(9)上陸作戦

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 ツガル家とイトウ家との戦争にちょっかいをかけるために船で移動する子眷属たちは、すべて完全に人の姿を取れる者とした。

 いかにツガル家当主の命令があったとしても人の口には戸が立てられないということわざがあるくらいなので、見た目ですぐに魔物とわかる者を乗せると必ず情報は外に漏れる。

 どうせならば作戦を完璧にしたいので、少しだけ疑念が生まれる程度で押さえておくためにもそのような対処をすることにした。

 ちなみに蜂の子眷属であれば羽さえ隠せば人の姿になれるのだが、今のところその姿が取れるのは五百人ほどしかいない。

 余談だが、親に当たるクインは当然のように人の姿になれるが、ツガル家との対談では敢えて魔物だと知らせるために人の姿はとらなかったそうだ。

 本島に渡ると予定している千五百ほどは、別の手段で渡るとだけ伝えている。

 一言で言ってしまえば転移装置を使って移動するのだが、装置の存在は今のところ伝えるつもりはない。

 伝えたところで人族には使えない仕様になっているので問題はないのだが、色々と面倒になりそうなので伝えるのはひかえている。

 

 転移装置を本島に置くということは、ツガル家の領地を領域化しないと装置を使うことはできない。

 というわけで、しっかりとツガル家の了承を得てから領地の一部を領域化している。

 その際に、第一陣として本島に渡った子眷属たちがあっさりと領域ボスを倒すところを見ていたらしいが、あまりのあっけなさに若干引いている者たちもいたそうだ。

 領域ボス程度で引かれるとそれ以上になるとどうなるのかと思うのと同時に、この世界の人族は魔物に対して無力すぎるのではないかとさえ思えるほどだ。

 

 ノースの町やセプトの村の住人たちが魔物と戦うところを何度か見たことがあるが、そこまで弱いという印象は受けなかった。

 だが僻地の最前線にいるだけあって、それなりに強者が揃っているからこそ町や村として維持できていると改めて認識できた。

 ちなみにイェフはその村人たちから一目も二目も置かれているので、人族の中では強者の一人といっていい強さだといえる。

 イェフから話を聞いた限りでは、各豪族に同じくらいの強さの剣士はそれぞれ数人ずつは揃っているそうなので油断することはできないのだが。

 

 子眷属たちが領域化した後は、ひと月ほどそのままの状態で様子を見ることになっている。

 本当に領地内で何事も起こらないのかを確認したいということだったので、その検証(?)に付き合うことにしている。

 残りの子眷属が転移装置を使って本島に移動するのは、ひと月の検証が終わってある程度領域を広げてからに決めた。

 人の姿を取れる子眷属は、そんな能力が使えるだけあって戦闘力も高いので一領域を守るくらいは簡単に出来るはずだ。

 

 その間に冬が来て雪が積もり始めたが、属性魔石で進化した子眷属たちにとっては大した問題ではない。

 敢えて人里離れた山奥を領域化したのだが、それを確認しに来る重鎮の方が大変だったはずだ。

 検証の最後の日には、できれば冬の間はもう来たくはないと言わせるほどだった。

 もっともそんなことを気軽に言えるのは、領域化したところで本当に何も起きないからと分かったからだろう。

 

「――これで準備は万端かな?」

「はい。領域化も山脈を中心に進めて行きますので、人里への影響も最小限のはずです」

「戦が終わるまではできる限り領民を不安がらせたくはないからね。しばらく時間が経って領域化してもいつもと変わらないと思わせることができれば、平地に行くのもありかな?」

「その頃までには、我々の姿を見ても襲って来ることが減っていればいいのですが……」

「どうだろう? 完全には難しいとしても、少しくらいなら減っているんじゃないかな?」

「だといいのですが。そうでなければ事故が起こる可能性も減りますし」


 こちら側が心配しているのは人族に見つかって討伐されることではなく、戦闘が起きた時に事故で殺してしまうことだ。

 その場合の責任は問わないという約束はあるが、だからといって簡単に割り切れるものではない。

 これは単に人の命が重いというわけではなく、小さな積み重ねが重なると後々問題が大きくなっていくと確信できるからだ。

 そのためにも人族とのトラブルはできる限り避けておきたいという方針は、子眷属たちにも強く伝えている。

 勿論、その方針を守るためにこちらに犠牲が出るのは本末転倒なので、あくまでも「出来る限り」ということはツガル家にも伝えている。

 

「どちらにしても本島方面は始まったばかりだからね。少しずつ様子を見ながらが良いかな。それに、まずは戦が終わらないと落ち着けないだろうし」

「そうですね。ひとまず人を刺激しないように続けて行きます。――それにしても、本島方面はということは、北の方は順調なのですね」

「そうだね。もう一体目の領土ボスも倒したみたいだよ?」

「それは……早――くはないですか。本当に順調のようですね。計画通りに進めて行くのですか?」

「うん。折角人のいない広めの土地が手に入るんだ。やれるときにやっておかないと後で何が起こるかわからないからね」

 

 クインが言った「北の方」というのは順調に攻略が進んでいる樺太地域のことだ。

 こちらはファイが主に張り切って攻略を進めているようで、一体目の領土ボスも倒すことが終わっている。

 土地の広さでいえばあと三体は出てきてもおかしくはないのだが、今のところどれくらいの数が出てくるかはわかっていない。

 領域にしても領土にしてもボスを倒すこと自体はこれまでと変わったことがないので、報告も簡易的になっている。

 何か違ったことが起こればすぐに報告するように言ってあるので、戦闘に関してはそのまま続けてもらうことになっている。

 

 もし問題が起こるとすれば、クインが言っていた「計画」を実行している最中である可能性が高い。

 この計画が何かといえば、例の種――冬の種を使って樺太の島をすべて雪の大地に変えてしまう予定でいるのだ。

 冬の種は、世界樹の分体である俺自身が指示を出さなければ、自らの能力でその勢力圏を広げていくことがわかっている。

 その勢力圏の拡大がどれくらいの速度で起こるのか、あるいは海(海峡)を越えて大陸方面に進出することがあるのかなど、知りたいことはたくさんある。

 

 もし冬の種が成長した植物たちが大陸にまで勢力を拡大していった場合、領域化が簡単にできるかもしれないという捕らぬ狸の皮算用もある。

 勿論すべての土地を雪の大地にしてしまえば生物の多様性といった意味で不毛の大地になりかねないので、冬の種から出来る冬の植物の勢力圏は極地辺りで押さえておきたい。

 その場合でも人族の侵入はあるかも知れないが、魔物がはびこる雪の大地に人が里を作って根付くかどうかは微妙なところだろう。

 もしそうなったらそうなったで構わないのだが、それはまだまだ先の話だろう。

 

 いずれにしても樺太の島で雪の種の実験を進めることは確定していること――というよりも既に実験は進んでいる。

 特にラック辺りが興味を持って調べているようなのだが、何か理由でもあるのだろうか。

 理由は特に聞いていないが、いつものようにただの好奇心が発揮している可能性が高いので、敢えて直接聞いてみることはしていない。

 どちらかといえば俺自身も興味を満たすために実験を進めているので、似たり寄ったりなのだろうと考えているくらいだ。

 

 既にエゾの地も雪に覆われていて、意味で大きく事が動くのは春以降ということになる。

 同時に複数の方面で色々なことが動いているが、それもこれも眷属たちが十分すぎるほどに能力が高くなっているからだ。

 その力の源となっている属性魔石の作成も問題なく続けることができているので、当面の間はこちらが心配するようなことは起こらない――はずである。




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