11.逆転、そして……
「薬師さまの言った通りでした……とと様は、ちゃんと生きてました……」
「はっはあ! あったりまえじゃあ! 俺は世界を変える男ぜよ! そう簡単に死んでたまるかや!」
炎王はいつものように快活に笑い、乱暴に更紗の頭を撫でまわす。
「更紗を守ってくれて感謝するき、同志殿。あとは俺に任せちょき!」
そう言って炎王は野太刀を正眼に構え、スカーレットに対峙する。
「とと様、刀はあの男には効果がありません」
「んん? どういうことじゃ?」
「あの男の魔法障壁は武器による攻撃に反応して無効化するらしい。更紗が命懸けで見つけてくれた情報だよ」
「ちゅうことは、素手でやれゆうことか。この名刀でついに人を切る機会が来たと思うたが、そういう事なら仕方ないのう」
野太刀を鞘に納めた炎王はそれを地面に置き、左足を引いて中段構えを取る。それは力任せに野太刀を振るっていたのとは対照的に、落ち着いた隙の無い佇まいだ。
「刀はただの趣味じゃあ。鬼の本来の戦い方、見せちゃるぜよ!!」
宣言するなり炎王はまるで地面を滑るように構えを解かず移動し、スカーレットの胸部に拳を放つ。
それを受けたスカーレットは背後の数メートルは吹っ飛び、盛大に血を吐き出した。
「っく、武器を捨てて来るとは……魔法障壁の仕組みに気づきましたか。レベルワン、貴方の入れ知恵ですね!?」
そのダメージのせいで重力魔法が解除されたようで、僕の身体を縛り付けていた重力の結界は消失した。
「いいや、見抜いたのはこの子だよ。この子が自分で観察し、考え抜いた答えだ。これが君が侮ったNPCの知恵と力だよ」
「私をただの魔導師と侮らないでくださいよ。傀儡よ、我が意に沿って敵を滅ぼせ!」
詠唱に応じるように周囲の瓦礫が中空に集まっていき、巨大な石塊となった後はゴムのように形を変え、複数の人型となってスカーレットを守るように立ち塞がる。
「ゴーレム……錬金術師のクラスも持っていたのか」
「なんじゃあ、人形遊びか? よっしゃ! いっちょう力比べでもやっちゃるか!」
巨大なコンクリート製の腕を受け止めた炎王そのままゴーレムの腕をへし折り、拳による乱打でその石塊を砕いていく。
「なんじゃ見掛け倒しじゃのう。埒があかんき全員まとめてかかって来いや!」
「オーガ如きが、調子に乗るなよ…… 落人には安寧の氷を与えよう!」
放たれた氷結の槍が炎王に届く前に魔法消去のスクロールで消滅させる。
「僕を忘れるなよ、中位程度の魔法ならいくらでも弾いてみせる。それとも高位魔法を使えない理由でもあるのかな?」
ゴーレムの操縦中は常に魔力を消費し続けるためコストパフォーマンスの悪い高位魔法などそうそう使えるものでは無い。
リスクも無しに手軽に使えるような魔法なら、本職錬金術師の僕だって使えている。
「そっちは頼めるかい、炎王?」
「俺はつゆ払いかや? まあえい、賢しい相手は苦手じゃき、そっちは任せるぜよ!」
そう言う間も攻撃の手は止めず、十体以上いたであろうゴーレムはすでに半数以上が石塊へと還されている。
僕は再びピルケースから錠剤を取り出して服用する。一日に二回の服用は経験が無いが、万が一副作用で死んでも、その前にスカーレットを殺せれば問題ない。
更紗に下がっているよう言い含めて僕は炎王とゴーレムの横をすり抜け、スカーレットにトドメを刺すべく一気に駆け寄る。
「それはもう学習済みですよレベルワン!」
いつの間に仕掛けていたのか、設置型の魔法が氷の杭となって地面から突き出してくる。
それは僕の足を貫き、地面に縫い付けられる形となってしまった。
「なるほど確かに小賢しい。信条違いさえ無ければ僕と気があったかもね」
腰にさげたフリントロック式ピストルに弾丸を詰め込み、スカーレットに向けて発砲する。ドーピングによって命中精度も上乗せされている状態の弾丸は正確に狙った傷口に着弾して弾ける。
「馬鹿な!? 武器による攻撃は障壁が弾くはずだ!」
「弾頭はとある特殊植物の種子で殺傷力は無い。でも、その効果は君にとって致命的だ」
弾けてこびり付いた種子は傷口から血を吸い上げ、あっという間に芽吹いて花を咲かせる。
「傷口に根を張り、魔力を吸って成長する吸魔草だ。スラムの裏市で三十万円もした貴重品だよ」
対魔導師の最終兵器とも言える一品で、一発きりの奥の手だ。
スカーレットは慌てて吸魔草を引き抜くがもう遅い。花が咲いた時点でスカーレットの魔力はほとんど空になっているはずだ。
残った魔力ではせいぜい2、3回の中位魔法が限度だろう。
「ぅおらああああああ!!」
その雄叫びとともに炎王のゴーレム処理も終わったらしい。
辺りには瓦礫の山が連なり、炎王の角からは炎が燻ってまだ暴れ足りないと主張しているようだ。
「これで仕舞いじゃのう。大人しゅう降参すりゃ命は見逃しちゃるがどうする? ……ちゅうても分からんか。同志殿、通訳頼むちや」
そんなことをするまでもなく状況は理解できるのかスカーレットは慌てて手を振り助けを乞う。
「わ、解りました!
その言葉を言い終わる前に
「学習してるのはこちらも同じだよ。お互い切り札の使い方を間違えたようだね」
「良かったがか? 一応おんしの同族やろう?」
「死んでも生き返れると言ったろう、それはこの男も例外じゃない。だから炎王もこれからは手加減なんてする必要は――――」
そう言いかけて振り向いた瞬間、炎王の心臓は巨大な氷塊に貫かれていた。
「とと様――――!!」
「同志殿、更紗を……たのむ――――――」
死が確定するまでの数瞬、炎王はその言葉だけを絞り出して絶命した。
「くっ!」
炎王に駆け寄る更紗を抱きしめ、必死に地面を転がるその上をさらなる追撃が通過していく。
時間をかけすぎてさらなる追手が来たのかと通路の先を確認すると、現れたのはさきほど殺したはずのスカーレットだった。
「そんなはずは……リスポーンが早すぎる」
まさかと思い殺したはずの死体を振り返ると、そこには特徴的な赤いケープをまとった人形が半分ほど溶けかかった状態で横たわっている。
「…………ゴーレムか」
「流石ですレベルワン。まさか私の最高傑作が負けるとは思ってもいませんでしたよ」
まだドーピングの効果は残っている。更紗を抱えて走ることも可能だが、遠距離職相手に背を向けるのは自殺行為だし、何より逃げ切る前にドーピングが切れたら終わりだ。
なら、残り数十秒で今度こそこの男を殺すしかない。
相手に動きを読まれないようジグザグに、そして壁を蹴って斜め頭上から蹴りを叩きこむ。
ゴーレムと同じならこれで魔法障壁をすり抜けて叩き伏せられるはずだ。その後は首でもひねってとどめを刺してやればいい。
『
それが詠唱だと気付く間もなく発生した重力場が僕を地面に叩きつける。
先ほどの局所的なものとは違い、スカーレットを囲むように円状に広がったそれは更紗も巻き込んですべての動きを封じてしまった。
「どういう……ことだ、詠唱はともかく、ジェスチャー無しで、魔法が発動するはずは…………」
スカーレットは詠唱の間棒立ちのまま動いていない。
これほどの規模の高位魔法を使う上で相手に気付かれない程度のジェスチャーなどあり得ない。
「魔法とゴーレムが多少使えるくらいで円卓の席に就けるでも思ったんですか? ジェスチャー無しの魔法発動、これこそが私の固有スキルですよ」
制限内であれば自由に詠唱文とジェスチャーを設定できるシステムにおいて、魔法発動の兆候となるジェスチャーを必要としないというのは想像以上に恐ろしいアドバンテージだ。日常のさり気ない会話や動きをトリガーにしておけば誰にも気づけれずに魔法を行使できる。
それはもう言霊とでも言うべきまったく新しいスキルと言えるだろう。
「さて、格の違いも理解してもらえたところで、レベルワンにはここで一度退場してもらいましょう。その間に私はあちらのオーガの子供を預からせてもらいましょうか」
まずい。今ここで死ねばスカーレットは二度と僕と更紗を会わせようとはしないだろう。そうなれば彼女を助ける機会を完全に失ってしまうことになる。
いや、それ以前にこの男が更紗を無事に生かしておく保障なんてどこにもない。何としてでも今この場で逆転の機会を見出さなければ――――。
「と、とさま……、どうか、起きて……ください。いま薬師さまを手助けできるのは……とと様、だけです…………!」
更紗は重力場の中必死に手を伸ばし、炎王のもとに這いずっていこうともがいている。
「まだ動けるとは、子供とはいえオーガの生命力は大したものだ。
それは効果増幅の魔法だったのか、重力はさらに増加し、骨が軋み始めているのが感じられる。
僕のように普段から耐魔法性能の付与された装備を身に着けているわけでは無い更紗は直にその影響を受け、膝をついた形で縛り付けられていた足は折れ、地面にヒビを刻むほどの勢いで顔面ごと叩きつけられた。
「おお、いけないけない! 殺してしまっては人質にならない。……うん、気絶はしていますがかろうじて息はあるようだ」
考えろ。考えつかなければならない。この状況を打開する方法を。
炎王を死なせてしまった以上、僕がやるべきは託された更紗を無事に逃がすことだけだ。
そのためには何度だって死んでやる。この命を代価にして、どのような犠牲を払おうともそれだけは成さなければならない。
(死んでいいのは、これが最後だと言ったでしょう?)
この状況で埒外の方向からそんなセリフが思考に割り込んできた。
邪魔をするな、今はそれどころではない。
(あの子を助けたいんでしょう? ならアタシを呼びなさい)
「ではさようならですレベルワン。リスポーンしたら、ねぐらの工房まで来なさい。貴方の協力があれば円卓第一席の座も夢じゃ無い。共にこのゲームを楽しもうじゃないですか」
そう言うと周囲の空気が結晶化し、無数の氷の杭が僕を中心に狙いを定めた。
骨が折れ、潰れかけの筋肉はピクリとも動かない。土を舐めるように縫い留められた口は舌を動かすのも困難だ。
死にたくない。いや、死んではいけない――――生まれて初めて心からそう思い、僕は願うようにその名前を呼んでいた。
「頼む……ラヴレス、更紗を……助けてくれ――――――」
そう呟いた瞬間、地下線路は僕と更紗、スカーレットも巻き込んで漆黒の影に包まれた。
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