7.鬼の髪にかんざし
翌日、グリムに音声チャットでアポイントを取った僕たち三人は、待ち合わせ場所であるグリムのマイホームのある政務区画に向かう道すがら、炎王の意向でガーデンの商業区画の観光へと繰り出していた。
当然二人にはフードローブを着て最低限の変装はしてもらってはいるが、何分にもこの二人は目立つ。
「なんじゃあこの触手だらけの生きもんは!? うん? 醤油の匂いがするぜよ。こりゃあ食いもんながかや?」
「イカ焼きだよ。海の生き物を焼いた食べ物だよ」
「海じゃと! こん近くには海があるがか!」
「南に行けば東京湾があるよ、とりあえず正体バレるから大きい声出さないでね」
炎王はとにかく何にでも興味を示す。
ガーデンは現代日本人プレイヤーが作っただけあって、中身はともかく見た目は現代風の店構えがわりとある。世界観に沿った中世的な店も多いのだが、なにせ馴染みのないものを一から作るのは困難で、結果的に見慣れた外観になるのはある意味必然だった。
世界的規模で有名なカフェチェーン店があるのは流石にどうかと思うが。
「話に聞いた古代文明そのまんまじゃ。異界人とか言われちょるが、案外本当は古代から来たんかもなあ」
ただでさえ190センチ近くある身長に、やたらと喋りまくるため先ほどから妙に目立っている。
僕は暗号化された状態の言葉を聞いたことは無いが、周囲からはどこかの海外プレイヤーが外国語を喋っているように見えているのだろうか。
今がログインが集中するゴールデンタイムだったらさらに面倒なことになっただろう。
「とと様、薬師さまが困っています。大人なのですからもう少し落ち着いてください」
どちらが保護者か分からなくなるほど、更紗は大人しく目立たないよう静かに僕の後ろに付いて来ている。
もっとも、実はこちらはまた別の意味で大変目立っているのだが――――。
「見ろよ、子供のアバターだ」
「珍しいな、アポカリプスで見た目全振りのアバターなんてデメリットしかないだろうに」
アポカリプスでも子供タイプのアバターは作成可能だが、戦闘がメインの現環境では手足の短さや、年齢による筋力ペナルティなどのデメリットがあるため選ぶプレイヤーは少ない。強いて言えばクリエイター職が可愛らしい少年少女のロールプレイのために選択しているのはまれに見かける。
更紗が好奇心に勝てず立ち止まった店も、そんな幼い少女――――中身は知らないが――――の営む女性向けのファッションショップだった。
「いらっしゃいませ~、お兄ちゃんたち♪ ゴスロリから女騎士に奴隷服まで、可愛い衣装ならなんでも取り揃えてますですよ~!」
更紗は店員の声も無視して、じっと何かを集中して見つめている。
「興味あるの?」
「あ、すみません、懐かしかったものでつい……。異界人にもかんざしの文化があるのですね」
更紗が見つめていたのは花をあしらった質素なかんざしだった。さほど装飾を凝らしたわけでもない、何の花かもわからない質素なものだ。
「かか様が祭具職人だったので、更紗がもっと小さかったころにこういったものをよく作ってくれました」
更紗と炎王は二人で旅に出たと言っていた。
それがどれほどの期間なのかは分からないが、今よりさらに幼い娘を連れて行くのに母親はおいてきぼりにするという事は無いだろう。
敢えて確認はしないが、「だった」という過去形から考えて恐らくもう亡くなっているのだろう。
「……店主さん、このかんざしをください」
「はいは~い、そのまま着けていかれますか?」
値札を見ると三千円。出来の割には高い気もするが、欲しむほどの金額でもない。
「あ、あの、すみません。そういうつもりでは――――」
「これはちょっとした自慢だけど、この街は僕と仲間が最初に作り始めたんだ」
更紗は僕が何を言いたいのか理解すべく静かに耳を傾けている。
「今は人口も多くなって、君を攫うような人もいるけど、一つくらい良い思い出を作ってほしいと思ったんだ」
店頭に飾ってあるのはサンプルらしく、店主が奥から在庫を持って来て僕に手渡してくる。
三千円分のミスリル硬貨を渡してそれを受け取ると、僕は懐に入れていた魔石を取り出し、スキルを使ってかんざしのデザインを損なわないよう気を使いながらお守り程度の加護効果を付与する。
「着けてみてくれる?」
そう言うと更紗は黙って頭を差し出してくる。
小さな身長に合わせて腰を屈め、かんざしを更紗の髪に通すと、安物とは思えないそれは瀟洒な雰囲気で持ち主を飾り立てた。
「加護を付与したから旅の装備品としても役に立つと思うよ」
「……そこは「似合っている」と言って下さるべきだと、更紗は思います」
「そうだね。似合ってるよ」
そう返すといつも無表情な彼女がほんの僅かに相好を崩したように見えた。
「薬師さまはかか様によく似ていますね。いつも物静かで少し言葉足らず、でもとてもお優しいです」
「僕が優しい? 君の前だけですでに三人の人間を殺した僕が?」
実際には殺したプレイヤーはリスポーンしているはずなので現実の殺人ではないが、彼女がそのことを知る由もない。
「すべての者に優しいひとなんて存在しません。あの時見ず知らずの更紗を助けて下さった薬師さまは、更紗にとってはとても優しい方です」
まるで独善的だ。だがそれに異を唱えるつもりもない。
僕もN P Cを守るために多くのプレイヤーの楽しみを奪うという独善を繰り返してきたのだから。
「薬師さまのお母上もお優しい方でしたか?」
「どうなんだろうね、あまり顔を合わせて話すことも無かったから。でも尊敬はしていたし、多分表に出さないだけで僕を気遣ってくれていたと思う。うん、優しい母だよ」
詳しくは聞かなかったが、愛無を僕に合わせたのは母なりに僕を思っての事なんだろう。
この世界ですでに一年以上、本来なら僕の命はとうの昔に終わっていたはずなのだ。
「では薬師さまはお母上似なのですね。更紗もかか様に似ているとよく言われました。お揃いです」
「うん? うん、まあそうだね」
更紗の言いたいことの真意が読み取れず少し曖昧な返事になってしまった。
それが不満だったのか更紗は少しだけ拗ねたような雰囲気を出している。もっとも表情はいつも通り感情が読みにくいままだったが。
「とと様はかか様を心から信頼していました。それは伴侶としてだけではなくて、かか様の思慮深さや目立たない優しさ、そういうとと様に無い部分を頼りにしていたんだと思います。ああ見えて警戒心の強いとと様が、一目で薬師さまを信用したのもそういうところなんだと思います」
炎王が警戒心が強いと言うのは意外だが、これほど幼い娘を連れて旅をしていればそれも当然かもしれない。
もっとも、酒に酔って居眠りをしてしまう辺りはイメージ通りだが。
そんなことを考えていると当の本人がどうやって買ったのか、イカ焼きを頬張りながら追いついてくる。
「なんじゃ? いま俺の話しちょらんかったか?」
「薬師さまはかか様にそっくりだとお話ししていたところです」
「何を言うがじゃ、同志殿は男ぜよ。どこが似いちゅうがじゃ?」
「はぁ、更紗のまわりの男の人はみんな鈍いです」
そう言ってさり気なく頭に付けたかんざしを見せびらかすが結局炎王は言われるまで気付かなかった。
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