第14章

(1)人族の考え方

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 ツガル家の戦が終わってからひと月が経っていた。

 その間にツガル家は、大々的に戦勝パレードのようなものを行ったり、他家に対して外交交渉を行ったりと精力的に活動をしていた。

 その中には当然のように戦後処理も含まれていて、それぞれの陣営の重鎮たちは忙しく動いていたようだ。

 敗れた二家の内トウドウ家については、ツガル家にとっての戦時中に大枠の合意を済ませていたので、そこまで議論が紛糾することはなかった。

 それでも細かいところでの調整は続いていたが、多くの時間をかけるということはなかった。

 それに対してイトウ家は、以前から細かい戦闘を繰り返しているということもあってか、かなり強気の交渉をしてきたらしい。

 負けた側が強気でいれるというのも不思議だが、そもそもツガル家は自領にまで踏み込まれたわけではない。

 領内に踏み込まれた時点で返り討ちにしたと強気に言われてしまえば、それに反論する材料もないのだ。

 

 その条件はイトウ家も同じなのだが、ではなぜイトウ家が領内の町を譲渡するにまで至ったかといえば、そもそも同盟を破って踏み込んだのがイトウ家側だったということがある。

 既に戦が起こった者同士では別に気にすることもないのだが、簡単にいえばイトウ家は他家からの評判を気にしていたのだ。

 同盟破棄の裏切りを行った上、戦にも負けたのだからある程度の誠意を見せる余裕があるというのを周囲に見せたかったと思われる。

 平和な国家で育った俺としては何とも分かりにくい感覚だが、その辺りの機微も少なくとも本島では通じるやり取りなのだろうと納得することにした。

 これが大陸に移ればまた違った習慣というか、慣習のようなものがあるのだろう。

 それに対して一々突っ込んでいては、人族との交流もままならないのだろうと。

 

「――わかってはいたけれど、やっぱり人族との交流は一筋縄ではいかないかな」

「本当にその通りです。今はまだ……というよりも宗重殿が笑ってくれているからいいものの、いずれは失敗をやらかしそうです」

 ため息交じりに本音を言った俺に、人族との交流の先頭に立っているクインが同じような顔をして返してきた。

「本当なら魔物を統べる集団だぞと威嚇だけしていけば、あとはどうとでもなると思うんだけれど……」

「それをやると後の反発が怖い――ですね。私もツガル家の方々を見ていて、ようやく実感として沸いてきています」

「そうか。それはよかった……のかな?」

 魔物であるクインが人族の怖さの一端でも知ることができたのであればよかったのだろうが、それ故に委縮してしまっては魔物としてのよさがなくなってしまうので、いいことなのか悪いことなのかは判断がつかない。

 

 人族との付き合いでクインがどう変化していくかはわからないが、少なくとも眷属であるクインが世界樹を中心に据えて物事を考え続けるだろうということはわかる。

 だからこそ眷属は眷属であるのだし、俺自身も眷属のことを人族以上に信用している。

 そもそも眷属がその主を裏切ったりできるのかどうかはわからないが、よくある設定のようにこちらが傍若無人な態度を取っていればそういうこともあり得るとは考えている。

 魔力的に縛られているから大丈夫だと考えることもできるが、わざわざ試してみようとも思わない。

 

 主と眷属の関係はともかくとして、人族のまとまりの関係性はそれぞれの地域や歴史によって変わってくる。

 その上で起こる出来事に「なんでや」と心の中で突っ込むのは良いとして、実際に訂正するのは間違っている。

 それをしていいのは、その集団の中できちんと実力を認められたうえで発言権を得たうえで行わないとどんな反発を食らうかわからない。

 人をそれは一言で「空気を読む」というが、どこの世界に行ってもそれは変わらないのだろうと思うことにしている。

 

「――とにかくイトウ家に関しては、いくばくかの金銭と約一年という猶予が与えられることになりました。もっともツガル家側はすぐにでも攻める気満々のようですが」

「おっと。そうなんだ。停戦期間があるから今すぐに――ということはないにしても、来年になったらまた戦争かな?」

「恐らくそうなるでしょう。どちらかといえば、期間を延ばしたがっていたのはイトウ家側でしたから」

「なるほどね。そうなるとトウドウ家側は攻められる心配がないってことかな?」

「停戦期間が二年ですからね。その間にある程度の決着をつけるつもりなのでしょう。イトウ家側がそのことを知っていたかは、微妙なところですね」

「――うん? 連携していたんだったらその辺りの情報も行っているんじゃない?」

「そもそも一時的な連携ということもあってか、今回失敗したことでその辺りのやり取りも途絶えているようですね。あくまでも人づてでの情報収集に代わっているようです」

「あらま。たった一度の失敗でご破算か。これは、ユグホウラが手を貸さなくてもツガル家が勝っていたかもな」

「かもしれませんね。ですが、私たちが手を貸したことで、楽になったことは間違いないでしょう」


 思ったよりも恩を押し付けることはできなかったようだが、それでもクインの表情は明るいままだ。

 ということは、事前に約束されていた内容が反故にされたということはないということはわかる。

 不思議に思ってそのことを聞いてみれば、返ってきた答えはツガル家にとってはもともと想定内だったようだ。

 さらにこちらが世界樹だと分かっているので、最初からそんなことを考えてもいないという雰囲気だったそうだ。

 

「そういえば、サダ家との関係については伝えた?」

「はい。ある程度は、ですが」

「それでいいよ。こっちから全部教える必要はないから。必要であれば向こうで調べるでしょう」

「そうですね。あちらもそのつもりのようでしたから」


 同盟相手から教えてもらった情報を一方的に信じているようであれば、この先生き残ることなどできないだろう。

 きちんと自前で調べる能力があって初めて、対等に物を言い合える関係になれる。

 別に対等になってくれることを目指しているわけではないが、せめてそれくらいのことは出来るようになっていてほしい。

 そうでないとツガル家が大きくなったときに、本当の他の勢力と渡り合っていくことなどできるはずもない。

 

 ――とまあ偉そうなことを考えてはみたが、その辺のことは当然のようにツガル家も把握しているようで、特に文句のようなことも言われなかったようだ。

 その程度のことができなければ、ここまで生き残ることはできなかったのだろう。

 これだけの能力があるのに未だに領土とか領地という意識が低いのは、やはり歴史的なものと環境の要因が大きいのだと思う。

 主に後者は魔物がいるせいで土地を広く持つという意識が、地球に比べて低いように感じる。

 

 そのお陰もあってか、ユグホウラが山林の攻略をするといっても、特に反発されるようなこともなかったそうだ。

 険しい山の中よりもまだまだ平地で使える場所があるというのも大きいのだろうが、それ以上に今ある町や村を発展させることに意識が向いている。

 それはツガル家だけではなく、他家も似たり寄ったりの考え方をしている。

 これが本島だけのものなのか、大陸に行っても同じなのかは慎重に調べなければならないが、少なくとも本島を攻略する上では楽になることは間違いない。

 

 問題があるとすれば人が住んでいる町や村がある場所をどうやって攻略していくかだが、それはその時になってみないと分からない。

 ノースの町やセプトの村を領域内にいれた時と同じように、案外あっさりと取り込むことが出来る可能性もある。

 いずれにしても北の大地に比べて人が多く住んでいる本島攻略は、まだまだ始まったばかりで分からないことも多いはずだ。

 人族との関係もあることから出来る限り慎重に、でも可能な限り素早く攻略を進めていけたらと考えている。




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