(7)ドワーフの長の心配

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 ツガル家での感触は悪くなかったという報告を聞いて安心したあとは、いつもと変わらない日常を過ごしていた。

 少し変わったところでいえば、『龍の人』さんの強化計画がかなり順調に進んでいるようで、このままでいくとこちらの時期的にいえば冬には広場ができるかもしれないということだった。

 広場ができたところで春以降の戦に直接関係があるとは思えないが、今までできなかった直接の交流ができそうなことを喜ばしく思いたい。

 もっともホームとハウスで時間の流れが一定ではないのは相変わらずなので、もしかすると戦が終わった後になるかも知れない。

 それはそれで仕方ないので、期待せずに待つことにしたい。

 

 春の戦に向けての準備を進めつつ日々を過ごしていると、ある時何気なく訪ねたドワーフの長からいきなり声を掛けられることになった。

「――少し訪ねたいことがあるんだが、いいか?」

「おや。いつもはもっとざっくばらんですのに、珍しいですね」

 いつもであれば前置きなどせずに本題に入るようなざっくぱらんな長だが、何故だか言いづらそうな顔になっているのが印象的だった。

「うむ……。今作ろうとしているアレが必要なことだということはよくわかっているのだかな……」

「アレ……? ああ、もしかして造船所……ではなく、錬金所のことですか」

「そうだ。だがアレができると……今までのような鍛錬がなくなると思うのだが、その辺りはどうなのかと思ってな」


 ここまで聞いてようやくドワーフの長が懸念していることが分かった。

 錬金所で大量生産されるような加工品は、鋳造によって造られることになる。

 鍛造を主体として加工を行っているドワーフの長は、技術の進化に追いやられることを気にしているのだろう。

 逆にいえばそれだけ錬金所の存在が脅威に思われているということになるのだが、このままでは一部のドワーフの士気にも関わることになる。

 

 さすがにそれはまずいので、ちょっとした話をしておくことにした。

「ちょっと長くなりますが、ある話を聞いてもらえますか?」

「うむ……? なんだろうか?」

「それは、この世界ではない。今は誰も行くことのできない、時間さえも違っている可能性のある世界のことです」

 唐突に突拍子もないことを語り始めた俺を見て、長は少しだけ目を丸くしていた。

 

 そんな長の様子に気付かなったふりをして、そのまま話を続ける。

「その世界では、こちらの世界とは違って科学技術というものが発達していました。簡単に言ってしまえば、主要各国であればあのような錬金所がいくつも稼働しているような世界です」

「そのような場所が……」

「まあ、夢の国のような世界だと思ってください。そんな世界ですが、当たり前ですが最初からそんな大型の加工所があったわけではなく、それどころか職人が鍛造をメインにして武具を作っていた時代もありました」

「それは確かにそうだろうな。いきなりあのような場所ができるとは思えないからの」

「そういうことです。それで、そこまで技術が発展した世界ですが、鍛錬の技術が完全に廃れたと思われますか?」

「それは……そういう言い方をするということは、なくなってはいないということだな?」

「そうなりますね。そもそも時代的にも既に刀剣を使って戦をするような世界ではなかったので武器の需要自体がほとんどなくなっていましたが、それでもその技術は形を変えて包丁などの作成で残り続けていましたよ」

 その話で俺が伝えたかったことが理解できたのか、ドワーフの長は感慨深げな表情になって大きくため息をついていた。

 

「そもそもこちらの世界にも鋳造の技術はあるわけですから、いずれは似たような発想をする者が出てきてもおかしくはないでしょう?」

「確かにな。問題はあそこまで大型化できるほどの技術があるかどかだが……発想と、あとは投資力があればできてもおかしくはないな」

「そういうことです。今は鋳造で造った武具なんかはもろくて使い物にならないと見向きもされていないようですが、とにかく数を揃えたいだけの場合には必要な技術ではあります」

「それは儂も否定しない。鋳造で造った武具が好きになれないという個人的な感情はあるが」

「実は私もです」

 少し笑いながらそう答えると、長が少し驚いたような表情になっていた。

 錬金所、そして造船所の製造に邁進しているトップの俺が、そんなことを考えているとは思っていなかったという顔だ。

 ちなみにその思いは俺だけではなく、ユグホウラの生産トップであるアイも同じように考えている。

 

 驚いている長の顔を見て少し面白く感じながら、折角した話だからとさらに付け加えた。

「先ほど話した夢の国の世界ですが、既に刀剣での戦いは終わって別の形になっているというのは言ったとおりです。そんな世界ですが、刀鍛冶自体も数は減らしつつもきちんと残ってはいましたよ」

「そうなのか? 日用品関係に鞍替えしたわけではなくか?」

「ええ。といっても刀は実用品ではなく美術品の一種として扱われていましたけれどね。過去に作られた最高級品は、時に家すら買えない値段で取引されるほどでした。あくまでも極端な例ですが」

「それはまた。……今の儂には想像もできないような世界だな」

「ハハハ。それはそうかも知れませんね。それにこれはあくまでも私の想像ですが、こちらの世界では夢の世界ほど数が減ることは無いと考えていますよ」

「それはまた、何故だ?」

「簡単です。こちらの世界には魔物がいてダンジョンがありますからね。夢の国の世界では、そういったものはあくまでも空想上の世界のものでした」

「なるほど。確かにそなたが言いたいことはよくわかった」


 俺の話を聞いてある程度納得できたのか、長は目を瞑って何事かを考え込んでいた。

 魔物がいてダンジョンというある程度空間の制限された戦いの場がある限りは、刀剣がなくなることはないと俺は思っている。

 魔物にけん銃の類が効かないとは思わないが、あくまでもその効果は限定的だろうというのが今のところの考えだ。

 簡単な例を示せば、恐らく今のファイなんかはたとえマシンガンの連射を食らったとしてもそれを防いでしまうだろう。

 

 もっともマシンガンの攻撃を強靭な肉体でいくらか防いだうえで、それを持って攻撃してくる者を一気に倒してしまうという形になるだろうか。

 そもそも銃関係の武器というのは、その攻撃が当たっても防がれることを想定して作られてはいない。

 使う者の腕によって外してしまうことはあるのだが、当たったのに防いだうえで攻撃し返してくると想定されてはいないのだ。

 銃による攻撃が防がれてしまえば、あとは刀剣を扱うことに長けた戦闘職ほどに訓練されていない者が残るだけだ。

 

 勿論長(中?)距離は銃で攻撃をして短距離は刀剣でという戦いもできるが、訓練がどっちつかずになってしまう可能性のほうが高い。

 そんなことになるくらいであれば、最初から重火器はないものとして考えていたほうがましだろう。

 ――と長と話しながらそんなことを考えていたのだが、そもそもこちらの世界で未だ火薬に類するものすら見つけていない。

 もしかすると例の上司の趣味で、『剣と魔法の世界に火薬はいらん!』という意見がまかり通っている可能性も無きにしも非ずだ。

 

 ただ一応近未来的な世界にも行けるようになっていたことから、偏見のようなものはないと思われるが。

 とにかくこちらの世界で重火器を作る予定は、今のところはない。

 そのためドワーフの長が心配するようなことにはならないと、楽観的に考えているのである。




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ちなみに本文では「強靭な肉体」と表現していますが、魔力的な強化も含まれております。

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