12.怒りと愉悦

 光苔によって仄暗く照らされていた地下線路内は黒に塗りつぶされていた。

 それを闇だと思わなかったのは、光が覆い隠されたのにも関わらず周囲の景色をはっきりと視認出来たからだ。

 まさしく影が世界を覆ったような感覚だった。


「……なんですかこれは、レベルワン! また貴方の仕業ですか!?」


 問われても答えようがない。 

 僕にも状況は理解できないし、声を出せるだけの力は今さっきの助けを呼ぶ言葉で使い切っていた。


 なんとか目を凝らして見ると、周囲を染めた影が何やら蠢いているのが分かる。

 次の瞬間蠢きは槍状の突起となって線路内を、まるで金庫前に設置された赤外線のように縦横無尽に突き抜ける。

 影槍が通った跡にはぼんやりと人の姿が浮かび上がってきたのが見えた。


「なっ!? 私の人形が!」


 それは特徴的な赤いケープこそ纏っていなかったものの、スカーレットを模したと思われる人形たちだった。

 困惑するスカーレットに対し、線路内に反響するように冷ややかな女性の声が響き渡る。


行動隠蔽ハイディングで隠した人形にジェスチャーを担当させ、本人は詠唱だけで魔法を発動したように見せる。操っている人形とは魔力で繋がっているから本人の身体の一部と解釈されるようね。これはシステム的なバグだわ」


「お、女の声! 誰ですか! 姿を現しなさい!」


 それに応えたわけでもないだろうが、僕のそばの地面から白い人型の輪郭が生えてくる。


「こんなお間抜けな手品に騙されるなんて、アナタにしてはとんだ失態ね。そんなにあの子のことで頭が一杯だったのかしら? この異常性癖者さん♪」


 全身を現した白い人影は死んだ後に何百回と見た顔に間違いなかった。


「バッドモーニーング。安心しなさい、ここはまだいつものゲームオーバーの世界じゃないわよ」


 このゲームのNPCを生み出したというゲームマスター、ラヴレスは相変わらずの悪態をつきながら僕のそばに立っている。


「私の人形のトリックを見破るとは……、会話ができるところを見るとプレイヤーのようですが、貴方はレベルワンのお仲間ですか?」


 口調こそ落ち着いているのものの、その顔は手品のタネが明かされた屈辱からなのか怒りに満ちている。


「それよりアナタ呼ぶのが遅すぎるんじゃないかしら? もう少し早ければ炎王も助けられたかもしれないっていうのに」


 ラヴレスはスカーレットの質問を無視して、喋る力も残っていない僕に一方的に話しかけてくる。


「おい! なに私を無視している! 調子に乗るなよ、人形など無くとも私は魔法だけでも円卓としての実力はあるんだ!」


 これが本当の奥の手だったのか余裕を無くしたスカーレットはついに慇懃無礼な仮面を脱ぎ捨て恫喝するが、ラヴレスは罠にかかった獲物を見つめるような楽し気な視線でようやくその声に反応した。


「あらあら~? うじゃうじゃと気持ちの悪い虫を一掃したと思っていたのに、まだ一匹残っていたみたいねえ」


「む、虫ィ? 私が虫だと!?」


「どうやらこっちの言葉は通じてるみたいだけど、残念ながらアタシ虫語は解らないの。よかったらさっきの手品みたいに増殖して、人間にも解る人文字で表現してくれないかしらぁ?」


 むきになって怒り狂うスカーレットをさらに挑発するように、ラヴレスはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら煽り続ける。

 だがその言葉にはいつも僕と話していた時のような、からかって楽しむ上機嫌さは無い。ただ怒りの発散のために相手を貶めようという感情が見て取れる。


「…………もうういい、死ね。神を殺す聖剣の幻影よ、とおを数えて死を刻め!!」


 スカーレットの背後に現れる十本の光の剣が、その切っ先をラヴレスに向ける。

 詠唱の長さから考えても高位魔法のさらに上のレベルと見ていい。


「あらゆる耐魔法、耐物理効果を貫通する光属性の極位魔法だ! 十本すべて、躱せるものなら躱してみろよ!!」


「無知って哀れね。自分が食虫植物に取り込まれた虫だという事すら理解出来ないなんて」


 飛び交う光の剣は、再び周囲から生えた影の槍によってすべて縫い留められ、その姿を霧散させていった。

 その間ラヴレスは指一本動かしていない。


 そして続けざまに隆起した影槍はスカーレットの四肢を串刺しにし、中空へと縫い留めてしまった。


「はい、昆虫標本のできあがり~♪」


「く、くそっ! 離せ!!」


「さあて、お次は解剖実験でも始めましょうか、まずはリアルな反応を見るために痛みを知ってもらう必要があるわね」


 スカーレットの胸に手をかざすとそこからステータスウィンドウが強制開示される。


「おい! なんだそれは! 何をする気だ!?」


「ええと、コンフィグ画面の、痛覚減算フィルター……これね」


「ま、待てっっ! ヤメロぉ――――おおおおあああああ!!」


 痛覚減算処理がカットされたスカーレットは手足を貫く痛みに叫び声を上げた。

 現実の痛みに比べれば遥かにマシとは言え、慣れていない苦痛はそれだけで人を錯乱させ得る。


「あはははは! どうかしら!? 今までアナタが虫ケラのように殺してきた虫そのものになった気分は?」


 そう叫ぶと同時に、今度は周囲から人型の影が無数に生え出てきた。


「これはアナタがいままで殺してきた子たちのAIの残滓、いわば怨念のようなものよ。さあ、愛しい子たち、アナタたちの憎い敵はここにいるわ! 存分に殺して殺して、殺し尽くしなさい!」


 それを合図に現れた影の兵たちは一斉にスカーレットへと飛び掛かる。

 ある者は殴り、ある者は串刺しに。

 思い思いに自分を殺した相手へ恨みをぶつけていく。


「ふざけるな! ふざけるなよおおお!! これはゲームだろうが!! なんで俺がこんな痛い思いをしなきゃなんないんだよお!!」


 ああそうだ。これはゲームで、プレイヤー達に悪意はあっても殺意は無いんだ。

 だから僕はこれまで、目の前のNPCを助けることはあっても積極的にプレイヤーの妨害をしようとはしなかったし、彼らに理不尽を感じても怒りは感じなかった。

 けど――――――こいつは殺されてもいいや。


 すでに重力場は解除されているが、それでも倒れたまま動かない更紗を見て僕はそう思った。

 そうだ、更紗を助けないと……僕は炎王と約束したんだ……早く、助けないと…………。


 痛みのせいか、ドーピングの副作用か混濁する頭で、僕は更紗に向けてただ手を伸ばし続ける。


 そのときにはもう、スカーレットの苦悶の叫びも、ラヴレスの狂気じみた笑い声も何も聞こえなくなっていた。


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