(6)初対面?
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初めてできた帆船は「イショウ」と名付けられて、乗組員の技術習熟のための航海に出て行った。
始めは俺自身も乗り込むつもりでいたのだが、眷属全員の反対と長期間ホームを離れるわけにはいかないということで断念することになった。
イショウはこれからオホーツク海に向けて進んでいき、そこで様々なことを行うことになっている。
その中には、冬のオホーツク海は流氷が流れ込む場所もあるので、その中を進むことができるかどうかの確認も含まれている。
形そのものは現代日本にある帆船とほとんど変わらないイショウだが、その中身は色々と違っていることもある。
地球とは違って魔法がある世界なので、そちらが主軸に置かれた造りをしているのだ。
一番驚いたのは嵐の中でもさほど影響を受けないようにできるように開発された魔道具だが、それ以外にも色々と細かいものがたくさん積まれている。
乗っている乗組員たちは、帆船そのものの操作要員なのだがそれ以外にも魔道具の管理という仕事がある。
ちなみにこちらの世界ではいまだに開発されていない羅針盤は、イショウには当然のように積まれている。
この世界では魔法を使ってある程度の方向を掴んでいるようだが、魔法を使わずに済むならそれに越したことは無い。
そんなこんなで、帆船での長期航海というのも経験してみたかったという後ろ髪に引かれつつ、日常の生活に戻っていった。
ちなみに今のところ移動する乗り物(馬車など)への転移装置の設置などはできていないので、船の上に勝手に転移するなんてこともできない。
もしかすると船に世界樹の魔力をとどめておくような装置を置けば出来るかもしれないが――とアイが考え始めたのを慌てて止めておいた。
確かにあると便利だが、現在のアイは多忙を極めているのでさらに時間がかかりそうな魔道具の開発を頼むようなことははしない。
それがユグホウラの運営に多大な影響があるのならともかく、ただの興味本位なので無理を強いるつもりはないのだ。
イショウが人知れず航海の旅に出る中で、ユグホウラに対する人族にも幾つか動きがあった。
「――それじゃあ、ようやく『連合』でまとまりそうなんだ」
「はい。本来であれば何々連合としたかったようですが、今のところは他に似たような組織もないということでそのままになったようです」
「そうなんだ。別にそれはどうでもいいけれど、他に決まったことは?」
「細かいことは色々とありますが……私たちにとって大きいのは、やはりユグホウラとの関係についてでしょうか」
そう話しているのは、現在『連合』の会議に参加している蜂の子眷属のトップであるクインだ。
そのクインが語ったことによると、連合に関する取り決めは概ねこちらが求めているものと変わらない内容になったとのこと。
この「概ね」というのは、世界樹に関する扱いが予想の上の方向に行ってしまったことが、俺にとっては誤算だった。
人の組織は神のような存在を上に置いた場合、ほとんどが空中分解してしまう。
そうならないようにするためには宗教組織を起こすのが一番なのだが、俺はユグホウラを宗教団体にするつもりはないのだ。
地球での歴史を考えて一瞬大丈夫かと思わなくもなかったが、その取り決めを決めたのは各豪族の当主たちだ。
今更こちらが訂正したところで、下方修正するのは難しいだろう。
何しろこちらの世界の日本では世界樹は神格化されているのに等しいので、神のような扱いをするなといっても戸惑いしか生まれない。
むしろ人々を纏めるという意味においては、神格化されている存在がいるというだけで纏まりやすくなるという意味合いもある。
そうした諸々の理由から事後承諾ではあるが、世界樹の扱いに関してはそのままスルーすることにした。
「――よろしいのですか? 今からでも変えようと思えば変えられると思いますが?」
「確かに当初の予定とは違っているのが気になるところだけれど……そこまで目くじら立てる必要もないかなと。もともとの目的だった人族の運営には関わらないという約束は守られているし」
俺にとって一番肝心だったことは、人族の政治に直接関わらないというところだ。
それがきっちりと守られている以上は、そこまで大きな違いがあるわけではない。
そもそも政治に関わらないというスタンスを取りつつ戦には参加しているわけで、それを政治への介入だと言われてしまえば何も言えなくなってしまう。
もっともこれからもユグホウラの立場を決めることになる戦には、積極的に参加するつもりではある。
見ようによっては中途半端なやり方にも見えるが、はっきり言ってしまえばそんなことは別にどうでもいい。
スタンスがぶれたとしても、自分のやりたいようにやるという基本方針は以前と全く変わっていない。
「それに考えようによっては、一つに纏まるのが難しい豪族たちが世界樹という存在によって一つに纏まるならそれはそれでいいんじゃないかな」
「そうですね。そもそも『連合』の目的はそれが一番のようですし」
「人族同士の戦が減れば、その分魔物との戦いに戦力を回せるからなあ。ユグホウラは人族を魔物から守る存在ではないけれど、間接的には守っていることになるのかな?」
「実際そうなのでしょう。それぞれの当主も民にはそう説明することになるようです」
ユグホウラは人々を魔物から守る盾にはならないが、他の豪族から守る盾にはなり得る。
それが各豪族にとっては、大きな意味を持つのだろう。
だからといって人族同士の戦いが減るとは全く思わないのだが、それは各当主たちも同じことを考えているはずだ。
人族のことは人族が一番よく知っているはずなので、こちらからそれを言うつもりはない。
ちなみにトウドウ家は、未だにどっちつかずの態度を取っている。
一応連合に入っていない他家と連絡を取ってはいるようだが、それぞれの答えはあまり芳しくはないようだ。
トウドウ家以外の家についてもユグホウラの存在がつかみ切れていないのか、あまり積極的に関わろうとは考えていないようだった。
もっとも連合という組織が正式に立ち上がれば東日本をほぼ網羅していることになるので、そちらについてはかなり興味深く調べられているらしい。
連合の柱になるのがユグホウラなので、そこからどういう組織なのかという調査が行われているようだ。
こちらにとっては調べられても痛くはない情報だけなので、むしろ下手に突っかかってくる前にしっかりと調べてほしいと思う。
そんな話をクインとしていると、不意にドアがノックされた。
すぐに返事をして入室を許可すると、何故か見覚えのない男性が室内に入ってきた。
「……ええと、誰?」
思わず直球で問いかけると、その優男風の男性はいたずらが成功したという顔でニッコリと笑った。
「主のそんな顔を見れるとは、今まで黙っていた甲斐があったというものです」
「え、え~!? その声ってもしかしなくてもラック?」
「はい。もしかしなくてもラックですね」
声を発することができない眷属は、音にならない声でやり取りをしているが、その際に何となくのイメージで「声」の再生がされている。
その時のままの音だったのですぐにラックだと分かったのだが、梟である普段の姿からは想像もつかない人型に戸惑うことしかできない。
ラックのことだから何かの目的があって人型への化身ができるようにしたのだとは思うが、何も聞かされていなかったこちらとしては改めて話を聞く必要があると思うのであった。
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