(9)初対面

§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§




 雪が降るまで数えるほどになったある日、俺は五人の眷属を連れてとある場所へ訪れていた。

 そのとある場所というのは、ツガル家当主である宗重が住まう屋敷である。

 次の春に向けた戦の準備が整う中、さすがに一度も顔を合わせないわけにもいかないだろうということで顔合わせの場が設けられたのだ。

 着いて来ている五人の眷属は、ファイ、シルク、クイン、レオ、ランカになる。

 クインは既に宗重と顔を合わせたことがあるので当然として、他の四人は次の戦で姿を見せるかもしれないということで来てもらっている。

 それ以外にユグホウラの戦力の一部を見せるという目的も含まれているが、それはそこまで重きを置いていない。

 今回の会談はあくまでも、今後の関係を作る上での重要な試金石となることを期待していた。

 眷属たちを使って力で威圧するのが目的ではなく、本当に魔物の集団であるユグホウラと本気で繋がりを持ちたいと考えているのかを見定めるつもりであった。

 

 …………のだが、何故だか俺が宗重の正面に立つといきなり片膝を地面につけて頭を下げたことに驚かされることになった。

 本来であればここで重鎮たちの誰かが諫めるのだろうが、その重鎮たちも同じように頭を下げている。

 さすがに豪族の当主にいきなり頭を下げられると考えていなかった俺は慌てて周囲を見回したが、眷属たちは満足そうな顔をしているし、ツガル家側はすべて同じような状態になっているので頼れる人は誰もいなさそうだった。

 となると自分でこの状況をどうにかしなければならないと思い、引きつりそうな頬をどうにか押さえて宗重へと話しかけることにした。


「宗重殿、豪族の当主がそのような姿をするのはいささか問題だと思うのですが……?」

「何を仰いますか。あなた様は紛れもなく世界樹様。それが分かったからこそこうして拝礼させていただいているのです」

「あ~。いや、うん。言いたいことはわかったから、まずは頭を上げてもらおうか。そうしないといつまで経ってもまともに話もできない」

「これは失礼をいたしました。確かにこのような場に長々と留め置くわけには参りませんな」


 そう言いながら立ち上がった宗重は、すぐさま周囲にいる者たちに指示を出した。

 その指示には重鎮たちの一部も含まれていて、指示を出された者は慌てた様子で屋敷の中に入っていく。

 指示を聞く限りでは俺たちが話をする場所を整えるためだと思うが、そもそも事前に用意していたのではないだろうか。

 ――そんな現実逃避をしていても、宗重が出した指示が変わることはなかった。

 

 宗重が出した指示――それが何かといえば、簡単に言ってしまうと俺が座るべき席が完全に上座になったということだ。

 元の予定ではユグホウラとツガル家が対等になるように整えていたらしいのだが、それがたった一度の対面で一気に覆されたということになる。

 あとから宗重に聞いた話だと、直接目が合ってすぐに世界樹が人の上に立つべき存在だと言われたのだが、この時の俺はわけが分からないまま状況に流されるだけだった。

 眷属たちはむしろ当然だという態度を崩していないので、少なくともこの件に関しては役に立つことはないだろう。

 

 あれよあれよという間に上座に座らされることになった俺は、できる限り戸惑いを見せないようにしながら宗重に問いかけた。

「宗重殿、元の予定では対等な位置になっていたと思うのですが……?」

「本来であればそうでしょう。ですが、そのような形式などもはやどうでもいいと思われます」

 どうでもいいわけないでしょう、と言いたいところだったが、周りを見る限り自分の味方は一人もいなさそうだったので無駄な突っ込みは止めておいた。

 

 既にこの時点で諦めの意識が膨れ上がっていたのだが、まずは釘を刺しておくことにした。

「あ~。一応言っておくが、ユグホウラが大々的に人の世を統治することにはならないと思うのですが?」

「左様ですか? それならそれでも良いでしょう。ですが、周りにはきちんと関係性を示しておくべきかと」

「それだと次の戦に影響が出るのでは……?」

「それは勿論出るでしょうが、我らにとってはむしろいい方にしかでないでしょう」

「そう……なのですか? それでしたらいいのですが」

「問題ありません」

 宗重がそう断言をして周囲にいる重鎮たちまでも頷いている様子を見てしまえば、こちらとしては言うことは無くなってしまう。

 豪族の当主がそれでいいと言っているのであれば、少なくとも領内においては黒だったはずのものが白になってしまうものだ。

 

 そんな感じで(俺にとっては)予想外の展開で始まったユグホウラとツガル家の話し合いだが、内容自体は事前に決められたものと変わらず進んでいった。

 細かい内容も含めて既に決めてあったものを改めて確認するだけなので、変な議論が起こるということもなかった。

 この場で大切だったのは、それぞれのトップが直接顔を合わせることだったので議論らしい議論は起こらずに、むしろ雑談の方が多かったほどだ。

 その雑談自体も混乱のようなものは起こらずに、何故だか予想以上に初顔合わせとなる眷属と重鎮たちの仲が良くなったように見えた。

 

 今後の両者の関係を思えばツガル家の重鎮と眷属の仲が良くなるのは悪くないことなのだが、どうにも釈然としない気持ちは残っている。

 この置いてきぼり感が宗重が取った対応によるものだということはわかっているが、もはや起こってしまったことを巻き戻すことはできない。

 宗重と重鎮たちの態度は、単に世界樹の化身精霊である俺を利用するためのものではないのだが、それでも今後のことを考えると多少のモヤモヤは残ってしまう。

 人ならず者が人を制したところで、後々それが必ず軋轢になるという考えはずっと変わっていないのだから。

 

 そんな俺の思いを察したのか、話し合いを終えた後でクインがそっと話しかけてきた。

「主様。そこまで心配する必要はありません」

「……そうなのかな?」

「ええ。今回のやり取りはあくまでも両者の中だけのもの。外に対しては対等だということで進んでいくことは間違いありません」

「そう……なんだろうね」

「人族が反発を覚えるのは、あくまでも上から無理やりに押さえつけられたとき。今回のように自主的に行動した場合は違うのではありませんか?」

「それは確かにそうだ。……なんだけれどね」

「表向きはあくまでも対等な立場。それさえこちらが貫いておけば、心配するようなことにならないでしょう。少なくともこのツガル領に関しては」

 穏やかな表情でそう言ってきたクインだったが、俺としてはやはり心配はぬぐえなかった。

 

 宗重が存命中はそれでいいかも知れない。

 だが、次の代に変わった場合は……? あるいはその次の代では……?

 少なくとも眷属以上に人族のことを知っている俺としては、やはりそのことは考えざるを得ない。

 時が経てば人の思いというのは変わってしまうもの――そういう意識があるからこそ、どうしても慎重になってしまう。

 

 人族との関係は慎重になり過ぎるくらいでちょうどいいと考えているのだが、もう動いてしまった事態を止めることはできない。

 こうなってしまった以上は、今後眷属たちとツガル家が世界樹という存在を利用して暴走しないように見て行かなければならない。

 人の世において宗教というものが、時に悲劇を起こすというのは否定できない事実なのだから。

 だからといって変に心を縛ってしまうと猶更ややこしいことになるので難しいところなのだが。

 

 いずれにしても直接対面したことにより、ツガル家との関係が大きく進んだことだけは間違いない。

 それだけは良かったことだと考えてホームへの帰途につくことになった。

 ――ちなみに、宗重が頭を下げることになった理由だが、分体から発している世界樹の魔力にてられたからという理由が判明するのは、まだまだ先のことであった。




§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§


※宗重視点は閑話で

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る