チュートリアル2
「あーちゃん、最近よくどっかに出かけてるよな? まだ新しい街が作れそうな場所探してるのか?」
大きなリュックを抱えて街を出ようとする僕をモブさんが呼び止めてきた。
「…………そういえばそれが主目的だった。ごめん、近いうちに見つけるから」
「なんなら俺も手伝うぜ! モンスターが出たらあーちゃん一人じゃ危ないしな」
「ありがとうモブさん。でも大丈夫だよ。モンスター除けのお香も持ってるし」
今あの魔人種の子を他のプレイヤーに合わせるのはよくない気がしていた。
《殺人衝動》なんて設定はプレイヤーと敵対させるための枷のようなもので、ハンティングゲームをやっていたモブさんから見ればあの子はモンスターと同じようなものと認識されるだろう。
けどゆっくり時間をかけて説明すれば分かってくれるはずだ。
愛無は僕の思うように行動しろと言っていた。なら僕はほかの種族たちとも仲良くやっていきたい。
せっかく同じ
「モブさん…………」
「どしたん? あーちゃん?」
「そのうち友達を連れてきたいんだ。いいかな?」
「あったりまえだろ! あーちゃんの友達なら俺の友達だ! JKさんや他のみんなもきっとそう言うぜ!」
モブさんは僕の背中をバシバシと叩きながらそう言った。
本人も少し恥ずかしいことを言ってしまったと思っているのかもしれない。
「じゃあ行ってくる。夜までには戻るよ」
「おー! その彼女によろしくなー!」
そう叫んでヒューヒューと口笛を鳴らしている。
どうも変な勘違いをしているらしいが、まあ気にしないでおこう。
僕はあの子の待つ広場へと向かった。
◇◇◇
あれから数日、例の少女と初めて会った場所で待ち合わせて殺人衝動の容体を確認するのが僕の日課になっていた。
それほど頻繁に発作が起きているわけでは無いが、初めて会った人間という種に興味が湧いたのか、はたまた単に懐かれてしまったのか、彼女は嬉しそうにこの世界のいろいろな話を僕に聞かせてくれた。
「それでね、今はこの世界は竜種様が治めてるんだけど、大昔はニンゲンっていう古代種がいたんだって。鉄の鳥を操ったり、新しい世界を創ったりもできたんだって、そんなの魔法だってできないよ!」
鉄の鳥は飛行機で、新しい世界というのは、このアポカリプスのようなヴァーチャルな世界のことだろうか。
予想はしていたがこの世界は、荒廃した東京を舞台としているらしく、滅びた人類の代わりに彼女のようなファンタジックな生物が世界の支配者になっているようだ。
「鉄の鳥…………乗ってみたいかい?」
「乗ったことがあるの!? やっぱり、お兄ちゃんは古代種なのね!」
「そうかもしれないけど、僕にはそんなすごい力は無いかな。それが出来るのは古代種の中でも、たくさん努力して才能があるほんの一部の人だけなんだ」
僕には才能も、努力をする機会すら与えられなかった。だからこそのこのゲームに逃げて来たんだ。
「でもお兄ちゃんは私を助けてくれたよ。大人たちもどうしようもないって諦めてたのに、神様の使いみたいに現れて救ってくれたんだから、私にとってはすごいことよ!」
そう言って嬉しそうに、でもどこか申し訳なさそうにはにかむ。
「そうだ! 今日はお礼にお菓子を作ってきたのよ。ラムのクルミをすり潰して作ったパンケーキなの! きっとおいし――――――」
言いかけて少女は突然胸を押さえてうずくまった。どうやらまた突然の発作が現れたらしい。
「ほらこれを使って。いつもみたい上手に殺すんだ。失敗しないでね。すごく痛いから」
あらかじめ練金スキルで作っていた短刀を手渡す。これで頸椎を切断すれば痛みを感じる間もなく即死させられる。
しかし短刀を受け取ってもなかなか行動に移そうとしない。
いくら苦痛を味わうと言っても、やはり他人を殺すことに抵抗があるようだ。
「君は優しいね、でも大丈夫。僕は死んでもすぐに生き返る。少し待っててくれたら戻ってくるから、そうしたら一緒にパンケーキを食べよう」
「…………うん。ありがとうお兄ちゃん。大好きだよ」
そう言って僕の頭に腕をまわし、首裏に短刀の刃をあてがう。その瞬間――――――――。
少女の額から矢が生えて、そのまま後ろに倒れこむ。
振り返ると弓を持ったモブさんが、残身姿勢のままこちらに構えている。
「大丈夫か!? あーちゃん!!」
「なんで…………モブさんがここに」
「いや悪い、こっそり後をつけてたんだけどよ、途中で見失っちまって…………それで見つけたと思ったらあーちゃんが殺されそうになってたから………………!」
僕は心配して近づいてきたモブさんを思わず突き放してしまった。
そして倒れていた少女の亡骸をそっと抱き上げる。
「あーちゃん…………友達ってまさか」
事情を察したのかモブさんは顔色を変えて言葉を詰まらせる。
そうだ、彼は何も悪くない。
ゲームで敵を倒すのなんて当然のことで、仲間が殺されかけていたから助けた。当然の行動で、僕が彼の立場でも同じことをしたであろう。
それでもやりきれない感情は拭えず、僕は彼を静かに拒絶することしかできなかった。
「わかってるよ、これはゲームなんだ。その中でモブさんは、仲間の僕を助けるために敵を倒しただけなんだ」
言葉にしてみても理解は出来るのに感情がまったく一致しない。
それでも初めて出来た友人に変な重荷を背負わせたくはなかった。
「ごめんね、ちょっとゲームに感情移入しすぎたみたいだ。しばらくしたら戻るから、モブさんは先に帰っててよ」
いままでほとんど使ったことのない頬の筋肉を使って無理やり笑みを浮かべる。
そんな無様な笑顔が、彼にどれだけの罪悪感を与えてしまうかも知らずに。
それでもモブさんは何も言わずに去ってくれた。
僕はそのあと少女の亡骸を、なるべく木々の多い見晴らしの良い場所に埋めてやった。
◇◇◇
少女を埋葬してからも、僕は毎日彼女と出会った場所に通っていた。
ゲームらしく
しかしやはり彼女は現れず、ひたすら一人で待ち続ける僕はだんだんと街のみんなとも疎遠になっていった。
その間もプレイヤーは徐々にではあるが増え続け、人口増加に伴いさらなる領地開拓を進めるべく千代田区の境界を越えた時、このゲームの在り方が変わることになった。
「なんだ…………あれは?」
空を横切る巨大な影。それは幻想生物の中でももっとも有名とも言える、ドラゴンと酷似していた。
どうやらこの世界は、僕が想像していたより遥かに多くの危険と隣り合わせで存在しているようだ。
「東京駅方面――――――まさか」
急いで手近のもっとも高い廃ビルを駆け上り、単眼鏡でドラゴンの動きを追いかける。
その先には案の定、僕たちの作り上げた街があった。
さらに周囲を見渡すと、獣、トカゲ、鳥、そんな人間以外の様々な特徴を有した人影が列を成して進行しているのが見えた。
「早くモブさんたちに伝えないと――――――!」
しかし僕の足で空飛ぶドラゴンや獣並みの速度で進軍する相手に追いつけるはずもなく、街にたどり着いたときには建物のほとんどが瓦礫の山と化していた。
住民はすでに殺されてリスポーン地点に戻っているのか、死体は一つも見当たらない。
みんなと一緒に初めて作り上げた街が、こんなにもあっさりと崩れ去っていく。
「あーちゃん、良かった。無事だったみたいだな」
「モブさん…………!?」
崩れた瓦礫の山を押しのけ、モブさんが傷だらけになりながらも這い出てくる。
「はは、まいったぜ。まさかホントにドラゴンや亜人やらが出て来るとはな…………」
「JKさんたちは?」
「多分リスポーンしてるはずだ。ただこんな惨状じゃ、ほとんどの奴はそのままログアウトして戻ってこないかもな」
「…………モブさんは、どうするの?」
項垂れて拳を握りしめている彼は決意を込めてこう言った。
「俺は、戦う。俺にとってこれはたかがゲームじゃねえんだ。俺は現実から逃げてここにたどり着いた。それがやっと…………やっと居場所を見つけたのに!!」
『このゲームは現実が嫌になった奴らの逃げ場なんだよ』
そうだ。そう言っていたのは君だったな。モブさん。
「あーちゃんはもうこのゲームは降りたほうがいい。これは平和な街づくりゲームなんかじゃなかった。くそっ! 最初から分かってりゃもっとしっかりレベリングして化け物どもの好きにさせたりしなかったのに!」
「……彼らはなんで街を襲ったんだろうか?」
「さあな、なんか喚いてやがったけど言葉が分からなかった。でも敵性NPCがプレイヤーを襲うのに理由なんかないだろ」
本当にそうなのだろうか。
あの魔人種の少女は殺人衝動という動機こそあったが、決して進んで誰かを殺そうとするような子じゃなかった。
この街を襲った亜人やドラゴンも何かしらの理由があってそうしたのだとすれば話し合う余地があるのではないだろうか。
「っ!? あーちゃん、どけ!」
いきなり僕を突き飛ばしたモブさんは、飛んできた槍を代わりに心臓に受けて倒れた。
「まだ生き残りがいたか。聖なる地を荒らす異界人共め」
現れたのは青白い肌に禍々しい角を生やした人型の男だった。
特徴的なその外見は男があの少女と同じ魔人種というNPCだという事を表していた。
「くっ……そ! 覚えてろよ! お前ら全員ぶっ殺してもう一度みんなで作ったあの世界を取り戻してやるからな!」
その言葉を最後にモブさんは意識を失って、しばらくして地面の影に吸い込まれるように沈んで行った。
恐らく死んでリスポーン地点に戻ったのだろう。
その様子を奇妙そうに見送っていた魔人種の男に僕は問いかける。
「君も殺人衝動が抑えきれなくて街を襲ったのか?」
「ん? 貴様……言葉が通じるのか? 他の奴らは理解できない言語を話しているようだったが。……そうか、貴様が娘の話していた死なない古代種とやらだな」
娘――――この男はあの少女の父親か。
「もう長らく娘は帰って来ていない。そんなとき竜種様から聖地に異界からの侵略者が現れたと伝えられた。貴様ら……私の娘を殺したのか?」
それまで冷徹にこちらを窺っていた男の瞳が徐々に怒りに満ちていくのが分かった。
それに対して僕は答えることが出来なかった。
事故のようなものだったと言っても到底納得はしてくれないだろう。
プレイヤーと違ってNPCの命は一つだけ。その決定的な違い分かっているから、モブさんが目の前で殺されても僕は目の前の男を恨めず、むしろ娘を失った彼に申し訳なさすら感じている。
「答えないと言うことは是と受け取ったぞ!」
そう言うと腕から黒い槍を生み出すと僕に向かって突進してくる。
しかし槍が僕の胸を貫く直前、薄黒い靄のようなものが人の形を成し、僕を庇うように立ち塞がった。
「この魔力は、マ、マリス…………なのか?」
僕と男の間に立つ人影――――マリスは表情の無い顔で、それでも確かな意思を感じさせるように父親であろう男に何かを訴えかけている。
「ゴーストになってまでその異界人を守るか。たしかに最後に見たお前は嬉しそうに笑っていたな」
そういうと魔法で作られたであろう槍は消滅し、男は僕に背を向けてその場を立ち去ろうとする。
「貴様ら異界人が何の目的でこの世界に来たのかは知らん。我が娘マリスに免じてこの場は見逃そう。しかし尚我らが世界に進攻しようとするのなら、次にまみえるのは戦場だと思え」
去っていく男に対して僕は何を答えることも出来ずに見守るしかなかった。
マリスと呼ばれた影はこちらを振り向くと、現れた時と同様に霧散していく。
その場にしばらくの間呆然と立ち尽くしていたが、結局は誰一人戻ってくることは無かった。
モブさんの言う通り、ほとんどのプレイヤーはこのゲームに失望し、再び戻ってくることは無いのかもしれない。
燃える手作りの街、足跡に踏み荒らされた畑、つかの間の幸せ感じたその残滓を眺めながら僕は独り考える。
「どのみち僕にこのゲーム以外に居場所は無いんだ」
ならば再び街を作り直そう。
いつかJKさんやモブさん、他のみんなが戻って来た時のために。
そのためにはNPCたちとも敵対するわけにはいかない。
彼らがただのアルゴリズムに沿って襲ってくるだけなら僕も戦おう。
しかしこのゲームのNPCは人間と相違ないレベルのAIで動いていることを僕は実感した。
アポカリプスの制作者である少女は、この世界で僕の思うように行動し、満足のいく結末を迎えろと言った。
「愛無……君が何のためにこんなゲームを作ったのかは知らないけど、プレイヤーとして選ばれた以上は僕は僕の思うようにやらせてもらうよ」
それからゲーム内時間で約一年。
アポカリプスのプレイ人口は爆発的に増えていった。
おそらく何らかのマーケティング戦略が行われたのだろう。
しかし新たなプレイヤー達は明らかに戦い、殺すことを目的としている者たちばかりで、かつて平和な手作り感のあった僕たちの街は、瞬く間にプレイヤーの戦略拠点として作り替えられた。
僕の思惑に反して、アポカリプスは完全にプレイヤーVSノンプレイヤーのリアルタイムストラテジーとなっていった。
僕の決意を濁流のごとく押し流すように、アポカリプスの世界は大きく変わってしまった。
それでもせめて僕はNPCを殺させないために、プレイヤーを狩るプレイヤー殺しとしてこのゲームで未だにあがき続けていた。
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