(9)戦の結果

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 ツガル家の本隊がトウドウ家と直接的な戦闘になる数日前のこと。

 あと少しでツガル家の勢力圏内に入るところまで来ていたイトウ家の軍隊は、行軍途中の横にある山中で大量の魔物が発見されたという報告を受けることになった。

 勿論その報告にある魔物とは蜂の子眷属たちのことで、ぎりぎりイトウ家の勢力圏に入るように事前に展開していたものだった。

 この発見でイトウ家の軍隊は、しばらくの間停止することを余儀なくされた。

 四千近い数の軍なので一気に攻めてしまえばいいとならなかったのは、報告にあった大量の魔物というところに引っかかったからだろう。

 人の軍と当たるよりも魔物と戦っている時間の方が長いと言われるようなこの世界では、魔物相手にむやみやたらと数で押し切るという作戦はとらない。

 数で押しきることができたとしても、その場合の被害のほうが大きすぎると経験で知っているからだ。

 そのためまずは、魔物がどういう集団なのかをきちんと偵察することを選んだようだ。

 

 この時点で現場に集まっていた子眷属たちは全部で四千ほどいたのだが、偵察に見つかった数は二千ほど。

 残りの二千は、蟻の子眷属が用意した地下空間に身を隠していた。

 単純な数では二分の一しか見つけられなかったということになるが、それでもイトウ家の軍勢はすぐに攻めてくることはしてこなかった。

 自勢力の山中にこれほどの大量の魔物が発生していることには驚いていたようだが、それでもすぐに討伐とならなかったのは上位種が多数見つかったという報告があったからだろう。

 

 この報告によりイトウ家の軍の上層部は、このまま行軍を続けるか魔物を処理してから行軍を続けるかの選択に迫られることになった。

 通常の場合では、一も二もなく魔物を刈り取ることに注力するのだが、今回の作戦はトウドウ家との連携作戦のために簡単に行軍を止めるわけにはいかない。

 というわけでイトウ家が取った作戦は、部隊を二つに分けるというものだった。

 部隊を二つに分けた時点で既にイトウ家の負けは確定していたようなものだが、当事者は自身があっての作戦だったのだろう。

 

 蜂の魔物は所詮は普通の蜂が変化したもの――そうした常識があったのかは知らないが、山中にいる子眷属たちに対してそのまま二千の兵力をぶつけてきたのだ。

 それだけで打ち取れるとう自身があったのだろうが、あまりにもお粗末すぎる作戦だったといえる。

 もしツガル家との戦争がなければもう少し余裕を持った作戦を取っていたのかもしれないが、それは結果論でしかない。

 とにかく二千の部隊を任された責任者は、力押しでその数の魔物をどうにかしようとしてきたのだ。

 

 結論からいえば蜂の魔物を壊滅させようと山中に入った部隊は、一度目の戦闘で五百ほどの犠牲を出して逃げ帰ることになる。

 この時点で普通の魔物であれば、逃げる部隊を追いかけてきてもおかしくはない。

 そうして人に有利な平地で戦えれば、まだ何とかなるという目論見もあったのだろう。

 だが残念ながらそうはならず、魔物の大軍はまだ山中に残ったままだった。

 

 さすがにこのままではまずいと判断したイトウ軍は、すぐさま別れた本体へと連絡を取った。

 結果としてイトウ家が取った選択肢は、魔物の大軍を無視して本隊と合流させるというものだった。

 ただ魔物を完全に無視したわけではなく、魔物討伐を専門としている冒険者ギルドに殲滅の依頼を出した。

 残った千五百の軍勢は、冒険者たちが集まるまでの時間稼ぎをするためのものになっていたそうだ。

 

 そんなこんなで冒険者が集まるのを待って残りの軍勢も合流することになる……はずだったのが、その途中で不幸に見舞われることになる。

 山中にとどまったはずの蜂の魔物が、行軍中に襲い掛かってきたのだ。

 そんな不意打ちを予想もしていなかったイトウ家の軍は、ここでも大ダメージを負うことになる。

 この戦闘で子眷属たちにも少なくない犠牲が出てしまったが、せいぜい百程度のものだったので想定の範囲内ではあった。

 

 それに対してイトウ家の軍隊は五百近い犠牲が出ていたのだから十分すぎるほどの成果だったといえるだろう。

 そうなってしまえば残った軍勢は、死に物狂いで本隊に合流するしかない。

 これに対して無理に仕掛ければ、こちらも犠牲が大きくなると判断してそのまま合流するのを見送ることにしたそうだ。

 最終的には千近くの数を減らすことと三週間近い時間を稼げたので、十分だったと言えるだろう。

 

 一方で別れた本隊は、ツガル家の勢力圏にある最初の砦の攻略にかかっていた。

 とはいえツガル家側は完全に防衛に専念していていて、すぐに落とせるわけではないと判断したようだ。

 そのため別れた部隊が戻ってくるまでの時間稼ぎ的な戦闘を繰り返すだけで、お互いに大きな被害が出るようなことにはならなかったらしい。

 そんな中で半分近く減らして残りの軍が合流した時点で、イトウ家は再び選択肢に迫られることになる。

 

 いくら千の部隊が合流したからといって、砦内で防衛に徹している相手を打ち崩すのは容易ではない。

 犠牲を気にしなければ落とせないことは無いだろうが、それだとその後の統治が上手く行かない。

 とはいえ折角トウドウ家と連携で来ているこのチャンスでツガル家を攻め切れなければ、次の機会は来ないかもしれない。

 そんな焦燥がイトウ家にはあったのか、一度だけ本気の城攻めを行ってていた。

 

 ただその城攻めをどうにかしのぎ切ったツガル家は、戦の合間を見て再び砦内に引きこもりを始める。

 この時点でイトウ家の被害も大きくなっていて、ほぼ砦を落すのは不可能な状態となっていた。

 当初の予定では既にこの砦を落していたはずなのだが、やはり魔物との戦闘で余計な犠牲を出したのが痛かったとイトウ家の上層部は苦々しく思っていたことだろう。

 そんな中で二回目の城攻めをしようとしたイトウ家に、信じられない報告が飛び込むことになる。

 

 予定ではトウドウ家と戦っているはずのツガル家の本隊が、向かってきているという報告だった。

 到着まではまだ一週間ほどかかるという状況ではあったが、それでもその報告を無視するわけにはいかなかった。

 何故なら一週間後までにはツガル家の部隊が到着することがほぼ確定しており、それまでの砦を落しておかなければならなかったからだ。

 さらにいえば、無事に砦を落したとしてもその本隊の攻めを防ぎきれるほどの戦力を残せるかどうかも考えなければならなかった。

 

 結論からいえばイトウ家が取った方針は、残った部隊を領地に戻すというものだった。

 死に物狂いで砦を落したとしても、残った部隊で守り切るのは不可能だと判断したようだ。

 自領に引いていくイトウ家の軍を見て、ツガル家の砦内では歓喜の声が沸いたらしい。

 自分たちが負ければツガル家の負けに直結しかねなかった状況なので、そうなるのも当然だろう。

 

 そんなこんなでツガル家の本隊が日本海側に到着した時には、既に今回の戦の趨勢が決着していた。

 その結果は、ツガル家の勝利。

 残念ながら圧勝とはいかなかったが、二家から同時に攻められて防ぎ切ったという結果はトウドウ家、イトウ家の両家に衝撃を与えることになる。

 またイトウ家が攻め始めるというタイミングで現れた魔物についても、再度の調査が入ることとなった。

 

 何故ならその魔物の大軍は、いざ冒険者が対処を始めようとしたタイミングで煙が消えたかのようにいなくなってしまったのだ。

 それほどの数の魔物が移動していればどこかに痕跡が残っていてもおかしくはないのだが、山中を探っても途中でぱたりと消えていたのだ。

 それ以降はどこをどう探しても魔物たちは見つからず、イトウ家の当主から冒険者に対して厳しい発破がかけられることになる。

 とはいえ既に戦の結果自体は決まってしまっているので、それを変えることはできなかった。

 

 ちなみに……消えた子眷属たちがどこに行ったのかといえば、蟻たちが掘った地下通路を使ってツガル家の勢力圏に戻っただけである。

 さすがに穴掘りのプロ(?)だけあって、通路を隠しとおすことも見事にやってのけたらしい。

 いずれにしてもユグホウラとしては百点とはいかないまでも、十分な結果を残してこの戦を終えることができたのであった。




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※何故大量の魔物を放置して、本隊の方に駆けつけるの? ――と思うかもしれませんが、それについては翌日更新の話をお待ちください。

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