(9)巫女候補

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 顔を見合わせている夫妻を見ながら俺は、笑いながら続けた。

「誤解のないように言っておきますが、別に巫女となる資格があるからといって無理に連れて行ったりするつもりはありません。あくまでも当人たちとご両親で話し合ってください」

「……それは、世界樹様の元に行かなければならないということでしょうか?」

「少なくとも一度は。こうしていると分からないかもしれませんが、私はあくまでも世界樹の一部でしかないわけですから。きちんと確かめるためには来ていただかないといけません」

「そうですか。それで、無理に連れて行かないというのは……?」

「え? その言葉通りですが? このユリアも今では世界樹の巫女として動いてくれていますが、最初は別にならなくても構わないと言ってありました。結局本人が両親を押し切って巫女になりましたが」

 俺がそう言うと夫妻は視線をユリアへと向け、その当人はゆっくりと頷いていた。

 彼女を見れば変な扱いをされているわけではないことは分かるだろうが、それでも遥か北の大地に送ることへの懸念はぬぐえなかったようだ。

 

 相変わらず何とも言えない表情を浮かべ続ける夫妻に、俺はできる限り軽い調子で続けた。

「先ほども言ったように、別に今すぐというわけではありませんから、好きな時に話し合ったほうがいいでしょう。あるいは親としての権限で話さずに終わるか……は、無理だと思いますが」

「……どういうことでしょう?」

「後から分かったことなんですが、ユリアの時も俺と会ったことで多少なりとも巫女としての『自覚』を得たようです。娘さんたちも、恐らく同じだと思いますよ」

 俺がそう言うと夫妻の視線がユリアに集まり、それを感じた彼女はすぐに頷いていた。

「最初は何か不思議な違和感のようなものでしたが、時が経つほどにそれが大きくなっていきました。だからこそ両親を説得したのですが、恐らく彼女たちも同じだと思います」

「違和感……それは、体に不調のようなものが出てくるということでしょうか?」

「違います。というよりも、奥方も舞を舞っているときには感じているのではありませんか?」

 ユリアから話を向けられた宮司の奥方は、少し驚いたような表情になってから少しためらったように頷いていた。

 

 その様子を見てユリアの言っていることが真実だと分かったのか、宮司はため息を吐いてから言った。

「――確かに、このまま話さずにいるというわけにはいかないようですな。……いえ。黙っておくつもりはなかったのですが」

「巫女としての修行を積んできたからか、あの子たちも時折鋭い時がありますから……」

 宮司の言葉を引き継ぐように、奥方が少しばかり微笑みながらそう言ってきた。

 

 こちらの世界の巫女がどういう修行を積んでいるのかはわからないが、もし彼女たちのどちらかが来てくれればこちらとしてもありがたいのは間違いない。

 何しろ完全に手探り状態で様々なことを試していたユリアに、きちんとした教えのようなものを与えられるかもしれないからだ。

 ただこちらの世界の巫女としての修行が、世界樹の巫女として完全に正しいものかどうかは分からない。

 少なくとも先ほどの儀式自体は正しいもののようだが、それ以外については詳しく分かっていないのだ。

 

「そうですか。いずれにしても娘さんたちについては、あなたたちにお任せします。こちらはその結果を待つだけです。あとこの神社のこともあるでしょうし」

「いえ。ここは既に息子が継ぐことになっているので、特に心配はありません」

「そうでしたか。それではあとは本当に皆さんのお気持ち次第といったところでしょう。一つだけ言わせてもらうとすれば、無理強いだけはなさらないようにお願いします」

「……畏まりました」


 俺の最後の言葉をどう受け取ったのかはわからないが、宮司は真剣な表情になって頭を下げてきた。

 これで稲荷神社での出来事は終わったわけだが、当初思っていた以上の収穫があった。

 特に奉納の舞に関しては、歪みに対して今までなかったアプローチが出来るようになるはずだ。

 そのためにもまずは、宮司一家がどういう結論を出すかを見守らなければならない。

 

 彼らがどういう結論を出すにせよ、今は音楽や舞が歪みに影響を与えることができると分かっただけでも上々である。

 ユリアの顔を確認すれば、今すぐにでもホームに戻って確認してみたいと顔に書いている……ようにも見える。

 とにかく何かこちらに伝えることがあれば例の狐の魔物を通して教えてくださいと伝えて、俺たちは稲荷神社を後にするのであった。

 

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 稲荷神社からホームへと戻る道中のこと。

 俺は、近くを歩いていたユリアに話しかけていた。

「ユリア。今回分かったことは素晴らしいことだけれど、それだけに頼るような真似は止めるようにね」

「えっ……!? ええと、どういうことでしょうか?」

「音楽や舞が歪みに影響を与えるのは間違いない。それは事実なんだけれど、それだけに目を向けてしまうと他を見落とす可能性があるってこと。現にユリアは、音楽や舞に頼らなくても歪みを処理することはできているよね?」

「確かに……」

「別に音楽や舞を否定するつもりはないけれどね。というよりも歪みが視えない人にとっては、とても有効な手段であることは間違いない。けれどそればかりに頼って他が疎かになったら意味がないと思う」

「確かに、そうですね」

「ただ勘違いしないでね。ユリアが音楽や舞に興味を示したことはとてもいいことだと思うよ。あくまでも程度の問題だから」

「今まで通りのやり方もきちんと修練する必要があるということですね」

「やり方は人それぞれでありそうだからね。もしかすると今回奉納の儀式が見つかったように、まだまだ他のやり方も見つかるかもしれないね」

「はい!」

 俺の考え方にユリアも元気よく頷いてくれた。

 

 歪みの処理の仕方が一通りではないということは、今回の件ではっきりとわかった。

 だとすれば、それぞれの巫女ごとに合ったやり方というものがあってもおかしくはないはずだ。

 もし今後世界樹の巫女が数を増えていくのだとすれば、それぞれ違ったやり方が見つかっていくかもしれない。

 むしろそうなってほしいというのが俺自身の考え方だ。

 

 農業などで一つの品種に頼ってしまえば病気などが発生した時に絶滅してしまうことがある――ということと同列に扱うわけではないが、いざという時に複数の方法があったようが良いと思うのだ。

 そのいざという時が来るかどうかはわからないが、備えておいて損はないはずだ。

 あとは単純に、バラエティに富んでいたほうが見ていて楽しいということもある。

 もっともそんな呑気なことを言っていられるのは、今のところ歪みの処理に巫女の健康を害したりするような影響がないからなのだが。

 

 今回はたまたま世界樹の巫女の資格を持った者を見つけることができたが、これから先も増やしていくかは全く考えていない。

 今までもユリア一人だけでどうにかなっていた――というよりも巫女がいなくても特に問題なかったので、増やしたからといってどうにかなるとも思えないのだ。

 ただ増やした場合にどうなるのか確かめてみるという道があることも、今回のことでわかった。

 これまでの時間一緒にいたこともあってユリアに情(恋愛系ではない)があることも自覚しているが、だからといってずっと一人のままというわけにもいかない。

 

 とにかく世界樹の巫女に関しては、未知の部分がまだまだ多いのでこれからわかっていくことも多くあるはずだ。

 それを確かめるためにも、他に巫女候補がいるかどうかを急がず焦らず探していく必要があるのかもしれない。




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