(8)実験結果
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日常の細々としたことをこなしているうちに、短い夏が終わって秋も深まってきていた。
この頃になると以前より計画していたツガル家との交易が本格的に始まり、ノースの町の一部でも活気があふれるようになっていた。
一部となっているのは、今のところはユグホウラの存在は明らかにされておらず交易自体が未だに限定的でしかないからだ。
どうやらツガル家は、ユグホウラの存在を戦の直前に公表することに決めたようだ。
とはいえ戦の場に出る子眷属たちの移動があるため、完全に隠せているわけではない。
ツガル家も噂レベルで広まる分には構わないと考えているようで、敢えて規制をしたりはしていないようだ。
ちなみに子眷属の移動は転移装置を使って移動しているわけではなく、船での移動を行っている。
この船はツガル家から出ているものと、古くなった中古の船をユグホウラで買い取ったものを使っていたりする。
後々金属製の帆船を作る予定ではあるのだが、それまでのつなぎの船として買ったものだ。
あくまでも津軽海峡を行き来するための船なので、中古船でも十分だろうと考えて購入しておいた。
ツガル家とのやり取りは今のところゆっくりと進んでいるが、エゾよりもさらに北の樺太地方については既に三分の二近い面積の攻略が終わろうとしている。
この調子で行けば予定通りに冬の間に全域の領域化が終わりそうだが、問題は公領化がされるかどうかである。
もし公領化が行われるのであれば公領ボスを倒さなければならなくなり、その準備も必要になってくる。
下手をすればツガル家との戦と被る可能性もあるので、樺太方面の攻略は少し早めたほうがいいかも知れない。
俺がそう伝えれば、ファイ辺りが張り切って攻略してくれるだろう。
今は新たに生まれている子眷属たちの経験を積む目的もあって眷属が直接攻略することは控えているのだが、それを解禁すればスピードが上がるのは間違いない。
今年新しく誕生したレオやランカも参加させれば、さらにそのスピードも上がるはずだ。
そんなことを考えつつ樺太の大地をレオに乗りながら移動していると、目的地についた。
自分自身の転移魔法ではなく敢えてレオを使って移動しているのは、彼に乗りながら思考するのが最近の趣味になりつつあるからだ。
何となくだが馬の歩みによって生まれる揺れがちょうどいいリズムになって、深く物事を考えられるようになっている……気がするのだ。
ただ単に馬に乗っている感覚が楽しいだけという気もしなくもないが、ともすれば退屈になりがちなこの世界で新しい趣味を見つけられたのはありがたいことでもある。
「――うーん。予想通りといえば予想通りだけれど、ちょっと予想外のこともあったな」
そんなことを呟きつつ周囲を見回すと、あるところを境にして右半分が冬の植物で覆われていて左半分が普通の土地になっていた。
そこは冬の種の実験をしていた場所で、ちょうど領域化をしているところとしていないところの境の場所でもある。
「予想通りというのが世界樹様の魔力がある場所では進行速度が速いということだということは分かるのですが、予想外というのはなんでしょうか?」
そう聞いてきたのは、一緒に着いてきていたクインだ。
「それはあれだね。領域内に入ってからの進行速度が思った以上に早かったことかな。まるで何かで押さえつけられていたのが、一気にそのタガが外れたみたいに見えるね」
「確かに、エゾや他の場所よりも早く進行しているように見えます」
「もしかすると領域外で育った種だから自然に耐性か何かがついたのかもしれないね」
「そんなことがあるのですか? いえ。現に進行速度が変わっている以上は、何かがあるのでしょうね」
こうして比較してみれば、表現としてあっているかはわからないが、最初から領域内に植えられた冬の種から誕生植物たちはゆっくりと優雅に勢力圏を広げているように見える。
それに対して領域外で育った冬の植物たちは、領域内に入るなりこれまで厳しい環境で育ってきた分、はっちゃけるように勢いよく勢力を増しているように感じる。
それはあくまでも感覚的なものでしかないが、本体が世界樹ということもあるのだろうか、何となくその感覚が間違っていないと確信できていた。
同じ冬の種から出来る植物でも育った場所によって性格(?)が変わってくるというのは新発見だが、それが今後どう影響してくるかは分からない。
「単にそれまでの気分の問題という気もするけれど……まあいいや。とりあえずこのままどうなるのか放置して見てみようか。今のところ変な実害があるようには見えないし」
「畏まりました。――ですが、蜜の採取は分けておいたほうがいいかも知れませんね。味に影響するかもしれません」
「そうなのかな? その辺は任せるけれども……違っていたら教えてね」
「はい。ただ、違ったとしても微妙なものでしかない可能性もありますが」
「それはそれで一つの結果なんだからいいんじゃない? むしろ味に違いが出ること自体が驚きになるから」
「確かにそうですね。――では、そのようにしておきます」
「もし蜜の味に違いが出るのであれば、混ぜた場合にどうなるのかとかも調べたほうがいいかも知れないな。その辺は子眷属たちもわかっていると思うけれど」
「そうですね。色々と試してみようと思います。そもそも人族がどちらを好むかもわかりませんから」
「だね。というか人の趣向なんて千差万別だから、両方作っておいて差別化したほうがいいかも知れないよ」
冬の植物が育った環境によって蜜の味に違いが出ることを前提にしての話になるが、たとえ味に違いが出なかったとしても妄想を膨らませるのは悪いことではない。
冬の植物が条件に当てはまらなかったとしても、今後同じような植物が出てくるかもしれないからだ。
ちなみに冬の種から生まれてくる植物は、全部ひとまとめにして冬の植物と呼んでいるが、ダークエルフの里での実験からも分かる通りに色々な種類が存在している。
蜂の子眷属たちは、それぞれの冬の植物から出来る花から取れる蜜で、いくつもの種類の蜂蜜を作り出している。
「そうですね。ですが、蜂蜜が思った以上に人気で少し戸惑っております」
「あー。基本的に甘いものは南でとれるからね。甜菜は作っていないか、作っていても限定的みたいだし。だから特に北に位置しているツガル領では甘味は貴重なんだと思うよ」
「そのようですね。あとは趣向品に近い甘味を作っている余裕がないという理由もありそうですが」
「それもね。でも冬の間に食物が育てられるようになれば、その余裕も出てきそうだからね。養蜂……にまで手を出すかどうかは分からないけれど」
ユグホウラがこうやって養蜂に手を出すことができているのは、蜂の魔物が子眷属だからという理由が大きい。
いくら冬の間に育つ植物があるからといっても、人族が養蜂に手を出せるかは微妙なところだ。
もし蜂の魔物を家畜化することができれば可能になるだろうが、問題は人族が蜂の魔物を扱えるようになるかどうかといったところだろう。
少なくとも今のところは、そのような養蜂家がいるという話は聞いたことがない。
人族に養蜂家が育つかどうかはともかく、ユグホウラにとって蜂蜜は貴重な輸出品の一つとなっている。
今のところ相手はツガル家だけだが、できることならその相手もゆっくりと増やしていきたいところだ。
そのためにもまずは来年の春に行われる戦に勝ってユグホウラの存在を示すことが大事になってくるだろう。
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