(2)本命

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「度重なる我が領への侵略行為は、寛容な我にとっても我慢の限界。故に、約定の期限をもって報いをうけてもらう」

「侵略とはいかなる侮辱か。我らは我らの領土を取り返すのみ。魔の者に魅入られ勘違いをしている輩に、我が精鋭たちが負けることはなし」


 前回の協定期間が過ぎると同時にツガル家の使者が宣戦布告をすると、すぐにイトウ家がそれに対する返事をしてきた。

 もっとも宣戦布告などほとんど形式的なものなので、お互いに内容を精査するつもりなどまったくない。

 今回の戦でツガル家が用意した戦力は六千で、対するイトウ家も同数の六千だった。

 ツガル家の数が前回よりも少ないのは、一応トウドウ家への監視用に残しているというのと別の援軍がいるからそこまで多くを用意しなくてもよかったためだ。

 その援軍というのは勿論、ユグホウラの眷属たちでその数は四千になる。

 

 六千体一万という数の差は如何ともしがたく、既に勝負は決まったもの……というわけでは勿論ない。

 とはいえ数に差があればそれだけ戦略に余裕があるのも確かで、士気的にはツガル家の方が上というわけでもなかった。

 イトウ家の当主もやはり豪族を治めているだけあってかなりの人物なのか、きっちりとした軍を作ってきたようだった。

 ツガル家側に魔物の軍がいることを利用して義はこちらにあるといった調子で士気を上げているようだが、それがいつまで持つかは分からない。

 

 逆にツガル家には余裕があるからこそ、変なゆるみが出てきそうなところだ。

 ただそこはやはりクインに認められるだけの傑物だけあって、こちらもしっかりと士気を保っているようだった。

 かつての日本よりは戦が少ないとはいえ、やはり士気の重要さはお互いに分かっているということなのだろう。

 少なくとも戦が始まる前のお互いににらみ合っている状況では、どちらが勝ってもおかしくはないという雰囲気ではあった。

 

「――それで、お互い準備万端でぶつかったのはいいけれど、一度目の戦闘では決着がつかずに仕切り直しになったと」

「そうですわね。もっとも、ツガル側は無駄に犠牲を増やす必要もないということで、イトウ家に付き合って敢えて引いたということもありますわ」

「それもそうか。に何が起こるか分かっている分、下手に戦力を減らすこともないってね」

「どちらかといえば、状況が不利だと見て次に向けて引いたイトウ家もやり手だと思いますわ」

「確かにね。普通に考えれば、仕切り直したほうが良いと考えるよね」


 実際に両者の会戦が行われた場所とは離れたところでシルクからの報告を受けていた俺は、なるほどと思いながら頷いていた。

 戦の素人である俺ではわからないが、戦の状況を見て仕切り直した方が良いと判断したのはさすがというべきなのだろう。

 もっともツガル家側が、敢えてそうなるように抜け道を用意していたというのも事実だ。


「――それで、満を持してランカが背後から迫ったと。指示通りに犠牲者は出なかったんだよね?」

「その通りですわ。陣を張っている少し手前に、ブレスを吹いたようですわ」

「だったらいいや。それで、結果としてイトウ家の軍は一時的に散り散りになったと」

「固まって逃げると被害が増えるという判断もあったようですわね。ドラゴン(ランカ)が見えた時点で逃げるように指示は出ていたようですが、それでも恐慌状態は避けられなかったようですね」

「ユグホウラが魔物の集団だと分かっていても、まさかドラゴンがいるとは考えていなかったんだろうなあ」


 結果としてツガル家対イトウ家のの戦いでは、お互いにそこまでの損害を受けることなくツガル家の勝利ということで終わっていた。

 このまま会戦を続けてもドラゴンのブレスで被害が増えるだけだと判断したイトウ家は、散り散りになった軍を近くの砦に集めるように指示を出したらしい。

 ツガル家も敢えてそれらの軍を追うような真似はせずに、ゆっくりとイトウ家が引きこもると決めた砦に迫っているらしい。

 砦といってもただの木造の小さな城なので、ドラゴンのブレスが効かないわけではないのだが、一度目の攻撃でわざと外したのを見て何かの意図を感じてそういう指示を出したのだろう。

 

「ランカが人族の戦いに犠牲を出すような真似はしないと判断したのか、あるいはもっと別の理由があったのか……どっちにしてもイトウ家の指揮官は状況判断が素晴らしいね」

「主様の『ブレスだけで決着をつけるような真似はしないように』という指示が伝わっているとは思いませんが、それでも何かの意図を感じてはいるようですわね」

「だね。ドラゴンのブレスだけで決着をつけてしまうとユグホウラの攻撃性だけが目立ってしまうしねぇ」

「わたくしたちが混じっている時点で既に遅いとは思いますが……」

「ブレスだけで薙ぎ払われるのとちゃんと軍同士がぶつかって決着をつけるのとでは、後から受ける全然イメージが全然違うからね」

「そんなものでしょうか」

「そんなもの、そんなもの……だと思いたいね。折角打った手がどうなるかは、結局日にちが経ってみないと分からないよ。人のうわさなんてものは、尾ひれがつくのが当たり前なんだし」

「ユグホウラは悪魔の使いだなんていう噂もあるようですが」


 冗談っぽく少し笑みを浮かべながら言ってきたシルクに、俺も笑い返しておいた。

 事実を知る側からすればなんじゃそらという噂だが、知らない側からすれば想像だけでそんな話が付け加えられてもおかしくはない。

 そんな尾ひれはどこでついてもおかしくはないので、敢えて訂正する必要性も感じない。

 統治する側にまでそんな噂が浸透するとまずいが、庶民レベルで面白おかしく話されている分にはどうすることもできない。

 

「――まあ、それは良いとして。あっちはちゃんと予定通りに終わったようだから、次はこっちで依頼を受けた仕事をしようか」

「勿論ですわ。……ですが、主様は以前から話しているように直接の参加はなさらないように」

「わかっているよ。少数の戦闘ならともかく、乱戦に紛れたらど素人もいいところだからね。ましてや城攻めなんて、ね」

「それならいいですわ」

 

 そんな会話をしている俺たち二人の目には、多少離れた場所にあるイトウ家の本城が映っていた。

 イトウ家の本隊と相対していたユグホウラの軍は本隊ではなく、実際はイトウ家の居城を落とす目的としたこちらが本隊になる。

 それもこれも事前にツガル家と打ち合わせたうえでの作戦になるのだが、さすがに軍を分けて本城を落とすという作戦には宗重も驚いていた。

 そもそもイトウ家の本隊を打ち破らずに本城に近づけるとは、考えてもいなかったようなのだ。

 

 ただし今俺の周辺にいるユグホウラの軍は大部分が蜘蛛の子眷属たちなので、深い森の中を部隊単位で移動するのは大した負担ではない。

 だからこそイトウ家に感づかれることなく本城傍の森の中に隠れることができているわけだが、それでも無防備過ぎないかと思わなくもない。

 魔物が相手にいる時点で森にもひそめるということを警戒しないといけないはずなのだが、やはり今までの経験からその可能性はすっぽりと頭から抜けているらしい。

 それはそれでこちらとしては楽ができるのでいいのだが、もし今後人族と戦いが発生する場合は今回の件は筒抜けになっていると考えたほうがいいだろう。

 

 ――というわけで本隊がいない隙をついた本城攻めが始まったわけだが、結論からいえば日付の変更を待たずして決着がつくことになった。

 そもそも本隊が出向いていて隙だらけだったうえに、空から攻めてくる敵がいるなんていう想定もされていなかったようで、あっさりと開かれた城門から五千を超える蜘蛛に攻め込まれる結果となった。

 ちなみに空から侵入したのは蜂の子眷属たちだ。

 この本城が落とされたという結果は、敢えて見逃した早馬により数日後にはイトウ家の本隊へと届けられることになる。




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