(8)収穫の連続
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シルクの軽い威圧的な視線にタマモは特に反応しなかったが、傍で話を聞いていた別の美女が少しだけ反応していた。
もっともその美女もタマモから視線を向けられて、すぐに先ほどと変わらない表情に戻っていたが。
そんな配下同士のやり取りはともかくとして、今気になるのはやはり領域関係のことだ。
「領域の維持はむしろお願いするとして、こちらとしてはせめて爵位が上がるくらいに領域の確保をしていただけると助かるのですが?」
「……何ともはや。よもや敵ともなりえる相手から領域の拡張を進められるとは思わなんだ。その心は――?」
「あはは。まさかそんな問いかけを受けるとは思いませんでした。それはいいとして、単純に公爵に上がっていたほうが安定して領土運営ができるからでしょうか」
「それはわかるが、味方である限りと続くであろう? 普通は敵になりうる相手に塩を送るようなことはしないのではないのか?」
「そんなことを聞いてくるからこそ安心できる……と言いたいですが、そうですね。はっきりいえば、話し合いをしようと提案してきた段階で、それを条件とするつもりでした」
タマモが言った「敵に塩を」云々というのは確かにそうなのだが、そもそも敵になるつもりがあるのならこうして話し合いの場を設けようとはしなかったはずだ。
となると偵察部隊を送っている段階でその調整をしてきたということは、何か理由があるはずだと考えていた。
それが何かと考えて思いついた結果が、ムサシ辺りを支配している
そこまで考えて分かったのは、数を減らされると困ることになるからこそ、こうして話し合いの場を設けようとしているのではないかというものだったのだ。
「――質だけが高くても数が用意できないのであれば、それはそれでやりようがありますので、特に目くじらを建てるような必要はないと思っただけです」
「……やれやれ。こうして言葉を交わさずとも、そこまで見抜いていたか」
「たまたまですけれどね。確信したのはここで直接会ってからでした」
「そうか。あわよくば……ということも狙っていたのだが、それも無駄になってしまったしの。最低条件さえ守られれば、こちらは言うことを聞くにしよう」
タマモがあっさりとそう宣言すると、隣に座っていた例の美女が再び反応していた。
ただ今度はこちらに向けてではなく、タマモに向かって何かを確認するような視線を向けている。
それに応えるように、タマモは小さく肩をすくめながら続けて言った。
「――仕方なかろう? お前は気付いていないようだが、こちらの御仁は我よりもはるかに強大な存在だぞ?」
「いや。さすがにそれは言い過ぎでしょう?」
「そうか? こうして領域外に出てきていることも含めて、どうにかしても倒せるビジョンが見えないのだが?」
「アハハ。あなたにそう仰ってもらってありがたいことですね」
「別にそなたのことを持ち上げているわけではないのだがな。そもそも本気で倒そうとするならば、
意味ありげにそう問いかけてきたタマモに、言葉では返さずにただ笑っておくだけにしておいた。
ただしトップ同士はそれで済ませたつもりだったのだが、ここでも何やらお互いの部下同士が反応していた。
折角お互いになあなあで終わらせようとしたのに、これでは俺とタマモのやり取りが全て無駄になってしまう。
シルクも普段はここまで過剰反応するような子ではないのだが、狐が相手になるとどうにも自制が効かないようである。
それは人に変化している美女も同じようで、タマモが困ったような顔をしていた。
「――済まないの。こやつは我と似たような存在に会うのが初めてなので、どうにも敏感すぎる状態になっているようだ」
「いえ。こちらも同じです。これから慣れて……行って欲しいですが、大丈夫でしょうか」
「うむ。それは我にもわからんな。時間が解決すると期待するしかあるまい」
「そうですかね。――ところで一つ気になったのですが、今の言葉だと以前にも同じような存在に会ったことがあるようなニュアンスでしたが?」
「うん? ああ、そうだな。我はこの辺りに定着するまでは世界中を動き回っていたからの」
「おや。私たちと同じような存在がいるとは思っていましたが、やはりいたのですね」
「うむ。数は少ないが確実にいるな。私の知る限りこの島で他にいるのは、ミヤコ辺りにあるダンジョンの主だな」
「ミヤコ……ですか。なるほど」
タマモからさらりと告げられたその事実は、こちらにとっては譲った領土以上の価値があるものだった。
昔の日本よろしく近畿辺りに豪族が幾人かいて、そのあたりのことを『ミヤコ』と称していることは知っていた。
だがそこにダンジョンがあることまではまだ調べ切れておらず、しかもそこのダンジョンマスターが自分たちと同じような存在であると知れたのは値千金のことである。
ちなみにこの場合の「自分たちと同じような存在」というのは、領土ボスや公領ボスのように意思なき存在ではなく自らの意思を持って行動しているような魔物のことを指している。
それが相手に通じただけでも、そうした存在と初めて接触したこちらとしては十分価値のあるやり取りだ。
「そなたの場合、このまま行けば会うこともあるであろう?」
「どうでしょうね? 東北……オウウの辺りは領域化するつもりはありますが、それ以降は今のところはきちんと考えてはいませんよ」
「それでいいのか? 普通は全てを支配すると言うと思っていたのだが?」
「それはお互い様でしょう。まさか最初から領域の維持が目的だと言うとは思っていませんでしたよ」
「確かにそうかもな。我としてはどうあっても勝てない相手にあがいてみようと考えていただけだったのだが」
「そうですか。どちらにしても話がまとまりそうでよかったです」
「そうだの。とりあえず、こちらとしてはムサシの辺りから拡大しないということで良いのだな?」
「そうですね。細かい領域に関してはまた後程決めて行きましょうか」
「了解した」
こちらの提案に、タマモが短く答えつつ右手を差し出してきた。
それを見てこちらの世界にも握手の習慣があったのかと感心しつつ以前の人生の習慣で、何気なくタマモの右手を握り返した。
するとその瞬間、予想外のことが起こった。
《爵位持ちと初めての提携が結ばれました。これによりムサシの領域の一部は準領域/領土として扱われます》
メッセージが脳内に流れてきたのは初めてのことだったが、すぐに画面で確認すると確かに同じメッセージが確認できた。
それだけではなく、ほぼ同時にタマモが軽い反応を示していたのだ。
「……ふむ。なるほど。こうなるのか」
「もしかするとあなたにも聞こえたのですか」
「うむ。遥か昔に領域を取った時にも聞いた声であるな。どうやら我はそなたの配下として認められたようだが……」
「配下、なのですかね? 特に魔力的な制約とか縛りがあるようには感じませんが……」
「そうだな。我にもそう思える」
来るとは思っていなかったタイミングで来たメッセージにも驚いたが、それを受け入れているタマモにも驚いた。
爵位を持っている相手と会うのが初めてだったのでこうなることも予想できなかったわけではないが、それでもまさかという結果に驚くことしかできなかった。
結果論ではあるのだが、タマモを相手にいきなり討伐するのではなくこうした機会を設けることができたのは、予想以上の収穫だったと思わざるを得ないのであった。
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