(7)タマモ

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 恐らく関東ムサシ辺りを領域化していると思われる存在からの提案は、こちらにとっても渡りに船のことだった。

 これまで倒してきたそれぞれのボスと違って、きちんとした意思のある存在というのは初めてのことだ。

 さらに情報部隊が探ってきた内容によれば、その存在は恐らく領土ボスレベルではないかということだった。

 それが正しければ、最低でも爵位は持っているということだ。

 その爵位が侯爵になるのか公爵になるのかは不明だが、そこまでの強さがあり話し合いができるレベルで意識(?)を保っている相手というのが初めてのことになる。

 話し合いの中身次第だが、もし有用な情報を持っているような相手であればいきなり潰し合うようなことはできればしたくはない。

 問答無用で襲って来るような相手であれば、そもそも話し合いをしようなんて提案はしてこないはずなので、こちらの思惑に乗ってくれる可能性もある。

 さすがにいきなりこちらに下れと言って来るような相手はごめんだが、そうでない場合はこちらも相手の提案次第では応じることも考えている。

 

 というわけで早速約束の日時に合わせて、四人の眷属と共にムサシへと移動した。

 他の眷属からはもっと増やすようにと言われたのだが、今回は威圧する目的ではないので必要ないと断った。

 魔物相手にそのあたりの機微がどこまで通じるかはわからないが、まずは最初が肝心だというのは人族も魔物も変わらない……はずだ。

 偵察部隊の質を一段上げるなり話し合いの場をと言ってくるような相手なので、こちらの意図を組み込んでくれると期待している部分もある。

 

 連れてきている四人の眷属は、シルク、ルフ、レオ、ランカになる。

 シルクは交渉の場で力を発揮してもらうことを期待して、ルフは領域外を移動するための移動手段として連れてきたが、残りの二人は見せるための戦力として期待している。

 他の眷属も見かけだけではなく実際に力もあるのだが、個の力では最強とも言われるドラゴンと群れることで最大限の力を発揮する狼を連れて行くことで偏りがないことを示すつもりがある。

 ちなみに一番来たがりそうなファイは、東北方面の攻略が忙しいということで自ら断っていた。

 

 日本でいえば日光辺りまで移動してきた俺たちだったが、すでにそこには二十を超える数の情報部隊(精鋭)が待ち構えていた。

 さらにそれだけではなく、一体の巨大な狐(九尾)と五体の一回り小さな狐が揃っていた。

 どう考えてもその巨大な狐が、ムサシ辺りを支配している領域ボスだろうと思われた。

 周囲にいる狐たちと比べても放ってくる威圧感がまるで違っていたのだ。

 

 ただ相手の姿を見て何かを感じたのは俺だけではなく、相手の狐も驚きを示していた。

「なんと。まさか本当に、自らの領域から出られるとは思わなんだ」

「おや? あなたは見た感じ領土ボスにはなっているようですが、出られないのでしょうか?」

「そういうことだな。話を始める前に、このままだと不都合がありそうなので少し待ってもらえるか?」

 何故かそんなことを言いだした巨大狐は、小さく首を振って周囲にいる狐たちに指示を出していた。

 

 そして、その言葉から数秒も経たずに狐たちに変化が現れた。

 その変化が何かといえば、全員が人の姿に変化したのだ。

「――よし。こちらの方がお互いに話しやすかろう。獣の姿のままで言葉を操ると違和感を覚えるのだろう?」

「私はどちらでも構わなかったのですが、配慮に感謝します」

「うむ。それから本来はこちらが敬意を示すべきであろうが、言葉遣いは勘弁してくれるとありがたい」

「それくらいは別に構いませんよ」

「ありがたい。――それでは話し合いを始めようか」

 周囲に宣言するようにそう言った巨大狐――改め目が覚めるような美女は、微笑を浮かべながらこちらをしっかりと見てきた。

 

 

 ――最初から人型になることを予想していたのか、眷属らしい狐(人型)が用意したテーブルと椅子に座って話し合いが始まった。

 ……のだが、どちらから話をすべきか迷っていると、何故だか狐耳の美女がため息を吐いてからこう切り出してきた。


「こういった場合、まずは格上の者から話すべきなのであろう?」

「そうなのですか? 人族の世界だとそういった形式もありそうですが、さすがに魔物のマナーまでは把握していませんでした」

「うむ。我もそれは知らなんだ。人族に合わせたつもりだったのだが、必要なかったか」

「そもそも見た目がバラバラの魔物が形式ばかりを気にしても仕方ないでしょう」

「確かに。だからといって強さだけを重んじても仕方ないと思うのだが……その点、そなたが今回の話し合いに応じてくれてよかったと思っておるよ」

「それはこちらも同じです。あのままだと無駄に犠牲が増えそうでしたから」

「そうだの」


 情報収集の段階でお互いに牽制しあって犠牲が増えれば増えるほど、引き際が見極めずらくなっていく。

 そういう意味では、目の前にいる狐美女が話し合いを提案してくれたのは絶妙のタイミングだったともいえる。

 

「――そういえば、まだお互いに名乗っていなかったな。我の名はタマモという」

「これは失礼いたしました。私はキラと名乗っています。それにしてもタマモですか」

「ふむ。その名に何かあったのか?」

「いえ。ちょっと私の知っている名だったので、つい。そちらも九尾の狐で大妖怪とされている存在でしたから。ただ、あちらは物語の中での話ではありましたが」

「ほう。それは興味深いの。我はそのような話は聞いたことがなかったが……こちらの地方に伝わっている話ではなかったか」

「どうでしょう? 似たような話はあるかも知れませんが……もしかするとあなた自身の話が伝わっているかもしれませんね」

「ホッホ。それは確かにあるかも知れぬの。我も昔は……と、こんな話はどうでも良かったか」


 隣に腰かけている別の狐美女に促されて、タマモは笑みを浮かべながらウインクをしてきた。

 何故こんなタイミングでウインクをと思わなくもなかったが、その仕草が異様に似合っていたのでやり慣れていることはすぐにわかった。

 もしこれが転生する前の俺だったなら、間違いなく胸キュンになっていただろう。

 もっとも三十路に踏み込んだおっさんが胸キュンになったとしても誰得であったのだろうが。

 

「そうですね。では本題ですが、やはり領域の関係する話でしょうか」

「まずはそれだろうな。我として今の領域が維持されて、そちらから攻め込まないと確約がもらえればそれで問題ない」

「え。本当にそれでよろしいのですか?」

「ふむ。そなたは魔物の世界での法則ルールをもう少し知った方がいいかも知れないな。本来であればこのような提案蹴散らされるのが普通だぞ」

「まあ、力が全てというところがありますからね。ですが、そういうことでしたらこちらも問題ありません」


 あっさりとそう断言すると、タマモは驚いたような表情になっていた。

「本当にいいのか? 後々裏切る可能性もあるのだぞ?」

「そうでしょうか。そんなつもりがあるのであれば、そもそもこんな場を設けることすらしなかったのではありませか?」

「そうかも知れぬが……そなたは少し相手を疑うということをした方がいいのではないかの?」

 タマモはそう言いながら、視線をシルクへと向けた。

 お前の主はこれで大丈夫なのかと言っていそうなその視線に、シルクは黙ったまま笑みを浮かべていた。

 その表情は主(様)のことを信じているというものであり、同時にもし裏切れば力で抑え込むというものでもあった。




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