始まりの街と最弱のプレイヤー殺し

1.最弱のプレイヤー殺し

一年後。

アポカリプス内、中立地域港区。


現在、僕は非常に厄介な場面に遭遇していた。

 お得意様から貴重な回復用ポーションの発注を受けたのはいいが、肝心の素材が不足しており、普段はあまり近寄らない場所まで足を伸ばしてみたのだが――――――。


「タンカーは一時下がって回復を! その間に魔導師とアタッカーは注意を引きつけて時間を稼げ!!」


「GIXYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 そこには竜種一体と五人のプレイヤーパーティーによる死闘が繰り広げられていた。

 戦況はプレイヤー側に不利なようで、負傷者を出している割に竜種にはさしたるダメージも見られない。

 そんな様子を物陰から観察、分析しているというのが僕の現状だ。


「ここで何としても仕留めるぞ! はぐれの竜種を狩れる機会なんてそうそう無い、倒せば俺たちもドラゴンスレイヤーの仲間入りだ!」


 リーダーらしき男が声を張り上げて檄を飛ばす。

 竜種は自分の領土から出てくることはほとんどない。

 現在確認されているゲーム内の世界地図ワールドマップでは人類の領土は最東端にあるのに対し、竜種は反対側の最西端に存在している。

 そんな竜種を倒すには敵地をいくつも抜け、竜種の領地まで辿り着かなければならないが、そのためには多数の物資と、敵地で発見されない程の少人数で竜種を討伐できる精鋭が必要になる。


 要はこんな人里に下級の竜種が一匹だけでいることは、プレイヤーにとって最高のカモということだ。


「君が何か伝えたそうだからこんな場所まで出張ってきたけど、まさか竜種とはね。僕にあの竜種を助けてやれって言うのかい…………マリス?」


 いつの間にか僕のそばに立っていた黒い少女の影は答えるでも頷くでもなく、ただその姿を見せることで僕に肯定を示した。


 しかし敢えて手を差し伸べるまでも無く、竜種はプレイヤーを圧倒している。


(ああ、憎らしき醜悪な人間どもよ! よくもわが愛し子を殺してくれたな! 貴様らは殺す! そしてその後は街に行き、その全てを残らず灰塵に帰してくれるわ!!)


 言葉とは言えない竜種の咆哮が、僕にははっきりとした意思となって聞こえている。


「……子供の仇か」


 どうやら放っておく訳にもいかないらしい。

 竜種が街に来れば、またあの時のような被害がもたらされる。それだけならばまだいい。

 街にはごく僅かであるが、竜種を単騎で狩れるプレイヤーもいる。

 それにプレイヤーは当然ながら死んだりしない。それでは無駄死にの上、下手をすればプレイヤーと竜種の全面戦争になる。


「プレイヤーのヘイトを僕に向けつつ殺して、竜種には無傷でお帰りいただく。さすがに無理ゲーというものじゃないか?」


 僕の問いには応えず、マリスはただそこに立ち続けている。


「分かってる、何とかするよ。僕はまだあの時の思いを忘れたわけじゃないからね」


 その言葉を聞いてようやくマリスの影は霧散して消えていく。

 どうやら満足したようだ。


「まずはプレイヤーからだ。しっかりと僕を恨んで死んでもらおう」


 そう決断してしまえば動きは早かった。

 物陰から飛び出した僕はまず回復役に徹している錬金術師に向かって走り出す。ベルトに着けていた魔宝石に僅かな魔力を流し込み、三秒待ってそれを相手に向かって弧を描くように放り投げた。

 手から離れた魔宝石は、錬金術師とそれにポーションを飲ませてもらっていたタンカーの目の前まで来ると、内包していた炸裂魔法式を解放させ、激しく爆発した。


「まず二人」


 その場にいたすべての視線が爆発源に集中している。その視線上に入らぬよう回り込み、状況を確認しようとしていた剣士職の背中をナイフで切りつけた。


「なっ!? なんだオマエ!」


 防具に耐久魔法を張っていたのか、致命傷には程遠かったが、傷は付けれた。


「か、身体が……地面が………揺れて」


 ナイフに塗布されていた即効性の麻痺毒は、血液の循環を遥かにしのぐ速度で浸透し、対象の平衡感覚を奪う。


「三人目」


 切りつけた僕と倒れた剣士の頭上から、竜種の放った熱波が対象ごと周囲の地面までを融解させる。

 僕は間一髪で飛び退き難を逃れるが、掠った余波で腕が炎症を起こしていた。

 急いでポーションを取り出し、振りかけて回復させる。


「オマエ……レベルワン!! 何でこんなところに居やがる!!」


 初めて僕を認識したリーダーらしき男は、突然の乱入者と味方を殺された怒りで竜種の存在を忘れて僕の方に向き直る。


「その竜種は殺させない。悪いけど邪魔させてもらうよ」


「手柄を横取りする気か! レベル1のくせに一人で竜種を倒せるつもりかよ!」


 そう言った男のパーティーは平均レベル60そこそこ。

 正直言って竜種を相手にするのにレベル1と60ではなんの差も感じないだろう。


「君はアポカリプスと言うゲームをよく解ってないね。レベル差は一つの指標で、重要なのは知識と事前準備……あとは慣れ、だよ」


「ふん、なら事前準備で俺たちの勝ちだな。偉そうに喋ってる間に十分時間は稼げたぞ!」


 男の言葉の意味はすぐに理解できた。


『後ろだ!!』


 僕の叫びに反応した竜種は突如翼を激しく羽ばたかせる。

 その直後に竜種の背後の壁がひび割れ、その中心の空気が歪み、フードを被った女が死体となって姿を現す。

 パーティメンバーが敵の注意を引き、その間に行動隠蔽ハイディングで自身の姿を隠した暗殺者がトラップや一撃必殺の攻撃を仕掛ける。

 パーティー戦では常道とも言える戦術だ。


(貴様、いま我らの言語で叫んだな。どういうことだ?)


 竜種は唸るような声を響かせているが、僕にはそれが既知の言語として理解できている。


「僕は普通に喋ってるつもりなんですけど、通じたようで何よりです」


 発したのは間違いなくただの日本語だ。おそらく声にした時点で竜種に通じるようシステム処理されたのだろう。

 リーダーの男は暗殺者が倒されたこともそうだが、僕と竜種が会話をしているような雰囲気を察したのか、困惑した表情でこちらを見つめている。


 このゲームのNPCたちは異世界設定らしく、プレイヤーには理解できない言語を使う。目の前にいる竜種に至ってはそもそも言語ですらない。だが僕にだけはそれが理解できる。僕にはそういう技術スキルを付与されているのだ。


「この竜種は子供をプレイヤーに殺されたそうだ」


「な、なに言ってんだおまえ!」


「同情する気持ちが湧いたなら、大人しく死ぬか逃げるのをお勧めするよ。どうせコンティニュー可能なゲームだろう?」


 リーダーらしき男の問いには答えず一方的に要求を伝えたのは、おそらく相手は聞く耳を持たないだろうと思ったからだ。


「俺の仲間殺しといてふざけんなよテメエ!!」


 もはや竜殺しは諦めたのか、そちらは無視して僕に敵意を向けてくる。

 それならこちらの思惑通りだ。


「フレイムストライク!」


 相手が右手を掲げた時点で、こちらも対応したアイテムの準備は出来ている。

 手にしたスクロールを広げることで魔法反射術式が展開され、槍状の炎を打ち消す。

 スクロールに込めた術式レベル以下の魔法を無効化できる、魔法対策スキルの無いプレイヤーには必須の消費型アイテムだ。


「無駄だよ。魔法はやっかいだからね、対策は十分に用意してある。そして前衛のいない魔導師に負けるほど僕も弱くはないつもりだ」


「チィッ! アイスジャベ――――」


 さらに魔法を連射しようするが、頭上から放たれた熱波によってその詠唱は唱え終わることはなかった。

 《竜の吐息ドラゴン・ブレス》を吐き出した竜種は口腔からその余波を陽炎として燻らせながら僕の方に目を向けた。

 最後に残ったもう一人の魔導師を振り返るがその姿はすでに消えている。どうやら行動隠蔽ハイディングからの奇襲が失敗した時点で見切りをつけて逃走したようだ。

 どうにか当初の予定通りの状況には持ち込めたが、問題はここからだった。

 はたして竜種がこちらの交渉に応じるかどうかだが――――。


「手助け頂きありがとうございます。おかげで助かりました」


 竜種はこのゲームで最高位の存在であり、相手もそれを自覚している。

 その感情に沿うように、なるべく慇懃に礼を述べる。


「よい、我を前にして別の敵に目を向けた無礼を罰したまでだ。それで、次は貴様が私に挑んで殺されるか?」


 答えを誤ればその瞬間に殺す。と、言葉としては聞こえずともその目が語っていた。


「僕の方に戦う意思はありません。不躾ながらお願いがありまして、無用な助力をさせていただきました」


「そのために我らの言語を解したか? その努力に免じて聞くだけは聞いてやろう」


 ここからが重要だ。まずは拒否されるのを前提で要望を提示し、そこから譲歩させるための条件を積み重ねていく。


「率直に言わせていただきます。復讐の怒りを収め、もと居た領地に戻っていただけませんか」


「ふざけるな!! その口ぶりでは聞いていたのであろう!? 息子は貴様らヒト種に殺されたのだ!! その罪は貴様らヒト種が負うべきは常道であろうが!!」


 上位種としての威厳も忘れ、怒りに任せた咆哮が周囲全体を震わせた。


「貴方は街に攻め込むつもりなのでしょうけど、そこには三万を超えるヒト種がいます。有象無象なら貴方の敵ではないでしょうけど、そこにはドラゴン殺しと呼ばれる人たちも複数います。間違いなく、貴方は死ぬことになりますよ」


「ならば許せというのか!? 我が身惜しさに子の恨みを捨て去るなどゴブリンにも劣るわ!!」


「拳の落としどころが必要なら僕を殺してください。それで貴方の気が少しでも収まるなら喜んでこの命を捧げます」


 竜は先ほどまでの激昂が嘘のように、理解に苦しむといった眼でこちらを見ている。

 自己犠牲が尊いというの価値観は、気高さを重んじる者ほど強烈に作用する。

 自らを至高の生物だと信じる彼らになら理解してもらえるとの賭けだったが、少なからず効果はあったようだ。


 だがあちらの意思とは裏腹に、プレイヤーである僕にとって死ぬことはさしてデメリットにはならない。せいぜいデスカウントが一つ増えるだけのことだ。

 本来ならそれに加え、戦闘経験値減少のペナルティがあるのだが、レベル1の僕にはそもそも減る経験値がない。


「本気で言っているのか? 我が怒りを収めるために自ら贄になると……?」


「僕だって恨みはあります、昔僕らが作り上げた街は壊滅し、そこには貴方たち竜種も加わっていた。でもそれは貴方のやったことじゃない。だから貴方も、人間すべてを敵に回すような真似はやめて矛を収めてください。そのための手土産として、僕の命を差し出します」


「……我ら竜種は純血種だ。亜人デミ不死人アンデッドのように混血を作ったりはしない。それは同族のためならば己の命も惜しくは無いという誇りとして受け継がれている。……貴様も同じ、と言うことか?」


「違います。僕が惜しむのは貴方の命です。子供を失った親が、その復讐のために自分の命まで失うのを、僕は見たくありません」


 この言葉は紛れもない本心だった。僕は知性があり、言葉が通じる相手をゲームのキャラクターだと思って切り捨てることに抵抗がある。


「竜種の眼は嘘を見抜く。少なくとも貴様が、本気で我が身を案じているのは理解できた」


 確かに嘘は吐いていない。だが彼と僕の考える命の価値には大きな隔たりがある。そのことに多少の罪悪感を感じる。


「ならその意を汲んでほしい。貴方の怨嗟は正当なものです。だからこそ死んでほしくはない」


「最後に一つだけ問おう。貴様は我らが眷族を殺したことはあるか?」


「ありません」


 誓って言える。命が一つしかないものと捉えるなら、僕は徹頭徹尾、と。


「…………よい、その無垢な生命を代償として、ただ一度だけ我は貴様らを許そう」


 竜種は静かに項垂れ、復讐心を圧し潰すようにそう答えた。

 僕にはそれがプログラミングによる表面的な言動には思えず、やはりこの世界のキャラクターは人間と同じであると感じた。


「では宣言通り、これより貴様に尊き死を与える。何か言い残すことはあるか?」


「叶うなら、痛みの無い一瞬の死を……」


 それを聞いたドラゴンは承知したとばかりに口を端を上げ、僕の存在ごと地面を割るように叩き潰した。


 ――――僕の意識は死んだように途絶した。


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