(5)ようやくの完成

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 正直なところ解放者になるための条件が分かったからといって、何かがあるというわけではない。

 敢えて言うなら解放者になれていないプレイヤーが喜ぶといったところだろうが、そもそもマナに関する話はできないようになっているのでどこまで伝えられるかは疑問だ。

 もっといえば、解放者になるための条件を解放者が話すことは何となくタブーとなっている。

 運営から禁止されているというわけではないのだが、それを言ってしまうと折角の異世界での楽しみがなくなってしまうのではないかという暗黙の了解が解放者の中にあるためだ。

 それに加えて、どこまで話せば禁止事項に触れるかが分からないために、敢えて藪に手を突っ込むような真似はしていないというわけだ。

 解放者になるためにはマナについて知っているだけではなく、きちんとそれに触れて動かす必要がある。

 これが本当に正解なのかは確かめる術がないので、今のところは「恐らく」そうだろうというところで留まっている。

 解放者のプレイヤーが増えてくれば、ほぼ間違いないだろうということで確定される……日も近いかも知れない。

 

 広場ができたことによって何となく忙しいと感じていたが、その裏で転生世界でも色々な動きがあった。

 まずは人族の動きだが、これについてはトウドウ家がユグホウラの存在を認める勢力に囲まれるという事態になっていた。

 フジワラ家との約定によってツガル家を裏切ることになったイトウ家は、完全に梯子を外されるという結果になった。

 こちらとしてもまさかこれほど早くフジワラ家が認めてくるとは考えていなかったのだが、恐らくタマモと何らかのやり取りが行われたのではないかと考えている。

 

 そのタマモはユグホウラの援軍の影響があってか、精力的に関東ムサシの領域の制圧を開始している。

 領域ボスなどの討伐はタマモの眷属が行っているようで、こちらの子眷属はタマモが組み込んでいる領域の管理に使われているようだった。

 勿論これらの子眷属はただで貸し出しが行われているわけではなく、きちんと料金(魔石)が支払われている。

 ユグホウラにとってもタマモにとってもお互いに利がある話なので、特に揉めることなく順調に事が進んでいる。

 

 ムサシについてはそんな感じで進んでいるが、東北地域オウウはトウドウ家の支配領域を除けばほぼ領域化が終わっている。

 エゾ、マツシリに比べて制圧が早く感じるが、眷属たちの行動パターンが既にルーチン化しているので実際に早く領域化が済んでいるのだ。

 さらにいえば、領域が増えることによって扱える魔力(魔石)の数が多くなり、さらに子眷属の数が増えて攻略に割ける人数が増えていくという好循環に入っているということもある。

 となると残るはトウドウ家の領域をどうするかが問題になるが、これについては次の春以降に先延ばしにしてる。

 今のところツガル家からトウドウ家をどうするのかということは聞いていないので、それ次第でこちらの動きも変えるつもりだ。

 

 クインからそれらの報告を聞いて満足していたちょうどその時、珍しくアイが嬉しそうな表情をしながら二人で会話していた部屋に入ってきた。

「アイ、どうしたんだ? 走って来るなんて珍しい」

 基本的には走り回るようなことはしないアイが息を整えているのを見て、思わずそう声をかけてしまった。

「ご、ごめんなさい。つい……」

「いや、それは良いんだけれど、何かあった? 様子を見る限りではいい報告みたいだけれど?」

「私の話はもう終わりましたので、アイ様は気になさらずにお話しください」

「はい。それじゃあ……特殊金属船の第一号が完成しました」

 アイからその報告を聞いた俺とクインは、お互いに顔を見合わせてからすぐに笑顔になった。

「おお! ようやくか!」

「おめでとうございます!」

 表(?)で色々なことがありつつも進めてきた造船事業だが、ようやくそれが形となって実を結ぶことができたようだ。

 

 今回作った船は、百人規模で乗れる中型船クラスの船になっている。

 それでもこちらの世界では「大きな船」といわれるクラスの船なのだが、これからそれ以上の船を作ることを考えているのでユグホウラとしてはあくまでも中型船としている。

 エンジンの開発はしていないのであくまでも帆船だが、太い三本マストが空に向かって伸びているさまを見ればようやくここまで来たかと実感できた。

 そんな感想を抱けているのは、アイの報告を聞くなりクインも連れて現場まで飛んできたからだ。

 俺の姿を見つけるなり到着に気付いた子眷属たちが「おめでとうございます」と声をかけてくれたのが、何ともこそばゆく感じつつそれ以上に嬉しさがこみあげてくる。

 俺自身が直接関わっている部分は少ないのだが、直接指揮を執っていたアイは相当な感情が込み上げているのはその横顔を見ればわかる。

 

「これが特殊金属船ですか。……本当に金属が海に浮かぶんですね」

「クインでもその認識だからなあ。人族が見たらどうなるんだろうか」

「まず間違いなく腰を抜かすでしょうね。同時に自分も欲しいと思うでしょう」

「だよね。もっともこの船は外に出すつもりはないけれど」

「わかっております。何よりも一度でも販売しようものなら他からも殺到するのが目に見えています」

「だね。まあ技術的優位を保っておきたいという意味もあるけれど」


 金属で造った船が浮かぶというのは、その構造を見れば木造船を造っている専門家であれば気付けることもあるだろう。

 その上で問題があるとすれば、どの金属を使えば海の上で長期間活動出来るようになるかといったところだ。

 この世界では一応鋼に類するような金属までは作られているが、それも大量生産はできていない。

 ファンタジー世界でよくあるようなミスリルなどは、そもそも船の材料としては向いているとは言い難い。

 つまりは造船に向いている素材の発見とそれを大量生産できるだけの技術力が必要になるわけだが、全てをクリアするには数年単位では済まないだろう。

 地球の歴史で比較すれば、千年以上先に生まれてくるはずの技術力で作った船なので、そうそう簡単に追い付かれるとは考えていない。

 それでも天才的な才能を持った人物が生まれてこないとも限らないので、百パーセント安心しているわけではないのだが。

 

「この船はこれからどちらに向かうのですか? やはり人族に力を見せつける?」

「いや。それをするのは本格的に数をそろえるようになってからかな」

 アイからの問いに、俺は首を振りながらそう答えた。

 別に船を使って積極的に戦争に首を突っ込むつもりはないが、それでもユグホウラの技術力を見せつけるのには大きな意味がある。

 それをするためには、せめて十隻単位で増えてからじゃないと意味がないと考えている。

 さすがに今すぐにそれだけの数の船を造れるわけではないので、人族にお披露目するのはまだ先のことだ。

 

 ただし造船所があるこの場所は一応人里から離れて、船の航路からも外れているが、絶対に見つからないわけではない。

 もしかすると何かの拍子で人族が紛れ込む可能性もないわけではないが、だからといって口封じのような真似をするつもりもない。

 船の数を増やしていくことは確実なので、人族に知られるのが遅いか早いかの違いでしかないからだ。

 それに今の計画で行けば来年以降には十隻という目標には達しているはずなので、そこまでする必要もないといえる。

 

 それまでの間、初号船はどうするのかという問題はあるが、それについては既に考えていることがある。

 そのためにもまずはファイを含めた眷属たちを集める必要があった。




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