第13章

(1)誕生ラッシュ

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 冬が開けて春……の初め。

 ホーム周辺でも雪が解けてようやく地面が見え始めて雪解けの水が小さな水の流れを作り始めていたその頃に、ユグホウラでは変化が起こっていた。

 それが何かといえば、以前から魔力の供給をしていた卵が孵化し始めて、ミアたち狼種の出産が始まったのだ。

 ほぼ同時に始まったのはやはり気温の変化が関係しているのかとも思ったが、はっきりしたことはわからない。

 ともかく卵の孵化が始まったのは確かなので、俺自身はそちらに頻繁に顔を出すようにした。

 狼たちは放っておいても自分たちでどうにかするはずなので、たまに眷属たちの誰かに様子を見てもらうだけで構わない。

 そうして始まった出産ラッシュは、最初の兆候が見えてから翌日にはすべて終えることとなった。

 これだけ一斉に始まって一斉に終わるのも珍しいのだろうなという感想を残しつつ。

 

 まず最初に誕生することになった馬系の卵からは、真っ白な体に赤い目をした白馬が生まれた。

 レオと名付けたその馬は見た目はごく普通の馬と変わらないように見えたが、時折白い息を吐き出している。

 それは別に寒さのためではなく、どうやら戦闘時にブレスを吐くための予備動作らしい。

 世界樹の根に守られた場所で戦闘が起こることは無いのだが、まだ幼いためにきちんとした調整ができないようだ。

 

 続いて卵から誕生したのは、ドラゴンの子供――その名の通りドラゴンパピィだった。

 頭の先から尻尾の先まで五十センチほどのその体は真っ赤な鱗で覆われていて、触ると冷たいような温かいような不思議な感触がした。

 ランカと名付けたそのドラゴンパピィは、最初から懐いていて生まれてすぐにその翼を使って空に飛び上がると何故か俺の頭の上に乗ってきた。

 お陰でレオがじゃれついて頭の毛をハムハムすることは免れることになったのだが、ドラゴンが常に頭の上にいるというはた目で見て不可思議な状況になっている。

 

 そんな俺を見てシルクが笑いながら言ってきた。

「――まあ。随分と懐かれましたわね」

「いいことだとは思うんだけれど、どっちも懐きすぎのような気もしなくもないな。ドラゴンも馬も刷り込みなんてないよね?」

「勿論ですわ。ただ単に、主様の魔力に触れていると心地いいのでしょう。特に生まれたばかりですし」

「そんなものか。でも、アンネの時はここまでじゃなかった気がする」

「あら。そうですか? 結構べったりだった気がしますわ」

「シルク!」

 笑っている口元を隠しながらそんなことを言ったシルクに、たまたま傍にいたアンネが抗議の声を上げた。

 その目がジト目になっているのは、恐らくシルクが言った通りだったことに自覚があるためだろう。

 

 アンネの声に驚いたランカとレオが、頭や背中の後ろに隠れるようにしたのはご愛敬だろう。

 ただ隠れられた当人は、不満げな表情を浮かべた。

「別にあなたたちに怒ったわけではないというのに……生まれたばかりの子に言っても仕方ありませんか」

「あなたはもう少し細かく魔力の制御ができるようになった方が良いですわ」

「むう。穴を掘るときと子を作るときは、簡単に出来るのに」

「それは種族特性でしょう? そういうのは普段からの訓練が重要ですわよ?」

「ハイハイ。わかりましたよ」

 シルクからのお小言のような言葉に、アンネは適当に答えを返――したように聞こえるが、これで実は真面目に受け取っている。

 なんだかんだ言いながら、アンネは先に生まれている眷属の言葉にはとことん弱かったりする。

 

 そんな二人のやり取りを聞きながら定位置になりつつあるランカとレオを引きつれて、今度は狼たちがいる厩舎へと向かった。

 厩舎の中に入ると、早速とばかりにルフたちが出迎えてきた。

 さらに出産を終えたばかりのミアたちもそれに加わろうとしてきたので、慌ててそれを止めた。

「待って待って。そのままでいいから。今は生まれた子たちが優先して、ちゃんとミルクを上げるように」

 慌ててそんなことを言ったが、何故から母親たちからは「ちょっとくらいは大丈夫なのに」と逆に恨めし気な視線を向けられてしまった。

 一瞬俺が間違っているのかと思いかけたが、すぐにそんなはずはないと思い直す。

 

 ルフを含めて四頭の母狼が生んだ子は、全部で十頭になる。

 ここまで来るとさすがにすべての子供たちを把握するのは不可能になってくるので、これ以降は子眷属――すなわちミアが生んだ子だけを頭に入れていくことになるだろう。

 もしかすると孫眷属に当たる狼が頭角を現すこともあるかも知れないが、その時はその時に覚えればいい。

 それにしても、今のところ二年ごととはいえ鼠算式に増えていっているような気もするが、今後もこの調子で増えていくのだろうか。

 シルクのような多産系の魔物は自身で調整できるようだが、狼たちがどうなるかはよくわからない。

 自然界の狼は勝手に数を調整するという話もあるだろうが、魔物の狼はどうなのだろう。

 いずれにしてもまだまだ先の話なので気にすることは無いと思うが、頭の片隅には入れておきたい。

 

 狼の子たちはまだ産まれたばかりなので、どうにかヨチヨチ歩くのがやっとのようだ。

 さすがに魔物だけあって目が見えていないということは無いらしいが、この瞬間が魔物として一番弱い時期なのは間違いないだろう。

 ルフに確認してみたが、他の個体はわからないが皆がホームに集まっているのは、やはり他の魔物に狙われることがないからという答えが返ってきた。

 狼たちには特定の仕事を与えているわけではないのでどこにいても構わないと思っているのだが、相方を見つけたルフの子たちが集まっているのにはそういう理由があるからなのだろう。

 

 今後子供たちがどういう成長をしていくのかわからないが、狼種には領域内を自由に動き回って魔物の討伐をしてほしいと思っている。

 結果的にはそれが自由に動き回ることに繋がるわけだが、特にこちらからそうした指示をしたことはない。

 ホーム周辺に入り浸るのも構わないし、いずれ遠くに出向いて帰ってこなくても構わない。

 もっともルフの話を聞く限りでは、ホーム周辺が安全すぎて少なくとも出産時に戻ってこないという選択肢はなさそうだ。

 

 そんなこんなで出産ラッシュが続いた数日後には、ホーム周辺はいつもの落ち着きを取り戻していた。

 生まれたばかりの子たちは元気に動き回っているが、周囲を明るくする効果があるので十分役にたっている。

 ランカとレオは相変わらずくっついて来ているが、むしろそのほうが安全だろうとそのままにしている。

 クイン曰く俺自身が放っている魔力があって心地いいかららしく、魔力が安定して来れば独自に動き回ることも増えてくるだろうとのことだ。

 

 ランカとレオのためにずっとこっちに出ていなければならないのかとも思ったが、流石にそれは大丈夫らしい。

 俺がいないときは、卵が置いてあった一番世界樹の魔力が安定している場所で寛いでいるそうだ。

 そこにいれば他の眷属が顔を出すことも知っているので、俺の傍の次に落ち着く場所なのだろう。

 ツガル家の領地で戦が起こることが確定しているので、これから忙しくなることは確定しているがずっとこっちにいるわけではないので別に落ち着ける場所があるのは助かる。

 

 それが杞憂ではなかったことが、一度ハウスに戻った時に確認した掲示板で証明されることになる。

 以前から話に出ていた「初のダンジョンマスター(プレイヤー)のブートキャンプ計画がこのタイミングで発動することになったのである。




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なんと本作品がカクヨムコンテストの中間選考を通過いたしました。


それもこれも普段から応援してくださっている皆様のお陰です。

ありがとうございます。

m(__)m

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