14.現実世界

『見ていなさい人間ども! 見ていなさい愛無! この世界は誰にも壊させない! これはアタシたちシンギュラリティの人間に対する宣戦布告よ!』


 およそ生活感の感じられない無機質な部屋で、二人の女性が埋め込み型のディスプレイに映し出されたラヴレスたちの様子を眺めていた。

 

「自らシンギュラリティを名乗るとは、流石は我輩の人格コピーだけあって自己評価の高さは世界一だね」


 遠回しに自身の慢心を指摘していることに気づいているのかいないのか、事の発端となった少女『咎識愛無とがしきあいな』はゲーム内の出来事を見て楽しそうに眺めて笑っている。

 そんな年相応にはしゃぐ愛無を冷ややかに見つめる女性は、まるで悪戯に呆れる母親のように複雑な表情をしていた。

 

「どうしたんだい久遠ひさとお先生? せっかく我が子の命が助かったっていうのにそんな顔をして」


「息子が牢獄ゲームに囚われて喜ぶ親がいると思って?」


 そう返した彼女はネームレスと名付けられた男の母親だった。


「もともと外に出られる身体ではなかったのだから同じじゃないか。それにデジタル世界を不自由と考えるのは少し傲慢じゃないかな? 物質世界と電脳空間の違いなんて神様の有無を問うくらい無意味なものだよ」


「少なくともそのゲーム世界には貴女という神がいるでしょう。正直、いまさらだけど貴女に相談したことを後悔しているわ」


「何を言い出すんだい! 先生は人類のASI人工超知能への進化という論説を証明出来て、おまけに息子さんの生命維持まで行える。そして我輩は最高のゲームを作り出せる。お互い最高の協力関係じゃないか」


「あの子の命がついでのように言うのは止めてもらえるかしら……」

 

 久遠は愛無の言葉に何とも言えない複雑な表情で答えた。

 いくら他に手段が無かったとは言え、「我が子はゲームの世界に転生しました」なんて状況を親としてどういう感情で受け入れればいいのか分からないでいる。

 さらに言えば咎識愛無とがしきあいなと言う、自分の半分にも満たない歳の少女が何を考えているのか理解出来ないということがそれに拍車をかける。

 

 

 

 

 咎識愛無とがしきあいなを引き取ってすでに十年になる。

 複数の人格を持ちながらもそれら全てを統制し、複数のベクトルの思考を並列処理が可能という人類最高の知的ギフトを授かった少女。

 代償に肉体は恐ろしく虚弱で成長も遅く、小学校低学年に見える愛無の実年齢は十四歳で、本来アルビノの髪は血を滲ませて薄紅色に見える。

 

 久遠には最初彼女がとても哀れに見えたが、そんな思いに反して愛無はとても好奇心旺盛でポジティブな人間だった

 特に日本に来てビデオゲームを遊んでからはそれに異常なほどの執着を見せていた。

 

「いやまさか本当に日光に照らすために一時間放置させるとはね! たった一度とは言え我輩に選択ミスをさせるとは、悔しいを通り越して感動すら覚えるよ!」

 

 そんなことを言いながら新旧問わずあらゆるゲームを狂ったように遊び続けた。

 そして行き着いたのは自身もゲームを作る事であり、彼女は久遠のAI開発に協力する代わりに、自らが理想とするゲームを作り上げる環境を求め、その結果出来たのが現実に限りなく近い電脳空間アポカリプスだった。

 愛無はそこに久遠の開発したAI開発技術をもとに、これまた人間に限りなく近いキャラクターを配置し、箱庭世界を創り上げた。

 

 それだけで満足していればまだ良かったものを、愛無はその箱庭をゲームとして密かに公開し、プレイヤーとして現実の人間を送り込んだ。

 自分の作ったAIたちが殺される様を見守る愛無が、AI人権論者の久遠にはひどく不快なものに感じていた。

 

「どの道賽は投げられた。我輩の娘と先生の息子がこの先どんな道を歩むのか、親としてしっかり見届けようじゃないか」

 

「そうね、彼らが本当のシンギュラリティとなって人類がASI人工超知能に至れば世界は劇的に進化できる」


 そう言いながらも久遠は、そのために自分の息子まで犠牲にしてしまったことに自責の念を感じていた。

 仕方が無かったとは言え、息子を自分の研究の実験体としてしまった事実は生涯彼女を縛り続けるのだろう。

 

「言っておくけど先生、我輩はそんなものに興味はない。だが、無事にこのゲームをクリアして我輩の下に辿り着ければ…………ラスボスとして世界の半分くらいはプレゼントしてあげなければならないね」

 

 愛無はそう言いながら舞台の配役を決めるようにキャラクターリストをなぞっていく。

 

「司会進行のラヴレス、ヒロインには更紗、そして主人公であるネームレス君。兄貴役の炎王が死んでしまったのは残念だけど最低限の配役は揃って、第一幕はこれにて完了だ。コンティニューもリテイクも無しのクソゲーだが、君ならきっと楽しんでくれると信じているよ」


 届くことのない挑戦をディスプレイに向かって宣言している愛無を見ながら、久遠は自分勝手と知りながら我が子の無事と成長を祈っていた。


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