(3)絡め手と結果
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イトウ家の本城を落したあとは、そのまま結果を待つのではなく城外に二千ほどの兵を残して再び別の場所を攻めるべく移動を開始した。
わざわざ城外に二千もの兵を残したのは、いつまでも魔物が居座り続けていると城下にいる領民たちの気持ちを考えてのことだ。
城内にも人員は残しているが、それは若干名の魔物と残りはツガル家が用意した人族の管理者となる。
戦の決着がつくまでは外の魔物でにらみを利かせつつ、人の営みに関しては出来る限り続けられるように配慮した結果このような配置になった。
それでも城下町内で反乱なりを起こされたりする可能性はあるが、その時は外で待っている子眷属たちの出番となる。
もっとも城を落した時点で守備隊が完全に降伏しているので、一般市民が早々簡単に武力に訴えるとは思えない。
それよりもやはり町中に魔物が居続けるほうが不安定な状況を招くと考えた結果でもある。
この配置が上手く行くかはわからないが、それはこの戦が終わってから結果を見て判断するしかないだろう。
イトウ家の本城から別の場所へと移動した部隊はどこへ向かったのかといえば、領内にある別の城や砦を制圧するための部隊となる。
元の部隊から二千が減っているので次の城攻めはより慎重に行う――わけではなく、道中で後から来ていた追加部隊と合流して本城を攻め落とした時と同数の部隊で攻めることになる。
さすがに残りの城や砦は本城ほどに兵が残っているとは思えないが、それでも万全を期して随時追加するというやり方にしておいた。
魔物の部隊は森の中に置いておけば人族ほどに補給を気にしなくても済むので、運用的に森の中に隠しておいたほうが良いのだ。
「――さて。さすがにイトウ家もこちらの動きに気付いていないはずがないけれど……どう対処するかな?」
レオの上でパッカパッカと揺られながらそう呟くと隣を歩いていたシルクがしっかりとそれに応えてきた。
「そうですね。本城が落とされた時点で、こもったままでいるか本城を取り戻すために動くかの二択になりますが……どちらもありそうな気もします」
「だよね。やっぱり戦術に関しては人族のほうが一日の長があるかな。ツガル家――というか宗重からの連絡が来るまでは余計なことはしないで予定通りに動こうか」
現在移動しているユグホウラの本隊は、イトウ家の本城から北上して別の戦の戦場へと向かっている。
その途中にある砦や城も落としていくつもりではあるが、それはあくまでもついでであって本来の目的ではない。
魔物の部隊が町や村を数多く襲ってしまえばユグホウラのイメージが悪くなる可能性が高まるので、敢えて軍がいそうなところだけを攻めることにしているのだ。
それゆえに次の大きな目標は、ツガル家とイトウ家の部隊がぶつかっている本戦場ということになる。
ただしこのままこちらが北上を続けて行けば、南下してきたツガル家との挟み撃ちになってしまうので、イトウ家の軍もその状況になるのは避けようとするはずだ。
かといってこのまま領内が荒らされるのを黙ってみているわけにもいかない。
とはいえ下手に砦から外に出てしまえば、間違いなくドラゴンのブレスが空から降ってくることになる。
――イトウ家の家臣たちはそう考えているはずだ。
この状況をどう打開するのか、戦争の素人である俺からすれば全くもって分からない。
そのため後はイトウ家の当主とツガル家の当主の作戦の読み合いということになるだろう。
もっとも今の状況のままでいけば、物量の差で間違いなくツガル家の勝利となるのだが。
どうにかしなければならないのはイトウ家側で、ツガル家&ユグホウラはただ黙ってイトウ家がどう動くかを待っていればいいともいえる。
イトウ家がどう動くにしてもこちらのやるべきことは変わらないので、事前に決めたとおりに動くだけだ。
あとはその結果としてどうなるかを、きちんと情報を待ちながら判断していくしかない。
そんなことを考えながらレオに揺られつつ移動を続けるのであった。
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< Side:??? >
とある城内の一角にある部屋で、男二人が会話をしていた。
一人は威厳たっぷりで、どう見てももう一人よりも格上だとわかる様子で向き合っている。
「――それで結局どうなったのだ?」
「はい。イトウ側は結局砦内に籠ることを選択したようです」
「なるほど。恐らく儂でもそうする。あそこはかなりの物資をため込んでいるという話だったからな。必要とあれば冬を越すこともできたであろうな」
「はい。事実イトウが降伏したあとにツガルの者が乗り込んで調べると、数年単位で持つであろう物資があったようです。長い間敵対してきたからこそでしょう」
「だが結局はそうならなかった。ツガルはあの硬い砦をどう攻略した?」
「蜂です」
「…………なに?」
予想外すぎることを言われて思わずといった様子で問い返す主人に、報告をしていた男は表情を変えないまま続ける。
「例のユグホウラに蜂系の魔物がいるという噂は本当だったのでしょう。恐らくその魔物が使役したのであろう大量の蜂が砦に入り込んで制圧したようです」
「…………中毒を起こさせたわけか。それにしてもそこまで多くの蜂がいたのか」
「目視できた感じだと数万単位でいたようですね。しかも真正面から向かわせたのではなく、地下から現れたそうですから」
「地下……? 蜂が地下通路を利用したのか」
「いつからそのようなものを準備していたのかはわかりませんが、通常の人族が余裕で通れるくらいの大きさの通路だったようです」
「真正面から当たれば焼き討ちするなど対応も取れただろうに、いきなり現れるとそれも難しかった……か。いや、どちらにしてもその大量の蜂に対処している間に攻め込まれて終わりになるか」
「おそらく。大量の小さな蜂がいると分かれば忌避剤などを用意するなど対処もできたのでしょうが、そんなものは用意されていなかったようです」
「当たり前だ。どこの家もそんなものを用意しているところなどあるまい」
夏などに大量の虫が発生してうっとおしくなるのを見越して虫よけなどを用意しているところはあるだろうが、そもそもそんな大量の蜂を相手に出来るような効果の高いものなど存在しない。
今の話を聞いた各豪族は、それに対処するための何らかの方法を探らなければならなくなるだろう。
今回は地下から湧いてきたようだが、今後も同じような手を使って来るとは限らない。
「雑兵を蜂で動けなくさせて門を開けさせた後は、最終的にツガルの者が幹部たちを打ち取ったようですが、どちらが功を上げたかは……」
「だれが考えてもわかるだろうな。もっともその話を信じる者がどうかにもよるだろうが」
「はい。実際荒唐無稽な話だと笑って済ませている者たちもいるようです」
「馬鹿なことを……と言いたいが、実のところそうしたくなる気持ちもなくはないな」
「何故でしょう?」
「考えてもみよ。今この時点で大量の蜂がこの場に入り込んでいるとして、すべてを処分することなと可能だと思うか?」
主人にとう問いかけられた報告者は、盲点を突かれたというような表情になって思わず周囲を見回していた。
主人からの問いだけで、何を言いたいのかを理解したのだ。
すなわち蜂という存在を自由に操れるということは、ほぼ見つけるのが不可能な影として利用が可能だということに。
その恐ろしさは、情報収集をメインに活動している男だからこそ実感と共に理解できたといってもいいだろう。
「――まあ、今はそのことは考えても仕方あるまい。此度の戦の結果はツガル家の完勝ということだな」
「北の雄の一人であるイトウ家が半年たたずに落ちたというのは信じられませんが、紛れもない事実です」
「……そうか。では我が家も本腰を入れて対処しなければならないというわけだな」
何かを決断したかのような顔になった主人に、男はただ静かに頭を下げるのであった。
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