9.襲撃者
グリム宅から帰途につき、自宅兼工房の廃映画館の入り口に立った時、違和感に気づいた。
「……糸が切れてる」
外灯も無い夜の暗闇の中、照明代わりに使っている発光虫を扉に近づけると風に揺らめく蜘蛛の糸が光を反射して煌めいている。
何かと他プレイヤーから恨みを買っている僕は、万が一の襲撃に備え工房にいくつかのトラップや警報装置を仕掛けており、その一つが異常を示していた。
「鳴子みたいなもんかや? おんしも色々大変じゃのう」
「やはり昨日の更紗たちのことが原因なのでしょうか……」
僕は更紗の頭に軽く触れ、その言葉を否定しておく。
「中で待ち構えているか、トラップを仕掛けられたか。いずれにしても夜の暗闇じゃ対応も難しい。今日は野宿になるけど構わないかな?」
「更紗たちにとって野宿は日常ですからお気遣いなく。ご飯もたくさんご馳走になったばかりですし」
そう言われて工房から離れようとすると、それも織り込み済みだったのか周囲に人の気配が漂い始める。
廃ビルの陰からフルプレートアーマーに身を包んだ人影がぞろぞろと這い出て、僕たちを取り囲むように円陣を組む。
その鎧の肩部には一様にインペリアルのギルドエンブレムが刻印されていた。
「なんじゃあこいつらは? 大層な鎧着ちゅうのに足音もたてん。かと思えば剣の構えはど素人が交じっちょる」
「気を付けて炎王、鎧は偽装で剣士とは限らない。魔導師や暗殺者も交じってる筈だ」
戦士系職以外がフルプレートを着こむのは動きが鈍くなるというデメリットは大きいが、この場合それを補うほどの筋力値がある高レベルプレイヤーと考えて相手をするのが賢明だろう。
「なるほどのう。個々の戦闘力で勝っちゅう亜人種がヒト種におされちょる理由が分かるぜよ。頭の堅い亜人連中には出来ん戦術じゃ」
解析スキルを使ってみるが全員クラスはもちろんレベルすら隠蔽されている。敵の中に妨害職もいると考えた方がいいだろう。
確実に
「まあじゃけど要は、全員魔法も剣も得意じゃ思うて戦えばええんじゃろうが!」
そう言うと炎王は野太刀を逆刃に構え、背後から
「交渉前に事を荒立てたくは無いがのう、襲われたならしょうがないわ。ほれ! 全員まとめてかかってきいや!」
炎王を強敵と見た偽装兵たちはすぐさま陣形を組み替え、前衛と後衛の本来あるべきポジショニングで攻撃態勢に移行する。
「同志殿! すまんが更紗を見ちょってくれ! 五分で全員眠らせちゃるきに!!」
そう言うと炎王は怒涛の勢いで前衛の偽装兵に切りかかる。その一撃を受けた者は峰打ちにもかかわらずその圧倒的な威力でもって、一刀のもとに倒れ伏していく。
バーサーカーのような暴れっぷりでありながら、
その位置取りも絶妙で、魔法術師との射線上に常に敵が入るように立ち回り、結局一発の魔法も撃たせることなく七人を倒し切ってみせた。
「まるでお手本のような戦い方だ。一対多の立ち回りを完全に理解している」
「はい、とと様はいつも一人で戦ってきましたから」
同じソロプレイでも僕とは全く戦闘スタイルが違う。僕が邪道とすれば炎王のそれは美しいほどに正統派な戦い方で、見ていて美しいと思えるほどだった。
「さあてあと三人だけになってしもうたが、まだやりたい奴はおるかのう?」
前衛を失った遠距離職ほど狙いやすいカモはいない。彼らもそれを理解しているだろう故に、この場を放棄しすぐさま撤退行動へと移りだす。
『罪人には裁きの
月明りの中不意に詠唱が聞こえた直後、敗走を決め込んだ三人は中空に発生した雷撃に撃たれ、文字通り骨も残さぬ消し炭となって消えた。
僕と炎王は突然の介入に慌てて周囲を見回すが、魔法を詠唱した相手は見つけられない。
「こっちですこっち、上ですよ」
弾かれるように僕が上空に目を向けると、そこには月光をバックにたたえて見下すように紅いケープを纏った男が廃ビルの屋上に立っていた。
炎王と更紗もそれに釣られて同じように男を見上げる。
「いくら勝ち目が無いからと敵前逃亡とは……。どのみち死ぬならせめて無様にあがいて私を楽しませて欲しかったですよ」
ケープ姿の男はそう言うとビルの端から一歩踏み出し、地面に直撃する寸前に何らかの魔法を詠唱してふわりと僕らの前に降り立った。
そのまま戦闘態勢を崩さない炎王を無視して僕の方に歩み寄り、大仰に手を振り頭を下げて挨拶をしてくる。
「初めましてレベルワン、私はスカーレットと申します。貴方のお噂は色々聞いていますが、まさかオーガを手懐けているとは驚きましたよ。もしかしてテイムのスキルかクラスを発見されたのでしょうか?」
余談だがアポカリプスでは未だすべてのスキルの全容は掴めていない。だからこそプレイヤーは日々新たなスキルの開発に余念がなく、有用なスキルの習得方法は破格の対価でもって取引されている。
上級プレイヤーと呼ばれる者たちは、最低一つは自分だけの固有スキルを有してそれを秘匿していると考えていいだろう。
僕の
「同志殿、一応聞いちょくが、こいつは敵でええがよな?」
「ああ、さっきの偽装兵たちの親玉と考えていいと思う」
その証拠に男のケープの襟元には先ほどと同じギルドエンブレムと、ローマ数字の十二を表す文様が装飾されている。
「インペリアルの円卓プレイヤーか……。そんな大物が僕みたいな弱小プレイヤーに何の用かな?」
「またまたご謙遜を。このゲームの最古参にして最高の錬金術師。最低レベルでありながら数多くの上位プレイヤーを倒した逸話はインペリアルでは有名な話ですよ」
多分だがその有名な理由の大本はグリムだろう。
文句の一つも言いたいところだが、昨日街中で騒ぎを起こした僕にも責任はあるか。
「そうか僕に用だったか。ならこの二人は下がらせるから、二人でゆっくり話し合おうか」
「ははは、ご冗談を。ガーデンに侵入したNPCは即討伐、それは貴方もよくご存じでしょう? もちろん手引きした貴方も同罪です。一度殺した後にリスポーンゲートでゆっくりと反省していただきましょうか――――」
口上を述べるスカーレットに炎王が死角から渾身の一振りを浴びせる。
だがその一撃はスカーレットの周囲に浮かび上がる魔法障壁に阻まれた。
「おおっと危ない危ない。あらかじめバフを重ね掛けしておいてよかったですよ」
「っかあー! 絶妙な不意打ちじゃ思うたんがじゃのう! これは面倒な相手ぜよ」
「更紗を連れて逃げてくれ炎王。相手の正確な強さは分からないけど、あれは多分まずい相手だ」
解析スキルを使ってみるとレベルは228、クラスは魔導師。
僕が敵対する相手の基準は大きく分けてレベル100未満、100〜200、そして200オーバーの三つ。
戦い方次第でどうとでもあしらえる100未満。おそらく一つは未知のスキルを隠し持っており、ステータス的に強力な武具を装備しているであろう100以上。
そして上記二つに加え、そのレベルに至るまでの経験と知識を蓄えている200オーバー。
アポカリプスではレベルによるステータスボーナスよりも、装備できる武具と獲得スキルによって戦力の差を測るのが正しいと僕は考える。
その二つを兼ね備え、さらに戦闘慣れしているであろうレベル200オーバーは奇策奇襲で戦う僕では相手にならない可能性が高い。
しかもこの男はプレイヤーの中でも上位十二名に入るほどの相手である以上、ここは僕が粘って少しでも時間と相手の手の内を探るのが賢明な策だ。
「いんや、足止めは俺がする。更紗はおまんが連れて行ってくれや」
それは駄目だ。コンティニュー可能な僕と炎王では命を懸ける意味がまるで違う。当然それを知らないからこそ炎王は、より可能性が高い自分が足止め役をするべきだと考えているのだろうが――――――。
「…………聞いてくれ炎王。信じられないかもしれないけど、僕は死んでも生き返れる。だから君が残るより僕が――――」
「阿保ぬかせぇ!! 俺ぁ不死種にも知り合いがおるが、死なんからちゅうて仲間ぁ見殺しにする奴なんぞ大嫌いじゃ!! 自分を誇れん奴が娘の前で胸張れるがか!?」
「……炎王」
「更紗、俺は謝らんぞ。きっちりこいつ叩きのめして迎えに行くきのう!」
「……はい、とと様。薬師さまと先に行って待っております」
僕の意見を無視して勝手に話を進められているが、ここまで言い切った以上炎王は折れることは無いだろう。
昨日今日の付き合いでも、それくらいは予想できた。
「……わかった。亜人種の本拠地である池袋まで行けば相手も簡単には手を出せない。そこで落ち合おう」
そう言って手持ちの魔法耐性を付与されたアミュレットを投げて渡す。
相手が魔導師ならこれで多少は有利に戦えるだろう。
「ふうむ、興味深いですね。レベルワン、貴方いまオーガと会話してるんですよね? そんなスキルはインペリアルでも聞いたことが無い。もしNPCと会話ができるなんてスキルがあるなら、このゲームの概念が大きく崩れることになるかもしれない」
スカーレットと名乗る男は僕と炎王を見比べて不愉快そうに値踏みしてくる。
「ちょっとしたお遊びのつもりで出向いてきましたが、想像以上に貴方は危険だ。早々に隔離するかゲームを引退してもらった方がよさそうだ」
そう言って右腕を掲げ、足止め用の氷結魔法が僕と更紗に向かって放たれる。
しかしそれは間に入った炎王の逆刃から持ち直した野太刀によって横一閃に切り払われる。
「悪いがおんしは手加減しちゃれん。その命、もらい受けるぜよ!」
「無理だと思ったら逃げてくれ。魔導師相手なら亜人の脚で十分逃げ切れるはずだ」
炎王が向かい立った瞬間、僕は更紗を抱きかかえて走る。逃げるなら地下だ。
万が一戦闘になった場合を考え、少しでも地理的優位を取れるよう僕はそばにあった地下鉄への下り階段を一気に飛び降りる。
その瞬間、頭上の雨よけ天井が爆発して降りかかり、地上への通路が塞がれてしまった。
「とと様、……どうかご武運を」
「君のお父さんは警戒心が強いんだろう? 勝てないと判断すればきっと撤退してくれる。そのためにはまず僕らが安全地帯まで逃げ切ることが重要だ」
その場に更紗を下ろしてその手を引く。
僕が抱きかかえて走るより彼女一人の方がはるかに速い。
「はい、行きましょう。更紗が先行しますので着いて来てください」
そうして僕たちは走り出した。
これが僕にとって人生最大の分岐点となることも知らずに――――――。
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