(10)反省点

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 ツガル家の戦は最後の話し合いも含めると二か月近くかかったわけだが、その間に見事イェフ夫妻を説得できたユリアはエゾ内各地を見て回る旅に出ていた。

 予想通りに最初は渋っていた夫妻だったが、きちんとした護衛がつくということと子眷属たちの輸送の訓練になると言われて納得したらしい。

 護衛についてはともかくとして輸送の訓練についてはユリアに話していなかったのだが、どこでつけた知恵なのかしっかりと説得の材料にしていたようだ。

 そのことをイェフから若干愚痴っぽく言われたのだが、全く身に覚えのない俺と二人で驚いていた。

 一応豪族の娘として戦の知識もイェフ本人から教えられてはいたようだが、しっかりと身に着けていたようである。

 ちなみにイェフには、この時に戦の結果も教えておいたのだが「そうか」とだけ呟いてそれ以降は何も言っていなかった。

 時間がなかったというのもあるのだろうが、サダ家の介入も見受けられなかったので静観することにしていたのだろう。

 それをイェフがどう考えているかはわからないが、ここで突っ込むような話ではないと考えて何も言わなかった。

 

 イェフとサダ家に関連した話をする前に、戦争から戻ってきたクインの報告を聞いていた。

 正確にいえば結果報告と今後のための反省である。

「――ただいま戻りました」

「お疲れ様。残念ながら犠牲もなしに……とはいかなかったけれど、上々の結果だったんじゃないかな」

「申し訳ございません」

「いや、ごめん。俺の言い方が悪かったかな。戦争なんだから全くの犠牲もなしにというのは都合がよすぎるよね」

 そもそも領内を安定させる目的で行われている魔物の討伐でも、全く犠牲が出ていないわけではない。

 戦争だったからとそちらの犠牲者だけを悼んでいたのでは、通常の戦闘での犠牲者が報われないだろう。

 だとすればどちらの犠牲者も悼む施設を作れば――。

 

 ――と、そんなことを考えていると、その思考を読んでいたのかクインが止めに入ってきた。

「主様。そもそも魔物私たちには、死者を悼むという習慣がございません。集団墓地なりを作ろうとされているのであれば、止めておいたほうがよろしいかと」

「え……えーと。そうなんだ?」

「はい。わかりやすいのは霊体系なんかがいますが、そもそも肉体が残らずにそのまま消えてしまう種もいるくらいですから」

「あ~。なるほど。死者の『形』が残らない以上は、供養するという気持ちも沸きづらい、と?」

「それに加えて、魔物は魔石によって発生しているということを本能的に理解していますから、転生という概念もないに等しいのですよ」

 勿論、生前の仲間のことを考えて寂しがるような感情が全くないわけではない。

 だがその感情は人族のそれとは違った方向性のもので、墓を作るという行為自体があまり意味のないものらしい。

 墓を作るということは、アンデットの類を用意するという意味あったりするので猶更ややこしいともいえる。

 

「確かにアンデットとかのことは忘れていたな。反省。――まあいいや。それはともかく、ツガル家の戦闘についてだけれど……反省すべき点はいっぱいあったね」

「はい。ツガル家の皆は喜んでいましたが……もう少し引き付けることもできたかと」

「それね。予想以上にあっさりと冒険者に任せてしまったみたいだけれど、何か理由があるのかな?」

「これは完全に情報収集不足だったのですが、人族も魔物の行動パターンによって攻める攻めないを決めているようです」

「うん……? どういうこと?」

「簡単にいえば、魔物を定住型と放浪型に分けて対処をしているようです。定住型であれば人族に住んでいる領域には来づらいので、敢えて藪蛇を突く必要はないという考えです」

「……そういうことか。でも今回みたいな大軍の場合、いつ動き出すか分からないと思うんだけれど?」

「そうですね。ですので監視という名目で冒険者に依頼を出して、軍隊は戦争の方に参加したのだと思われます」

「そういうことか。これは相手の指揮官が無能だったというよりも、むしろ有能だったと考えるべきだろうね」


 俺の中の常識では目の前に魔物の大軍がいれば、まずそちらを対処するという方針を取っていたはずなのだが、こちらの世界ではそうとも限らないらしい。

 むしろ話を聞いてみれば、納得できることではある。

 いつ動き出すか分からない魔物を相手に、金食い虫である軍を常駐させておくのが無駄と考えるのは当然だとも言える。

 ましてやそれが、戦略的にプラスになるどころかマイナスになるような場面では猶更だろう。

 

 クインの話を聞くまでは相手をしていた指揮官が無能だったんじゃないかとさえ考えていたのだが、それは完全にこちらの思い込みでしかなかったらしい。

 もう一つ付け加えると、森の中で定住している魔物を相手にすると要らない犠牲が増えることが考えられる。

 その場合の犠牲と平地まで出てくるまで待って戦った場合の犠牲を天秤にかけたのだろう。

 人族の軍隊にとっては動きずらい森の中よりも平地の方が犠牲が少なくなると考えるのは、軍を率いる者としては当然の考えなのだろう。

 

「――うん。人族は一筋縄ではいかないと思っていたけれど……さすがにこの辺は相手が一枚上だったか」

「申し訳ございません」

「いや。反省する必要はあるけれど謝る必要はないよ。むしろ本格的な戦いが起こる前に分かっただけよかったとしようか。それにツガル家は文句を言ったりしていなかったんだよね?」

「はい。むしろよくやってくれたと言っておりました」

「なるほどね。ツガル家は魔物を放置して向かって来るってことを、最初から想定していたってことか」

「……後から考えればそうなるのかと思います」


 珍しく悔しそうな表情を浮かべているクインに、俺は改めて落ち着くように言った。

 人族との戦いの経験が不足しているのは、最初から分かっていたことだ。

 ツガル家には今回のことでそのことが伝わってしまっただろうが、そもそも魔物の部隊を囮に使うような真似は早々発生するとも思えない。

 今後はユグホウラの存在も明らかになっていくはずなので、囮のように隠して運用する意味がないからだ。

 ユグホウラの存在は既にツガル家とサダ家の二家に知られていて、今後も増えていく可能性の方が高い――というよりもどんどん増やしていくつもりだ。

 一応ツガル家の方針を待ってから対処するつもりではあるが、いつまでも隠れた存在でいるつもりはないし、隠し通せるとも考えていない。

 本島の攻略を進めれば進めるほど難しくなることも分かっている。

 

「程度の差はあったにせよ、当初の目的通りにツガル家に恩を売ることができた。それで良しということにしようよ」

「……そうですね。はい。畏まりました」

 俺からのダメ押しが聞いたのか、クインもようやく吹っ切れたような表情になっていた。

 今後は今回の反省も含めて動いてくれるはずだ。

 

 反省点はあるにせよ、当初の目的であるツガル家との接触も終わって交易の道も開かれている。

 なによりも本島の攻略も始めることができているので、結果としては十分な結果といえる。

 今後についてはツガル家がどう対処してくるかによって変わってくるので何とも言えないが、感触としては悪い方向にはいかないはずだ。

 もし考えるとするならば、ツガル家が今回のような二方面作戦を取られないように動くといったことだろうが、そこを考えるのはそれこそツガル家の役目であってこちらで考えるようなことではないだろう。




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