(8)奉納の儀式
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稲荷神社の巫女たちが行う奉納の舞や音楽は、基本的に青空の下で行うことになっているらしい。
今となっては理由はわからないが、そうすることが昔からの決まり事になっているとか。
というわけで宮司の案内に従って奉納を行うための舞台に向かった俺たちは、そこで三名ほどの巫女がいるのを確認した。
こちらの世界での宮司や巫女の服装は、元日本でよく見かけたものとほとんど変わりがない。
もしかすると運営がそうなるように『調整』したのかもしれないが、どちらにしても見慣れた姿であることには違いない。
宮司によって呼び出された三人の巫女の中には多少の戸惑いもあるようだったが、奉納の儀式を行うこと自体は特に問題ないらしい。
そもそも奉納の儀式は定期的に行うものではなく、宮司が行う託宣などの様々な理由によって行われる。
そのためいきなり儀式を行うように言われてもいいようにしていると宮司から説明があった。
それでも巫女たちに戸惑いがあったのは、いつもはいない観客(俺たち)がいるからだった。
もっとも神社の境内で定期的に行われている祭りなどで披露することもあるらしいので、観客の前で奉納の儀式を行うことに抵抗はないようだ。
奉納の儀式は二人の巫女が笛と琴(のようなもの)を奏でて音楽を作り、その音に合わせてもう一人の巫女が舞を踊るという形が行われた。
もっと大々的に行う場合は近隣の神社から人を集めて行うようだが、普段の儀式はこの形で行われるのが常らしい。
その音楽や舞自体は西洋的な動きがあるものではなく、日本的なゆったりとした基調のものになっていた。
こちらの世界の生まれであるユリアが当然のように聞き入っているのは当然として、俺としても特に違和感なく受け入れることができていた。
そして問題だったのは音楽は始まって巫女が踊り始めてからのことだった。
その異変にすぐに気づいたのか、ユリアが奉納の儀式の邪魔をしないように小声で話しかけてきた。
「キラ様……」
「シッ。言いたいことは分かるけれど、全部終わってからにしよう」
「……はい」
俺が右手の人差し指を立てて口に当てながらそう言うと、ユリアはしまったという顔をしていた。
一応小声だったとはいえ、儀式の最中に話すべきではなかったと反省しているようだ。
傍で真剣な表情をしながら儀式を確認している宮司は気付いていないようだったが、俺やユリアには儀式によってそれまでなかった変化が起こっていることが見えていた。
その変化が何かといえば、舞台周辺にあった小さな歪みが音楽や舞を奉納している巫女たちに集まって吸収されていたのだ。
正確にいえば吸収されているのではなく、恐らく
少なくともこの儀式によって、歪みが減らされていることだけは間違いないようだった。
さらに気になったことがある。
それは、巫女たちが儀式を終えて宮司がねぎらいの言葉をかけた時に言った言葉だった。
「ご苦労様です。あなたたちも感じていると思いますが、お陰で辺りの空気も清浄なものになりました」
その言葉を言った当人である宮司は勿論のこと、声を掛けられた巫女たちもそのことを感じているようで満足そうな表情になっていたのだ。
これら一連の流れを見終えた俺は、宮司に頼んで巫女の代表も呼んで話をすることにした。
巫女の代表を呼んで欲しいと頼んだ時には宮司も首を傾げていたが、こちらの表情を読んで何かあると察したのかすぐに手配をしていた。
ちなみに巫女の代表として呼ばれたのは、儀式の際に舞を踊っていた女性だった。
ちなみにその女性は宮司の奥方で、後ろで音を奏でていたのは夫婦の娘たちらしい。
宮司に案内された部屋に用意された座布団に座った俺は、早速二人に向かって説明を始めた。
「――まずは儀式を見せていただきありがとうございます。とても素晴らしいものだと思います」
「ありがとうございます。……時に『古くさい』などと揶揄する言葉も聞こえてくることもありますので、娘たちにとっても励みになるでしょう」
「……あなた」
「ああ、いや。これはすみません。余計なことを言ってしまいました」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。それにしても、そうですか。人の世だとそういう状況になっているのですね」
「……と、おっしゃいますと?」
「少し長くなるのはご了承ください。あなたたちはただただご先祖様からの素晴らしい儀式を受け継いできただけだと考えているかもしれませんが、あの儀式にはしっかりとした『意味』があるのですよ」
はっきりそう断言すると、宮司とその奥方は少し驚いたように目を見開いた。
そこからはこちらが話役になって、宮司と奥方が聞き役になった。
ユリアが時々会話に入って来ているのは、時折着いて行けない話になった時にわかりやすく注釈を入れるためだ。
俺も時々世界樹基準の話し方になっているようで、わかりずらいこともあるようだ。
別に話している言葉は普通の日本語なのだが、いわゆる専門用語的な言葉が出てきたときには通じなくなってしまうらしい。
「――というわけで、あの儀式は自然界の中に漂っている歪みを集めて『お狐様』のもとに送るという役目を果たしているようです」
「それは……何とも早。いえ、疑うわけではないのですが、そんなことを言われたのは初めてのことでして……」
「そうでしょうね。いきなり理解してもらえるとは考えていません。ですが、あなたたち自身も歪みのことは知らなかったとしても、ご自身の力で何となくは感じていたのではありませんか?」
「はて……? どういうことですかな?」
「儀式の終わりに仰っていたではありませんか。『空気が正常なものになった』と。それはまさしく歪みがなくなったことを感じ取っている結果だと思われます」
俺の説明に首を傾げたままの宮司に、ここでユリアが説明を加えた。
「歪みは通常人に感じ取れるものではありません。ですが、宮司様や奥方様には長年の修行によって自然と感じられるようになっておられるようです」
「なんとまあ……」
そう言葉に出して驚いたのは宮司だったが、隣に座っていた奥方も口に手を当てて驚いていた。
「少なくとも私が知る限りでは、そのように世界から歪みを取り除く作業は良いことだけで悪いことは無いようです。是非ともこれから先もなくさないように続けてほしいものです」
「それは勿論です」
よくぞ続けてくれたという意味を込めて言うと、宮司ははっきりとした意思を持って頷いていた。
これまでは代々続けてきた儀式を絶やすわけにはいかないという思いだけでやってきたようだが、これからはそれにきちんとした『意味』も加わって受け継がれていくことになるのだろう。
「それから――これは歪みの話とは直接関係ないのですが、一つ気になることがありまして……」
「なんでしょう?」
「先ほど素晴らしい音を奏でてくださった娘さんたちですが、そのうちの片方かあるいは両方がどうやら世界樹の巫女としての力を持っているようです」
俺がそう言うと、宮司と奥方は驚いた様子でお互いに顔を見合わせるのであった。
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