5.鬼に野太刀

 防衛区に向かう間、僕は何度もグリムをチャットコールで呼び出したが応答はなかった。

 すでに死んでいてデスペナルティ中なのか、はたまたコールに出られない程に苦戦しているのか。どちらにしても、それならばまだこの子の父親は無事だということだろう。

 グリムは相手を殺さないことに同意してくれたが、それはあくまで出来るならという話で、もし敵が自分より格上であると判断したらそんな余裕は捨てて全力で殺しにかかる可能性もある。

 そうなる前に手を打たなければならない。

 先を疾駆する小さなオーガの少女において行かれまいと僕も必死に走る。


「いました……とと様です」


 大通りへの出口で立ち止まってくれた少女にようやく追いつくことが出来た。

 物陰から様子を窺うと、グリムと相対する着流し和装の男が三尺以上もある野太刀を振り回し、今まさに死闘を繰り広げていた。

 隣の少女とは違う立派な二本の角を見る限り、あれがこの子の父親で間違いないだろう。

 グリムの方も先ほど会った時とは違って完全に戦闘用の防具に着替えていた。


 そしてその二人の戦いを見守るように、あるいは逃がさないとでも言うように、冒険者や兵士たちが円を作って取り囲んでいる。

 戦いは一見グリムに不利なように見えた。三尺野太刀とグリムの両手短剣ではリーチに差がありすぎてなかなか射程に収めることが出来ないでいる。


「あの女の人も……強い」


 野太刀はその長さゆえに小回りが利きにくく、振り終わりの僅かな隙を縫って、浅いながらも攻撃を積み重ねていくグリム。

 そしてその一撃はただのダメージでは終わらず、一つ、また一つと弱体効果デバフを蓄積させているのだ。


 グリムの職業クラス密偵スカウトで、本来なら敵陣に忍び込み、諜報活動やトラップ、暗殺スキルなどを用いて味方と連携するのが常道のクラスである。

 だが彼女はギルドミッション以外では基本ソロプレイヤーだ。

 敏捷性に能力を極振りした速度特化型密偵スカウトで、行動隠蔽ハイディングを使わず真っ向から戦うスタイル。不利な相手でも弱体効果を積み重ねる事で徐々に自分に有利な状況を作り出し、すべての弱体効果を付与するという条件を満たした相手を確実に殺しうる最後の一刺しラスト・スタッブと言う彼女固有のスキルを使ってとどめを刺す。


 彼女がゲームを始めたときにはまだインペリアルという統制ギルドは無く、いつ周りのプレイヤーやモンスターに襲われるかもわからない状況で、一人でも戦えるようにと僕が教えた戦闘スタイルだ。

 現在のアポカリプスの戦闘はパーティー単位で行うのが常識という環境では彼女のスタイルは時代遅れと言えるだろうが、それでも頑なにそれを変えることはせず、僕の教えたことを忠実に守り、彼女なりに先鋭化させていった。

 いまや一対一でグリムに勝てるプレイヤーは、最強プレイヤーである円卓の十二人以外にはほとんどいないだろう。

 そしてそれとまともにやり合っているあのオーガの男もとてつもなく強い。


「でも……とと様はもっと強い」


 助けに飛び出していくかと思ったが、父親の強さを信じているのか黙って状況を見守っている。


「けど、勝ちの目が見えたら周りの冒険者たちが一斉に彼に襲い掛かる。これ以上状態異常をくらった状態でそうなればまず君の父親は殺される」


 それを聞いた少女は気丈な態度を見せつつも小さく震えている。


「ごめん、怖がらせるつもりじゃなかったんだ。そうさせないためにも僕に協力してくれ」


 震える手を握ると、彼女は分かってるとばかりに小さく頷いて応えた。



◇◇◇


「いやーどうしようかな、このオーガめちゃくちゃ強いなー。かといって数でごり押したりしたら先輩怒るだろうしなあ」


『人間は群れて戦うのが得意やと思っちょったけど、こんな強い奴もおりゆうとは思わんかったぜよ! 敢えて一対一を貫くゆうがもかっこえい! 女にしちょくのがもったいないちや!』


 オーガの言葉は訛っているのかどうにも聞き取りにくいが、そうでなくとも言語暗号化によって二人のセリフは通じあってはいないだろう。

 

お互い相手の強さを警戒しているのか、にらみ合う形でひと時の間隙ができた。乱入するなら今がチャンスだ。

 僕は隣の少女の腕を後ろ手に抑え込み首筋に短剣ダークを当てて大通りに出ていく。


「そこまでだよオーガの人。貴方の目的はこの子だろう」


 戦闘中の二人をはじめ、周辺のすべての視線が一斉にこちらに向けられた。


「せ、先輩! なんでこんなところに!!? ま、まだ私こいつ殺してませんよ!」


 まだ――――という発言が気になったが聞かなかったことにしよう。グリムは僕との約束を守ろうとしてくれていた。

 そうでなければ弱体効果を受けたオーガに対して、この場の全員で人海戦術に出るという最も確実な手段を取っていたはずだ。


更紗さらさ!! おまん何しゆうがじゃあ! 俺の娘になんかしくさったらその首跳ね飛ばしちゃるぞ!!』


 誰がどう見ても小さな女の子を人質にしているように見える僕に向かって、オーガの男だけでなく周囲の冒険者たちの眼にも僅かな非難の色が見て取れる。

 目論見通りだ。僕への非難が高まれば侵入者であるオーガへのヘイトが薄まる。


「大人しく僕に着いて来てくれれば何もしないし、この子も無事に返すよ。グリムも手を出さないで。彼を街から連れ出せばギルドとしては文句は無いだろう?」


「いやいやいや! それより先輩、今NPCと話してませんでした!?」


 全規制解除フルキャンセラレーションのスキルのことはグリムをはじめ誰にも話したことは無い。特に隠しているわけでは無く、誰もそんなスキルがあるとは考えつかず、聞かれなかっただけではあるが。


「それは後で話す。今はただ見逃してくれないか」


 しかしグリムの代わりに周りにいた観衆たちは僕の頼みを聞き入れる気は無いようだった。




「いきなり出てきてなに勝手なこと言ってんだ!」

「グリムさんがデバフかけたとこに出てきてトドメだけ横取りする気か!」

「いくらNPCだからって子供を人質にするとか恥ずかしくないのかよ!」

「おい、なんであいつNPCと会話できてるんだ?」

「いや、一方的に喋ってるだけだろ? 普通に日本語で喋ってたし……」



 非難の声を含め、辺りは騒然となり収拾がつかなくなりつつある。



「やかましいわよあんたたち!!」

『やかましいわおんしらぁ!!』


 さっきまで死闘を繰り広げていた二人は息もぴったりに同じセリフを叫んだ。

 圧倒的な実力を見せつけていたプレイヤーとNPCの一喝に辺りは一瞬で静まりかえる。



「自分らじゃ勝てないからって傍観してたくせにごちゃごちゃ言わない! 横取り? 人質? 何が悪いのよ! まっとうに勝てないならどんな卑怯な手段でも使うのが先輩のすごいところなのよ!!」


「…………いや、グリムさん、それ全然褒めてないですよ?」

「また始まった……グリムの先輩自慢」

「ゲーム内恋愛はやめとけっていつも言ってるんですけどねえ…………」


 僕に代わって親切な誰かがきっちり突っ込んでくれる。

 言われたことに否定はできないが、それが僕を持ち上げる理由に全く繋がらないのだが。

 そんな僕の思いは無視してグリムは「さあ今のうちですよ!」と言わんばかりに親指を立ててくる。


「おう、話はついたようやか。俺もおまんの言う通りにするき、何処へなりとも連れて行きや」


 グリムが衆人を色々な意味で黙らせている間に、僕は人質とオーガの男を連れてその場を離れることにする。

 刺すような視線から逃れ、地下に降りるとすぐにグリムが個別チャットを飛ばしてきた。


(先輩、そのオーガ、多分悪い人じゃないです)


(知ってる。彼は野良プレイヤーに攫われた子供を助けに来ただけだ)


(あー、まあその悪質プレイヤーは後で見つけ出すとして、そのオーガさん、一人もプレイヤーを殺してないんですよ)


(…………なんだって?)


(倒れてるプレイヤーを確認してみたんですけど、みんな動けないよう足を切られてるか、気絶のバッドステータスが出てるだけでした)


 何のためにそんな面倒な真似をしたのか。

 いくら強いとはいえ、敵を殺さずにわざわざ危険を冒してまで手加減する必要があったのだろうか。


(なんでその話を僕に聞かせた?)


(んー、なんとなく先輩それ聞いたら喜ぶかなーって)


(僕が?)


 まあ確かに助けようとした相手が悪人じゃないのは何よりだが、仮に殺していたとしても自衛のための殺人を咎められるほど僕は善人ではない。


(まあ言いたいことはそれだけなんで、あとはお任せしますね)


(グリム……ごめん、君を利用した。この二人の事でギルドに怒られたら僕が邪魔をしたってことにしておいてくれ)


(そんなことするくらいならギルドなんか辞めて私も野良になりますよ。それじゃあとよろで~す)


 それを最後に音声チャットが切れたことを視界内のコールマークが消えたことで確認する。


「もうこの辺でえいがじゃないか? 後をつけてくる奴もおらんみたいやし」


 そう言うとオーガは野太刀を鞘に納めた。


「もしかして、演技だって気付いてました?」


「当り前じゃあ。可愛い娘が本気で恐がっちゅうかどうかくらい見ぬけんでなんが親か」


「すいません。僕一人だと罠だと警戒されると思ったので」


「かまわんちや。おまんがヘイトを稼いでくれたおかげで、更紗さらさと俺が一斉に襲い掛かられることもなかったきに。あの女にも礼を言うちょってくれ。何言いゆうがかは解らんかったが、協力してくれたみたいやったきにな」


 そこまで聞いて少女に突き付けていた短剣ダークをしまうが、なぜか彼女は動かない。

 代わりに父親の方が堰を切ったように娘に駆け寄る。


更紗さらさ! よう無事やったなあ!!」


「やー」


 抱きしめようとした父に対して、娘はおもむろに目つぶし食らわせた。


「ぎゃああああ!! なんすんじゃああ更紗さらさあああ!」


「とと様、異界人の街に独りで乗り込んで来るなんて無謀すぎます」


「阿呆抜かせ! 娘が攫われて助けに行かん父親がおるかあ!」


「さらわれたのも、元はと言えばとと様がお酒の飲みすぎで酔いつぶれていたからです。更紗さらさが囮にならなかったら、とと様は寝込みをおそわれて殺されてました」


「た、たしかにそうじゃがあ…………」


 少女――――更紗さらさという名前らしい――――は僕と二人でいた時が嘘のように饒舌に喋りだす。

 あまり抑揚のない子供らしくない語り口だが、それだけでも父親と無事に再開できて安心したのが分かった。


「……とと様、来てくれてありがとうございます」


そう言いながら父親の身体に顔を埋めて抱きつく。


「……あったりまえじゃあ!! 更紗さらさのためなら海の向こうやろうと殴りこんでやるぜよ!」


 これで僕の役目もこれで終わりだ。

 あとは追手が来ない内に街から逃げてもらおう。


「この地下線路を進んで最初の階段を上がれば文京区――――亜人種の領地に出られる」


 そう伝えて、あとは彼らが地下を縄張りにしているプレイヤーと出会わないよう願いながらその場を去ろうとするが――――。


「待ちいや! おまんには聞きたいことが山ほどある!」


 そして彼は姿勢を正すと頭を下げてこう言った。


「おまんは俺らの言葉が喋れゆうがやろ! 頼む! この世界を変えるため、俺に力を貸してつかあさい!!」


 この世界を変える。それは今の現状に不満を覚える僕にとって、多少なりとも興味を惹かれる願いであった。


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