人ではちょっと入りづらい雰囲気なんだよな。それに話たい事もあるし──」
「まあいいわ、奢ってくれるんなら。実はお腹ぺこぺこなの、わたし」
エマはにっこりと微笑んだ。
「良かった。店はここから1ブロック先だ。歩いていこう」
エマとシンは最近オープンしたというネオ・カイセキ料理店へと向かった。
到着すると二人は入り口で靴を脱がされ、店の奥にあるフローリングで床に四角形のクッションが4つ置かれた、背の低いテーブル席へと案内された。
「実は予約しておいたんだ。コースを頼んであるから、しばらくしたら料理が出てくるはずだよ」
「あら、シン。私がもし誘いを断ったらどうするつもりだったのかしら」
「君が断るものか。過去のデータから君が僕の誘いを断る確率は20%だ」
「その20%がもしも今夜だったら、あなた本当にどうするつもりだったの──」
「その20%は僕が君に話そうとしている内容を聞かせることで解消するはずだった。しかし、そうするまでもなく誘いを受けてくれて僕は嬉しいよ」
シンは機嫌がいい。何か良いことがあったようだ。
テーブルにつくと飲み物と一緒に小さなガラスの器に盛られた料理が二人の前にそれぞれ1つずつ運ばれてきた。
立方体で半透明のゼリー状の物体の上にオレンジ色の同じく半透明の球体が幾つも乗っている。
「綺麗ね、シン。これが何なのか私にはさっぱり解らないのだけれど、まさか、これだけって事はないわよね。これだけじゃ、ちょっと洗練され過ぎてやしないかしら」
シンは声をあげて笑った。
「大丈夫だよ。こうして一品ずつ出てくる趣向なんだそうだ。これらを一つずつ味わい、解析しながら食べるんだ。どうだい研究者にはたまらないだろう」
エマはそこでようやく理解した。
「シン。これはきっと"解析料理"ではなくて"懐石料理"だわ。この国に古くからある料理スタイルの一つよ。ここ最近のレトロブームの流れね。前に何かで見たことがあるわ」
「えっ、そうなのかい。僕はてっきり解析料理だと思っていたよ」
そう言ってシンは顔を赤らめた。
「でも嬉しいわ。一度こういうの食べてみたかったのよ。私食べることに無頓着だから」
「そうだよ。君はもう少し"食文化"というものを理解した方がいい。いつも食事をサプリメントやなんかで済ませているだろ」
エマにとって食事とは栄養補給以外の意味を持っていなかった。必要栄養素である、糖質、脂質、タンパク質、そして微量元素である、ビタミン、ミネラルなど身体が必要とするものを必要な量だけ摂取することが重要だと考えていた。
食べずに済むものならそうしたかったが、さすがに生命体である以上そうもいかないので、もっぱらサプリメントで済ませていた。
そんなエマを見かねてだろうか、シンはよく食事に誘ってくれていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます