エピローグ

(1周目)エピローグ

※タイトルに驚いたかたはあとがきをお読みください。


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 油断。――そう、これは完全に油断というわけ……いや。油断という言葉で誤魔化しているが、結局のところこちらの世界の住人のことをなめていたということなのだろう。

 世界樹の精霊(妖精)としてこちらの世界に誕生して、既に数十年という年月が流れている。

 それまでの間にユグホウラは大きく成長して、何だかんだで世界の五分の一近い範囲を領域として支配するまで至っていた。

 それまでの過程があまりにも順調すぎたので、ついつい何が起こっても大丈夫だと勝手に過信してしまっていたところがあることは認めざるを得ない。

 その結果、今の俺がどうなっているかといえば、籠の中の鳥のように特殊な檻の中で囚われの身になっていた。

 人族の間で妖精や精霊をとらえるための魔道具が開発されていることは知っていた。

 それがまさか自分に使われることになるとはと思い込んでいたことが一点。

 そしてもう一点は……こちらはある意味でそういうこともあり得るだろうと予想していたことではあった。

 

 魔力的な土地の支配は行っても人族を縛り付けるつもりはない。

 それがユグホウラの方針で、それは変わらずずっと続けていたのだが、その状態でも不満に思う者は出てくる。

 その不満が爆発して、いつか反乱なりなんなりが行われるだろうとは考えていた。

 それがまさかこんな形で終わりを迎えることになると思っていなかったのは、繰り返しになるが完全に俺自身の油断としか言えないだろう。

 

 ただし今の状況が、完全に積んでいるというわけではない。

 というよりも、この状況を脱する方法が全くないというわけではない。

 元から計画していたのか、あるいはただの偶然なのか、俺を捕らえることに成功した男は何やら目の前で愉悦の表情を浮かべているが。

 囚われの身になる直前にとある仕掛けをしていたので、それを発動すればどうとでもなるだろう。

 

 ただ折角この状況になったので、反省の意味を込めて今の生を終わらせるという選択肢もありだろうなと思うようになっていた。

 最近のユグホウラは完全に停滞期に入っていて、俺がこの世界に来た時のように何か大きな変化が起こる様子は全く見せていなかった。

 そのため、ちょっとした焦燥のようなものを感じていたのだ。

 何かの変化を得るためにこの状況を利用しようということを思いついたのは、囚われの身になってしばらくしてから視界の片隅にとあるメッセージが出てきたのを確認してからのことだった。

 

 その思い付きを実行するために、今目の前で愉悦の笑みを浮かべながらこちらを見ている男を横目にして、仕掛けを発動した。

 それが発動した瞬間、俺の『意識』は世界樹の中にあった。

 そしてそのままいつものように世界樹の中から分体を作って、いつも通り研究しているはずのアイの元へと向かう。

分体さえ作れれば、あとは転移魔法を使って……と思ったのだが、魔力が足りないらしく魔法を発動することができなかった。

 これは予想の範囲内だったので特に驚くことはなく、浮遊したままアイのいる場所へと向かう。

「アイー。ちょっといいかな?」

「どうしましたご主……ご主人様!? そのお姿は、どうされました?」

「いやー、ちょっとやらかしちゃってね。囚われちゃった」

 そう前置きしてからアイに今の状況を説明した。

 

 ――そして話を聞き終えたアイは、完全に据わった目をしていた。

 ……うん。そうなるだろうとは予想していたが、その予想以上に恐ろしい顔になっている。

 とはいえ俺にとってはここから先の話のほうが重要なので、アイには押さえてもらわないとならない。

「うん。アイ。少し落ち着こうか」

「しかしご主人様……!」

「気持ちは分かるけれど、ちゃんと話を聞いて欲しいんだ」

「……わかりました」

「これを言ったらもっと怒られると思うんだけれど……折角の状況だからこのまま妖精としての生を終わらせようと思うんだ」

 俺がそういうとアイは、怒りやら悲しみやらが混ざった何とも言えない表情になった。

 

 その顔を見てこちらも複雑な感情を抱いたが、それに流されてしまっては駄目だと気持ちを奮い立たせる。

「――前から皆にも言っていたよね? 本当にこのまま世界を制覇するまで続けていっても大丈夫なのかって」

「それは……」

「それにアイは、いや、アイだけじゃなくて眷属の皆も分かっているだろう? 俺自身は特殊な身の上でって」

 既に何度も広場を訪れているアイや眷属たちは、プレイヤーという特殊な身の上に関して完全に理解している。

 そのため俺が『世界樹の妖精』としての人生を終えたとしても、完全に世界からいなくなるというわけではないということも。

 

 そのことを理解できたのか、アイは寂しそうな視線を向けてこう呟いた。

「これも『実験』なのですか……?」

「実験、実験ね……。確かに、そうかもね。普段から命を粗末にするなって言っている俺がこんなことを言うと怒られそうだけれどね」

「……ご主人様は、ずるい」

「うん……?」

「私は、絶対に嫌なのに。――嫌なはずなのに、納得できる理由を作ってしまう」

「…………ごめんね」


 俺の決意が変わらないと分かっているのだろう。

 アイは謝罪する俺に、首を左右に振ってきた。

 それだけで気持ちの整理ができたとは思えないが、それでもアイは次の瞬間にはいつも通りの表情に戻って聞いてきた。

「それで、皆への説明は?」

「もちろんするよ。一応、眷属だけというくくりにしようかな。ただあまり時間がないから急いで集めてほしいかな。実はこの体を維持するのも大変だったり……」

 俺がそういうと、珍しく血相を変えるような表情になったアイは、急いで立ち上がっていた。

 

 そこからアイが慌てて招集した眷属に事の説明をして、最終的には皆に納得してもらうことができた。

 ちょっとばかり強引だったと思わなくもないが、眷属たちが俺の言葉に納得――したかどうかはともかく同意してくれたのはありがたかった。

 一番大きかったのは、やはり『二週目』の人生があることを理解してくれていることだっただろう。

 理解してからは話が早く、これから先のユグホウラの扱いについてもある程度纏めることができていた。

 これで大きな懸案事項はなくなり、あとは『終わり』を迎えるために元の状態へと戻ることにした。

 

 

 ところ変わってところ変わって再び本体。

 分体のことを本体と認識しているのはどうかと思うが、実際世界樹の中にいる時間よりも分体で過ごしている時間のほうが長いので間違いではないだろう。

 それはそれとして、再び囚われの身となった俺はこの状況を利用して気になっていたことを、相変わらず笑みを浮かべている男に確認してみることにした。

「ちょっと質問いいかな?」

「何だい? いくら君が世界樹の妖精であってもそこから逃げ出すことはできないよ?」

「いや、質問はそれじゃない。――何故、こんなことを?」

「ハハハ。何故、何故ね。逆に聞くが、君が手に入れたものをどうして私が手に入れてはいけないと思うんだい?」

 ある意味では予想通りで人族らしい答えに、妙なところで納得してしまった。

 何か壮大な理由でもあるのかと多少の期待はしていたのだが、これなら計画通りに進めても全く問題ないだろう。

 

「――他には?」

「君だったら今の状況で分かるだろう? 世界樹の妖精である君は、莫大な力を蓄えている。それを利用しようと考えて何が悪い?」

 全く悪びれずにそう答えてきた男を見ながら、俺としては内心で苦笑するしかなかった。

 なるほど。本当に悪い意味で人族らしい行動だったようだと理解することができた。

 

 そしてこれ以上聞いてもろくな答えは返ってこないだろうと判断した俺は、これで世界樹の妖精としての生を終わらせることにした。

 説明した時にあれだけの感情を見せてくれた眷属たちには悪いが、既に今の生についての未練もなくなっている。

 それよりも、次の人生についての期待のほうが大きくなっていた。

 俺が黙ってしまったことを全く疑いもせずに受け入れている男は、変わらずご機嫌なままこちらを見ていた。

 そんな男に見られながら生を終えるのかとちょっとがっかりしつつ、俺はずっと自己主張を続けていたメッセージに意識を向けるのであった。

 

『プレイヤー《キラ》が特殊な情況に陥りました。このまま生を終わらせることができます。――終わらせますか?』




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