6.NPCとの同盟
「ほんじゃあ
「かんぱいです」
「……乾杯」
あの後、とりあえず話を聞くために二人を我が家――――と言っても廃屋になった映画館に勝手に住み着いてるだけだが――――に案内した。
地下線路はスラムになっている地下街と違ってダンジョン化しており、無人ではあるが稀に闇取引に使われたり、低レベルなモンスターが湧いていたりもして危険だからだ。
オーガの男は名前を『炎王』と名乗り、娘の更紗とともに世界を旅してまわっていると語った。
「しかしこがなでっかい家に住んじゅう言うことは、おまんもしかして領主様かなんかやったりするがかや?」
「僕は錬金術師なので。アイテムの製造には危険が伴うんですよ。だから広い場所に勝手に間借りしているだけです」
一度クリエイトに成功したアイテムはある程度オートで作れるが、新しいアイテムを作ろうとした場合はそうはいかない。
調合に失敗すれば、今日使った
「りっぱなお屋敷です。このお茶もとても甘くておいしいし、この子ももふもふで可愛いです」
そう言いながら更紗はすでに二杯目となる紅茶を「ずずず」とお年寄りのように啜り、膝には小さな角の付いた兎型モンスターを乗せている。
「まさかモンスターまで手懐けちゅうとはなあ、さすがは俺の見込んだ男ぜよ!」
「怪我をしていたのを治してあげただけですよ。それ以来ここから出て行こうとしない」
「名前は何と言うのですか?」
「付けていない。別に飼っているわけじゃないし、僕はネーミングセンスが酷いらしいからね」
「では更紗が付けても良いですか?」
名前を付けると余計追い出しにくくなるのだが、まあ二人が出ていくときに連れて行ってくれるなら丁度いいか。
そう考え更紗に名付け親になってもらうことを了承する。
「この魔物はありゅみりゃーじ…………失礼あるみらーじという種類ですね。うーん……では『あーちゃん』にしましょう」
無表情のまま「ふんす」と擬音が聞こえてきそうな顔でアルミラージのあーちゃんを抱き上げた。
個人的にはその名前には含むところがあるのだが――――まあいいか。その名前を呼ぶ人物たちはもうこのゲームにはいないだろう。
せめて名前ぐらい思い出として残してもいいかもしれない。
よほど気に入ったのか更紗はあーちゃんの手を掴んで、万歳させたり拍手をさせたりして遊んでいる。
こういう姿を見るとやはり年相応なのだなと感じてしまうな。
「話を戻すけど、それで、世界を変えるってどういう意味ですか?」
それが本題だ。出来ればあまり深くは関わりたくなかった。
いくらNPCに肩入れしていると言っても、僕はしょせんプレイヤー側の人間なのだ。とくに亜人種とは戦争中で、いざ全面抗争となったら僕には止める手段は無い。
例え目の前の二人が死ぬことになってもだ。
「まあそう急かしなや。そん前にまずは言わんといかんことがある」
そう言うと椅子から立ち上がり、地面に正座するとそのまま頭を下げた。いわゆる土下座の体勢だ。
「娘を助けてくれたこと、この炎王、感謝の言葉も無い。もし娘に何かあったら、俺は危うく修羅道に落ちる行いに走るところだった」
「頭、上げてください。結果として貴方は誰も殺してませんから」
「だが手足を無くした者も多い。あれではもう戦士としては生きていけんだろう…………」
「大丈夫ですよ。欠損を修復できるポーションもありますから。まあそれなりに値段は張りますけど」
「ぽーしょん?」
「とと様、飲む薬種のようなものです。更紗も頂きましたが、まるで神官様の魔法のように傷が消えました」
やはり亜人種にはポーションなどの回復系アイテムは存在しないらしい。確かに誰でも使える回復アイテムをNPCが使えてはゲームとしてバランスが悪いのは理解できるが、果たしてこんな歪なゲームを作った製作者がそこまで考えているかどうかは疑問だ。
「と言いますか、炎王さん、普通の言葉喋れるんですね」
「『さん』はいらんぜよ。あと敬語もいらん! 俺が使っちょらんのに、恩人に使わせるんはおかしいやろう」
「はぁ、じゃあ炎王、それ喋り方は故郷の方言なの? 少し理解しづらいんだけど」
日本の地方の方言に似ているが、そのあたりは詳しくないのでよくわからない。
「いや……それはな…………」
「とと様は古代文明かぶれなのです」
古代文明というのは人間文明のことだろうか。
このゲームが廃墟になった東京を模しているのはプレイヤー側も周知の事実だが、具体的に何があってこんな舞台設定になっているのかは分かっていない。
「子供んころに地下の遺跡で『まんが』ゆう書物を見つけてのう、これに出てくる男がまっこと格好良くてなあ」
「国を憂う男が体制に抗い、世界の広さを知って、改革のために頑張るお話だそうです」
「そうじゃあ! よう知っちょるな更紗!」
「寝物語に何百回と聞きましたから。あとスリスリしないでくださいヒゲ痛いです」
漫画――――ということはやはりこの世界は未来の日本という設定になるのか。
だが気になるのは、彼がその漫画を子供時代に読み、今の人格形成にまで影響しているということだった。
いくら何でもAIの人格設定が詳細すぎる。これがソロプレイ用のゲームなら拘るのもわかるが、これは不特定多数が参加するオンラインゲームであり、もし会話のできない他のプレイヤーと出会っても、炎王の過去設定は誰にも知られない無意味なものになるはずだ。
愛無は何を目的にこんな設定を作ったのだろうか。
「こん世界は死にかけちょる。亜人は進化を諦め神に祈るのみ、不死どもは引き籠って死ぬための研究に明け暮れとる。他の種族も似たようなもんじゃあ。そん時そん書物を見た俺は、外の世界に希望をみたがぜよ。北も南も西も行けるところまで行った」
「その先には何があったんだ?」
「なぁ~んも無かった。ある地点で大地が消えて、下は底ん無い崖、上は届かん空、話に聞いた地平線も水平線も無かった。そん時の絶望感が分かるかや? 目の前にゃあただ青と闇の入り混じった空間が広がるだけぜよ」
その光景を思い出したのか、炎王は忌々しげに頭を振ってその現実を否定したがっているようだった。
「希望を失いかけ最後に東を目指そうとしたとき、あなたたち異界人が現れました。この世界に生きる者たちにとって東の区域は聖地とされ、一切の立ち入りを禁止されてるのです」
僕は一年前の襲撃で、マリスの父が千代田区を聖地だと言っていたのを思い出した。
「俺ぁ歓喜したぜよ! これぞ現代のクロフネじゃあて! 外ん世界から来た人間たち、これこそが行き詰まったこの世界を変えるきっかけになるゆうてな! おまんらこそ、この世界の文明開化の光じゃ!!」
僕はその言葉に唖然としていた。その思考は本来
人間の脳と
常に最良の判断を選択し、そのための分析能力は人間を凌ぐ。
倫理アルゴリズムに従って感情を表現することもできる。
しかし合理的すぎるがゆえに、不確定要素の強い進化を促すための発想だけは出来ないのだ。
つまり自分たちの世界に現れた正体不明のプレイヤーを排除、もしくは迎合しようとするのは、
だが炎王はそれ以外の選択肢、僕らプレイヤーを取り込み、NPCの進化を促そうとしている。
「何を呆けちょる? 俺の言葉はそんなおかしかったかよ?」
「いいえ、薬師さまは感動しているのですよ。更紗にはそう見えます」
「……感動か。うん、そうかもしれない」
そしてそんなものを作れるのは僕の知る限り、AI研究の第一人者である母くらいだろう。
やはりこのゲームには愛無だけでなく母も一枚噛んでいて、何かしらの目的を持ってこのゲームに僕を送り込んだのだろうと推測した。
しかしそんな思惑はこの際どうでもいい。
炎王の目的である世界の変革は僕の目的とも合致する。
「分かった、協力しよう。それで炎王、具体的に僕はなにをすればいい?」
「まずは亜人種と異界人の戦争を止める! おんしはそのための通訳じゃ! 見たところ俺らの言葉を理解できるんはおんししかおらん!」
それは期待通りの答えだった。
上手くいけばまたこのゲームを始めた頃の平和な世界観を取り戻せるかもしれない。
「そのためにはまず人間側を説得する必要がある。けど僕はこの街では爪弾き者だ。協力を呼びかけても誰も耳を貸したりはしないだろう」
「グリュ……失礼、さっきのグリムさんと言う方はどうですか? あの人は薬師さまの良い理解者のように見えました」
この娘は意外に他人をよく見ている。あの数秒のやり取りだけで僕とグリムの関係性を把握したらしい。
だが彼女はいちプレイヤーとして現状のゲーム環境を楽しんでいる。僕のエゴに巻き込むのは本意ではないが――――。
「頼むだけ頼んでみよう。炎王を見逃してくれたところを見ると、彼女も協力してくれる可能性はある」
「おっしゃ決まりじゃのう!」
「薬師さま。更紗を助けてくれただけでなく、とと様のお願いに応えてくれてありがとうございます」
膝を着き、楚々としたお辞儀をする更紗。
「これからよろしゅう頼むぜよ、同志殿!」
快活な笑顔で握手を求めてくる炎王。
「うん、二人ともよろしく」
こうして僕はゲームのキャラクターと手を結び、ゲームの設定を破壊しようという奇妙な同盟を結ぶこととなった。
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