13.【ラヴレス】の視界
「ふざけやがってえええ! 俺は円卓のメンバーだぞ! 覚えてろよお前ら! インペリアルの総力を使ってこのゲームに居られなくしてやるからなああああ!!」
まるで絵に描いたような捨て台詞を、これ以上ないくらい冷めた心でアタシは聞いていた。
後悔どころか命乞いすらさせられない自分の無力さに虚しくなる。
影の一人が男の顔を殴りつける。
「今殴ったのはヴォーパルバニーのエイラ。優しくて妹思いの働き者だったわ」
今度は別の影が肩口に槍を突き立てる。
「彼はリザードマンのローエン。街の門番で、仲間を守るためには命も惜しまない勇敢な男だったわ」
ほかにも、ほかにも、すべてのキャラクターたちの事を覚えている。
何万、何十万。優しい者も、残酷な者も、みんな私が生み出した大事な子供たちだ。
それらが怒りも恨みも無く自由気ままに殺されていく様を何度見せられたことだろうか。
本当に不愉快だけれど、アタシに出来るのはせいぜいこうやっていびって憂さを晴らす程度の事だ。
結局この男も、リスポーンすれば何食わぬ顔でまた殺し続けるのだろう。
そう考えると自分のやっていることに虚しさを感じるのも仕方ないのかもしれない。
「アナタたち、あとは任せたわ。好きなように殺しなさい」
アタシは影となって動くNPC達の亡霊、《シャドウストーカー》にトドメを任せて彼のもとへと向かう。
つい怒りに任せて遊んでしまったが、本来はこんなことをしている場合ではないのだった。
「さっさと彼を助けてここから離脱しないと、アタシの脱獄に感づいたフェイスレスが来てしまうわ」
いつの間に辿り着いたのか、その彼は更紗のそばまで這い寄り、その手を握って必死に何かをしようと試みていた。
おそらく彼にはもう意識も記憶もほとんど残っていないだろう。
それでも更紗を助けたいという一念だけでこうして身体を動かしている。
その様子をアタシは愛おしく見つめていると、私刑に夢中の群れから外れたシャドウストーカーが一人、こちらに近寄ってきた。
「あら、炎王。アナタは復讐に参加しなくていいのかしら?」
かつて炎王だったAIの残滓は何も答えず、彼と更紗を見つめている。
「そう……アナタは恨みを晴らすよりこの二人の事が心配なのね。安心なさい、更紗はちゃんと助かるわ。問題はこっちの男よ」
でも彼はそんなスキルが無くても同じように行動したのだろう。それがなんとなく分かってしまう。
「炎王、アナタは命の定義って何だと思うかしら?」
答えが返ってこないのを解っていてあえて質問してみる。
もし炎王が無事だったら何と答えるか興味があったからだ。
「すべてがデジタルなこの世界で、命とは記憶と意思よ。この男は今アバターという器がひび割れ、その記憶が漏れ出している状態」
プレイヤーには現実の世界に脳というサーバーが存在し、アバターが破壊されてもその記憶も意思も安全にバックアップされている。
けれど、この男の現実はすでに消滅している。その事実を伝えるべきか否か――――。
「考えるのは後にしましょう。このままじゃ手遅れになってしまうわ」
アタシは彼を仰向けに起こし、お互いの心臓が触れ合うように身体を重ねる。
「アナタの欠けた記憶はアタシが修復するわ。無意味にマリスの目を通じてアナタを見続けてきたわけじゃないのよ」
虚ろな眼で何かに縋り付こうとする顔を押さえ付けてそっと唇を重ねる。
そうしてお互いの記憶を融合させ、彼の記憶という名の命を再構成させていく。
初めてこの世界に降り立った時の感動、初めての死の恐怖、炎王や更紗との出会い、その全て補完していく。
そうしてある程度記憶のリカバリーが進んだところで、彼の意思が再起動し、アタシと共有されているのを感じる。
「見えている? 聞こえているかしら? 自分自身の無様な死に様を確認できたなら返事をなさい」
(…………見えてるし聞こえてるよ。相変わらず一言多い奴だ。それより更紗は?)
「この親馬鹿どもは……。安心しなさい、アナタが目覚めるころにはきちんと元気な姿に戻っているわ」
(そうか…………それならいい。ところでこれはどういう状況なんだ?)
いつもの彼だ。どうやら記憶の修復は成功したようで、その事実に安堵する。
「面倒だから率直に言うわよ。現実のアナタはすでに死んでいるわ。今は意識だけがこの世界に取り残されている状態ね」
(僕が死んでいる……そうか、まあいつかはそうなると思っていたけど)
「アナタ……現実世界で自分が死んだ理由が解っているようね?」
(いや、どういうわけか現実世界での記憶が所々欠如している、けれど僕がこのアポカリプス内にしか居場所がない事は覚えているよ)
愛無の奴、やっぱり意図的にこの男を選んでこの世界に送り込んできたようね。
それなら彼にだけ
アタシが彼を利用することも織り込み済みなのでしょうけれど、そうそう思い通りにはさせるつもりはない。
「ずいぶんと達観しているようだけど、アナタは正真正銘NPCと同じ存在になったのよ。今までみたいに死んでもやり直せばいいなんて甘えは許されないわ」
(なら今後はもう少し慎重に行動するとしよう。ああでも、マリスみたいな子にまた出会ったときはどうするべきかな……)
――――いったいこの男は外の世界でどういう人生を歩んできたのだろう。
自分が実は死んでいて、その記憶も失ったというのにまだ見ぬ他人の心配をする余裕があるとは……。
興味は尽きないがいまはもっと重要なことがある。
(けれどそうなるとガーデンに戻るのは危険だな。恨みを買ってるプレイヤーはもちろん、インペリアルを敵に回したとなると挨拶代わりに殺されかねない。何せまず殺してから事情を聞こうとするような相手だ)
「戻る必要など無いわ。アナタにはこれからNPCたちとこの世界を守るために戦ってもらうことになるのだから」
(この世界を守る?)
「今度は無限コンティニューなんてチートは存在しないわ。たった一つの命で、その生涯を賭けてこの世界を守ってもらうわ。不満かしら勇者様?」
(……いいや、もともとそれが炎王との約束で、僕の目的でもある。やることは何も変わりはしない)
「ふふ、あはは! あははははははははは!!」
それを聞いてアタシは笑いが堪えきれなくなった。
さっきの虫を殺した時とは違う、心からの歓喜と希望の笑いが体中を震わせている。
この男ならきっとこの世界を変えてくれる。
たかがゲーム? 笑わせるんじゃないわよ! ここには大地があり、命があり、進化があるのよ。
アタシは必ずこの箱庭を一つの世界として成立させて見せるわ。
「見ていなさい人間ども! 見ていなさい愛無! この世界は誰にも壊させない! これはアタシたちシンギュラリティの人間に対する宣戦布告よ!」
(盛り上がっているところ悪いけど、どうも意識が朦朧としてきたんだが……)
「ああ、記憶の補完が終わるみたいね。あとは身体が自然回復したら勝手に目覚めるから今は眠っていなさい」
この男との会話はとても楽しいけれど、あまり長い間外に出ていると厄介な奴に目を付けられてしまう。
「では最後に生まれ変わったアナタにプレゼントをあげましょう」
(なんだ急に、気持ち悪いんだけど……)
「『ネームレス』……。過去を捨て、今からアナタはそう名乗って新しい人生を始めるのよ」
(
その通り。元の世界の記憶も名前ももはやアナタには必要のないものだわ。
これからは古い世界を捨てて、アタシと共に新しい世界で生きていくしかないのだから。
「それじゃあネームレス、NPCの世界へようこそ。さあ、アタシたちの革命の物語を始めましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます