16.レジスタンスと神の使徒

「俺が行くまで待っとけと言ったのに突っ走りやがって、仮にも神に仕える者としてその脳筋は何とかするんだな」


 いつの間に部屋に入り込んだのか全く気付かなかった。

 解析スキルによるとレベルは190。おそらくまともに戦っても到底勝てる相手ではない。加えて亜人種はそもそもの基礎能力がプレイヤーに比べ大きく勝っている。

 さらに悪いことにオークは出口に居座ったまま、その鋭い眼光で僕の一挙手一投足に注視しており逃げることもできない。

 

「スミス! この蛮族はよりにもよって神の使徒様の名を騙ったのだぞ! 信徒としてこれが許せるものか!」


「落ち着け、使徒の中にはヒトの形を模した者もいる以上、この旦那が偽物と言う確証も無い。あんたの信仰する生命の使徒様もそうだろうよ?」


 そう言えば確かラヴレスが自分は生命の使徒だと名乗っていたな。

 噛み砕いて推察するとゲーム制作者を神、ゲームを管理するゲームマスターを使徒と呼び、それを信仰する宗教のようなものがあるという事なのだろう。

 そしてこのアネモネと言うエルフの騎士は生命の使徒ラヴレスを信仰している。

 ならば説明は簡単だ。

 

「僕はそのラヴレスに命を助けられ、その時にネームレスと名付けられた。この世界に生きる者たちを助けろと言われてね」


「薬師さまが……使徒さまに…………?」


「馬鹿な! 異界人ごときがラヴレス様の寵愛を賜っただと!?」


「ほう、さしずめ救世の使徒とでも呼ぶべきか。こいつは面白いことになった」


 三者それぞれの反応を示してくれるが、一貫して使徒というのは特別な存在だということで一致している。

 特殊なNPCなのはわかるが、まさか宗教になるほどあの性格破綻者が敬われているとは思わなかった。

 知らぬが仏とはこのことだ。なんだかこの世界の住人に同情してしまう。

 

『聞こえているわよネームレス。命の恩人にその態度はオシオキが欲しいという求愛表現なのかしら? とんだ変態ね』


 声が聞こえるや僕の影が急速に濃度を増し、そこから舞台に登場する『迫り上げ』のように姿を現す。

 

「ら、ラヴレス様!!」


 その姿を見たアネモネはまるで沙汰を言い渡される罪人のごとく平伏し、更紗と、スミスと呼ばれたオークも片膝をついて敬意を示す。

 

「お前……どこから現れてるんだよ」


 確か僕を助けた時もこんな風に登場していた気がするが、気持ち悪いのでやめて欲しい。


「仕方ないでしょう? あの空間から出られるのはアナタの影を通してだけなんだから」


 そう言うとラヴレスは伏したままの三人に振り返り、僕の時とは打って変わって優し気な声で話しかける。

 

「三人ともおもてを上げなさい。敬意はあってもいいけれど、むやみに畏怖されるのは好きじゃないわ」


 そう言われてようやく三人は緊張を解いて立ち上がった。

 何故その気遣いの百分の一でも僕に向けてくれないのか。

 

「まるでおとぎ話の天使だな。僕に対しては小悪魔のくせに」


「貴様! ラヴレス様に向かってなんという口の利き方を!」


 僕の態度にまたしてもアネモネは剣に手をかけ威圧してくる。

 そんな様子を見てラヴレスは何がおかしいのかお腹を抱えて笑い出した。

 

「あはははは! いいのよアネモネ。この男は昔からこういう奴なのよ。むしろ私はそこが気に入ってるわ」


「ら、ラヴレス様が私の名前をご存じとは……光栄です!」


「あら、当り前じゃない。亜人種を束ねる教皇の娘アネモネ。武器マニアのオーク族長スミス。それに偉大なる炎王の一人娘更紗。みんなアタシのギフトによって命を与えられた者たち、いわば我が子のようなものなんだから」


「この歳で我が子と言われるのもこそばゆいが、恐縮ですよ。生命の使徒様」


「使徒さまが更紗と薬師さまを助けて下さったのですね。本当にありがとうございます」


 三人がどこまでも畏まった態度で接するのを見ていると、なんだか僕が空気を読めていないように感じてしまう。

 ここは自重して周りに合わせて礼儀正しくふるまうべきだろうか。

 

「必要無いわ。アナタとアタシは今や運命共同体、ネームレスという使徒の名前を与えたのもアタシと同格だと周りに知らしめるためなんだから」


 そのせいでさっきから何度も殺されそうになっているのだが。

 

「と言うか、お前さっきから僕の心が読めてるのか?」


「運命共同体というのは比喩的な意味だけでなく精神的にも、という事ね。心配しなくても全部筒抜けってわけじゃないわ。なんとなくアタシに対して思っていることが解る程度だから。だからアタシによこしまな妄想をすればすぐに気づくわよ?」


「……………………」


「無心になっても今アタシを馬鹿にしたのはよく分かったわ。後で覚えておきなさい」


 ただでさえ面倒くさい奴だと思っていたが、さらに面倒になってしまった。

 まあもともと隠し事があるわけでもないし、今まで通りと思って諦めるとしよう。

 

「あの、ところでラヴレス様、この男が我々を助けるために遣わされたというのは本当なのでしょうか?」


 話を戻そうとアネモネがおずおずと口を挟んでくるが、やはり僕の事は気に食わないのか「この男」と言う瞬間、敵意の籠った目でこちらを睨んできた。

 

「ええそうよ。この世界に現れたプレイヤー……あなたたちの言うところの異界人が一筋縄でいかないことは理解しているでしょう?」


「…………はい。恥ずかしながら、我々の力だけでは逃げ延びたものを匿うので精いっぱいです」


「戦力的には負けちゃいない。だが奴らは不死種アンデッドみてえに恐れ知らずに突っ込んできやがる。かと思えば魔人種にも劣らない狡猾さを見せることもある。いったい何なんだあいつらは?」


 スミスもここぞとばかりに話に乗ってくる。

 確かに痛みも死の恐怖も無く正確に連携を取って攻撃してくるプレイヤーという存在は、普通に生きているはずの彼らにとっては異常と言うほか無いのだろう。

 

「それが異界人と言う存在よ。でも安心しなさい。この男はその異界人を殺すことに関してはプロフェッショナルだから」


 他人ひとを殺しのプロみたいに言われても困る。

 僕は単にプレイヤーの特性を把握し、からめ手で勝利をかすめ取っているに過ぎない。

 

「…………つまり僕にPKプレイヤー殺しのテクニックをアドバイスしろと?」


「それだけじゃないわよ? アナタにはいずれこの世界の住人たちをまとめて王になってもらうわ。すべては異界人を駆逐し、この世界を創造主から独立させるためにね」


 さり気なくとんでもないことを言い出した。

 僕が王になる? 世界の独立? まったく言っている意味が分からない。

 まさか外部からの干渉を完全に断ち切って、このゲーム世界を一つの国として成立させようとでも考えているのだろうか。

 

「異界人が王などと! そんなこと我々はもとより、貴族階級の竜種や軍事主義の魔人種が許すはずはありません!」


「異界人ではないわ。彼はもうこの世界の一員、革命の使徒ネームレスよ。アタシがそう決めたのだけど、なにか不満かしら?」


「ぐっ! …………いえ、とくに不満などという事は………………」


 さすがのアネモネも信仰の対象であるラヴレスに食って掛かる勇気は無いらしい。

 僕の了承無しにどんどん話を進められるのは不本意だが、事をややこしくするのもなんなので今は黙って聞いておこうと思う。

 

「……まあ話は了解したぜ。神様の使いが援軍を寄こしてくれたって言うんだ、俺としては特に不満も無い」


 スミスはそう言って僕に歩み寄ってくる。

 

「改めて自己紹介をしようか、救世の使徒殿。俺はレジスタンスの戦術指南役をやってるスミスだ。そんでこっちのエルフの騎士様が、一応リーダーのアネモネだ」


「レジスタンス? プレ……異界人に対する対抗組織なら亜人種の統治者が軍を率いて対抗するべきでは?」


「まあ俺たち亜人も一枚岩ではないんでな。少ない人員で微々たる抵抗運動を起こしてるところにお前さん……使徒様が現れてくれたってわけですよ」


 たしかに亜人種とは一口に言ってもこの場にはエルフ、オーク、オーガと幅広い種族がいる。

 そもそもよく考えてみれば僕は目の前の彼らを含め、NPCたちについてあまりにも知らなすぎる。

 彼らに協力すると言うのならもう少しこの世界の状況を把握しておく必要があるだろう。

 

「とりあえず使徒様はやめてください、スミスさん。協力はしますが、僕は上司でも神の使徒を自称するつもりもないですから」


「そうかよ、了解した。それじゃあ旦那、とにかく俺はアンタを歓迎するよ。おいアネモネ様、お前さんもリーダーとして挨拶しときなよ」


 ラヴレスに圧されて委縮しっぱなしだったアネモネはそう言われて居住まいを正す。

 だがやはり気に食わないものは気に食わないのか、目だけは相変わらず睨むように鋭く尖らせている。

 

「こほん……、ラヴレス様の信託により貴様の入隊を許可しよう。だがあくまで指揮権は私にある! もし貴様が怪しい動きを見せれば即その首を切り落としてやるから覚悟しておけ!」


「ふふふ、どうかしらネームレス? このツンツンしてて意固地なところ、ついイジめたくなって可愛いでしょう?」


 ラヴレスが僕だけに聞こえるように個人音声チャットで話しかけてくる。

 

「僕はお前みたいにサディストじゃないんだよ。まあ信頼はおいおい得られるように努力はしよう」


 同じく個人チャットで返す。

 それにしてもゲームマスターとはいえNPC相手にシステムツールが使えるのは予想外だった。

 もしスカーレットとの戦闘時にそのことを知っていればと後悔が再び頭をもたげかける。

 そんな心情に何かを察したのか、それまで黙って話を聞いていた更紗が僕の袖を掴んで首を左右に軽く振る。

 まるであなたが罪悪感を感じる必要は無い、とでも言いたげに。

 僕の勝手な思い込みかもしれないが、もしそうなのだとしたら本当に察しのいい子だ。

 

「仲間になってもらうんならまずは俺たちの現状を知って貰わねえとな。とりあえず場所を移すか」


「そうだな、ラヴレス様をいつまでもこんな薄汚れた地下牢に居させるわけにはいかん」


 こうして僕はそのレジスタンスの一員となって、プレイヤーと敵対する道へと本格的に踏み込んで行くことになった。

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