(6)新たな存在
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「――フジワラ家の領土内で活動が妨害されているって?」
「はい。どう考えても未帰還率が高いので、恐らくほぼ間違いないかと思われます」
「なるほどね。いよいよ来るものが来たって感じかな?」
クインが言いたいことが分かった俺は、すぐに納得して頷いていた。
ツガル家がイトウ家を攻め滅ぼしたということは、隣接する豪族がサダ家とフジワラ家、そしてトウドウ家の三家になった。
それに合わせて情報部隊が活躍する場所を関東と中部にまで広げていたのだが、その結果が今のクインの報告に繋がっている。
クインの隣にはシルクもいて、蜘蛛も似たような状況になっているということからほぼ間違いないと断言していいだろう。
トウドウ家が直接関係しているかはわからないが、関東辺りでは蜂や蜘蛛に対して警戒が高まっているということだ。
「未帰還率が高いということだけれど、全部が全部帰ってきていないって事ではないよね?」
「勿論です。今のところ三割ほどが未帰還となっています。今までは五パーセント程度だったことを考えると……」
「まあ、間違いないよね。となるとその原因だけれど、やっぱりイトウ家との戦が大きかったかな?」
「それもあるでしょうが、少し気になる報告もありました」
「へー、どんな報告?」
「フジワラ家の領地から帰ってきた子からの報告によれば、狐に追い回されることが妙に多かったそうです」
「なるほど。狐ね。勿論魔物なんだよね?」
「そうなります。情報部隊の子は、素早く動けるように特化しているとはいえ本気で狐に追い回されると厳しいものがあります」
「いや。別に怒ってはいないよ。むしろよくその情報を持ち帰ってくれたと思う」
蜘蛛はともかく、蜂の子眷属は空を飛べる者が多い。
それでも情報を集めるとなれば屋内で聞き耳を立てることになるので、そこを狙われてしまっては逃げるのも難しくなるのだろう。
情報部隊は小さな個体が多く、戦闘に特化しているとはいいがたいので逃げ切れないことがあるのは仕方ないだろう。
問題は、犠牲が増えると分かっていても今のままの状態で諜報活動を続けるのかということだ。
「――正直なところを言えば、今のままであれば特に運営に支障はありません。追加で子を生み出していけばいいだけですから」
「でもやはりこのままやられっぱなしというのは面白くないですわ」
クインが話すのに任せていたシルクが混ざってきたことで、両者の現在の気持ちがよくわかった。
当然だが、「面白くない」といったシルクの気持ちは俺自身も同じである。
「同感。……なのはいいけれど、それじゃあどうするつもりかな?」
「ここからが本題でして、主様には精鋭部隊の出撃許可を頂きたいです」
「許可も何も情報部隊に関しては完全にお任せだから好きにしていいよ。でもそれで大丈夫なのかな?」
「駄目だったら駄目だったでそれは一つの結果ですわ」
一見すると冷たく聞こえるシルクの言い分だが、それだけ本気になっているということが伺える。
蜂と蜘蛛の情報部隊は、大まかに分けて一般、精鋭、統率の三つの階級で構成されている。
統率部隊は一般と精鋭を纏めている孫眷属になるが、精鋭部隊は一般と比べてより危険な場所に向かうことができる戦闘も出来る個体になる。
それらの部隊は大抵魔物がはびこっている奥地で情報を集めているのだが、何も人族からの情報集めが不得手というわけではない。
というよりも、一般部隊にいた個体が成長して戦闘もできるようになって精鋭部隊に配属されているので、今回のような場面ではうってつけの存在ともいえる。
……のだが、やはり一般部隊に比べて数は少なくなるので虎の子の部隊であることには違いない。
「精鋭部隊はこういう時のために存在しているので、むしろやりたがっているというのが本音です」
「あー。もしかしなくとも一般部隊の結果を聞いて、やる気になっていると?」
「実のところは、その通りになります。マザーたちもそれを抑え込むのに苦慮しているようでして」
「なるほどね。当人たちがやる気になっているんだったらむしろ投入すべきなんじゃない? 感情に流されたままで向かうのは危険だと思うけれど」
「そこは本人たちもよくわかっているでしょう」
ちなみにマザーというのは、情報部隊を生み出しているクインやシルクのように子供を作れる子眷属のことだ。
クインやシルクと同じように子供を生み出すことができる子眷属を敢えてマザーと呼んで他の子眷属とは区別しているが、今現在マザーは情報部隊以外にも存在している。
彼女たちは、昔より多くなっているユグホウラの各部隊を管理するために生み出されている。
さすがにそれぞれ一万を超える部隊を、クインやシルクだけで管理するのは――できなくはないだろうが、時間的に無駄といえる。
情報部隊にマザーを配置して一つの部隊を作り上げることに成功したからこそ、マザーが複数いる今現在のような形で落ち着いているのだ。
「本人たちが納得してマザーが了承するんだったら俺から言うことは特にないよ。むしろ集めてきた情報のほうが気になるけれどね」
「それはわたくしたちも同じですわ」
「精鋭部隊を送り込んだ結果、何が出てくるかはわかりませんが……ただの魔物のいたずらで終わればいいですね」
「そんなことはあり得ないと分かっているのに言っているよね、それ?」
「さあ。どうでしょうか?」
含み笑いのような顔をして答えるクインに、おれは肩をすくめて見せた。
人が住んでいる家に潜んでいた情報部隊がいたところに、たまたま魔物が出てきて討伐されたというのは偶然にもほどがある。
そもそも人の住んでいる場所に狐の魔物が出てきたというだけで、騒ぎになるのは間違いない。
恐らく人の寝静まった夜陰に紛れて潜り込んだのだろうが、それでも普通の魔物にとってはリスクが高すぎる。
未帰還になっている子たちが全て潜んでいた家の中でやられたわけではない――というよりもむしろ任務に向かう途中か期間中の外で襲われたと考えるのが妥当だが、家の中でも襲われる可能性を考えていたほうがいいのは間違いない。
となるとやはり通常サイズの精鋭部隊で潜り込んだほうが良いと考えるのが妥当なところではある。
精鋭部隊が潜り込んだ結果どんな情報を持ち帰るかはわからないが、少なくともシルクやクインは同じ可能性について考えているはずだ。
すなわち本島のフジワラ家が治める地には、俺たちと同じような存在がいるかもしれない、と。
その存在が何故今になってちょっかいを出してきたかは不明だが、恐らくイトウ家との戦いがきっかけになっていることは間違いないだろう。
――と勝手な想像で推測を進めてみたが、実際のところがどうなのかは今のところはわからない。
そのためにも情報を集める必要があるのは確かで、そのためにも精鋭部隊の投入は必要なことであるといえる。
まずは彼らからの報告を待って、ユグホウラ全体としてどう対処していくのか決めていく必要がある。
そしてその精鋭部隊が有用な情報を持ち帰ってきたのは、投入を決めてから一週間も経っていない時だった。
その結果は、やはり一般部隊をけん制するために狐を放った存在がいるというもので、さらに今度はその存在がこちらとの話し合いを希望しているというものだった。
その報告を聞いた俺はやはりと思うのと同時に、中々厄介なことになりそうだと感じていた。
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