(8)宗教観

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< side キラ(主人公) >


 この世界の日本列島では、太古の昔から自然信仰というか精霊信仰が主な宗教観だった。

 一言でいえば、万物の物には魂が宿っているという考え方だ。

 その考え方のもとでいえば、太陽も風も川も海も人知を超えた力を発揮している自然はすべて神様であるということになる。

 それらの神様の中には、しっかりと世界樹――というよりも大樹の伝説のようなものもあったようだ。

 本州の中央付近(近畿辺り)では、大陸の影響も大きくなってきて精霊信仰以外の宗教の影響も受けているようだが、中央から離れたツガルでは未だに精霊信仰が根付いているようだ。

 それためクインが「主様は世界樹」発言をしたときに、家臣たちが一気にユグホウラに頼ることに傾いたらしい。

 

 そんなことで大丈夫かと思わなくもないが、そもそも精霊信仰というかツガルに残っている土着の信仰では、神は気まぐれであり時に人に対して厳しいことを行うのも当然だと考えられている。

 人に対して慈愛を与えてくれるが、「恐れ」を与えるのもまた神という考え方だ。

 一柱の神が二面性を持っているという考え方はあちらの世界の日本でもあったが、こちらの世界でも似たような考えを持っているらしい。

 自然そのものを神と考えるならば、自然災害が多いこの土地で一柱の神が二面性を持つという考え方はごく自然に発生するのかもしれない。

 

 ツガルの家臣にとっては、世界樹である俺に仕えているクインを含めた魔物たちは「恐れ」に当たるようで、他の魔物とは区別がされているようだ。

 勿論「恐れ」が神(この場合は世界樹)の眷属であろうと、ただただ祈りを捧げるだけの存在ではない。

 当たり前のように自衛をすることもあれば、場合によっては討伐することもあるだろう。

 何事もやりすぎはよくないということだ。

 

 余談だが、ツガルの者たちが「世界樹」に対して信仰を持っているのは後付けだと考えられる。

 もともとあった大樹伝説的なものに、大陸から入ってきた世界樹の信仰(のようなもの)が混ざって今の形になっているというのが本当のところだと思う。

 もしかすると日本列島に世界樹が存在した可能性はあるのだが、少なくとも現在はそのような存在は感じ取れない。

 これは世界樹としての本能のようなものだと考えているのだが、恐らく近くに世界樹が存在していればそれを感じ取れるはずだ……と思う。

 

「――それにしても大樹伝説か。……これがご都合主義というものかな?」

「ご都合主義ですか。もし本当に都合よく用意されたものだとしても、利用しない手はないかと思いますが?」

「全く持ってその通り。いやごめん。クインの努力を否定するような言い方だったね」

「謝っていただく必要はございませんが……私はほとんど何もしていないようなものです」

「いや。さすがに何もしていないは言い過ぎでしょう。軍事協定的なものも結んできたんだし」

 

 クインが条件の一つとして出した「戦の参加要請に応じること」というのは、俺が全く考えていなかったことの一つだった。

 戦で人が犠牲になるのが嫌だとかそういう理由ではなく、ただ単に忘れていただけである。

 他家との同盟の条件の話し合いの時にそのことが眷属たちから出なかったのは、俺が前者の理由を考えていると思い込んで言い出せなかったらしい。

 そのことを察してクインがとっさに話し合いの場で条件を追加したのは、グッジョブというしかない。

 もっともツガル家にとっては「その程度のこと」だったらしく、ほとんど議論の余地なく条件の一つとして追加されたらしいが。

 

「――そういえば、一家に対してどう対処するのかは決めてきた?」

「はい。イトウ家側で山の麓か森の中に子供たちを二千ほど遊ばせておけば大丈夫だろうという結論になりました」

「あら。二千で大丈夫なんだ。準備は?」

「もうできております。船もあちらで用意してくださるようですね」

「それはまた。至れり尽くせりだねえ。移動するときに船員が余計なことをしなければ良いけれどね」

「それはあちら方も気付いていたようで、必ず家臣の一人はつけていただけるそうです。というよりもノースの管理者になるそうですが」

「ああ。なるほど。敵情視察も兼ねているのね」


 ノースの町は既にユグホウラの影響を受けているので、世界樹の(子)眷属がどんな魔物なのか気になるらしい。

 船に乗るのが大量の魔物だと知られれば乗船拒否されることもあり得ると思ったのだが、その家臣がいるのであれば問題ないのだろう。

 問題が出たら出たで協力が反故になるだけなので、こちらとしても大した問題にはならない。

 そのついでに東北での領域化も進められることを考えれば、一石二鳥以上の利を得ることができそうだ。

 

「……それにしても大樹伝説か。ユリアたちにも話を聞いてみるかな?」

「そういえば、あちらの一家には聞いていませんでしたね。何か気になることでもございましたか?」

「いや。何となく? 特に意味はないよ。ダークエルフはもともと世界樹の存在を知っていたみたいだから、他の家ではどうなっているのかなと気になっただけ」

「そうですか。今から向かいますか?」

「だね。思い立ったが吉日!」


 何となく気合を入れてみたが、特に意味はない。

 そのことがクインにもわかったのか、ただ黙って少し微笑みながらこちらを見ていた。

 

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 世界樹の信仰的な立ち位置について話を聞こうとユリアのところ――ではなく、イェフがいるはずのダークエルフの里へと向かった。

 ユリアに話を聞いてもよかったのだが、彼女は育ちのほとんどがセプトなので村で見聞きした影響が大きいだろうと考えたのだ。

 それならば最初から本島育ちの夫妻に話を聞いたほうが良いだろうと判断した。

 

 ――というわけで、早速夫妻の家で二人から話を聞こうとしたのだが、残念ながらイェフがおらずイザベラだけしかいなかった。

「主人が戻られるまでお待ちいただきますか?」

 そう問いかけてきたイザベラに、俺は首を左右に振った。

 話を聞けるのであれば別にイェフでなくとも構わない。

「ちょっとした話を聞きたかっただけなので、ご婦人だけでも大丈夫です」

「私の話ですか。参考になるかどうか……とりあえずお入りください」

 

 室内に案内された俺とクインは、イザベラが部屋の奥から持ってきた座布団の上に座った。

「聞きたかった話とは世界樹――というか大樹伝説についてなのですが。イザベラは、というよりも一般的にはどのように知られているのでしょう?」

「そういえば、初めてお目にかかれた時はそこまで詳しくお話ししておりませんでしたね」

「ええ。その後も何となく聞きそびれていたのですが、折角なので聞いておこうと思いまして」

「畏まりました。確かにそういうお話でしたら、わたくしにもできそうです」

 ニコリと笑って応じたイザベラだったが、その笑顔には気品があって育ちの良さがうかがえた。

 これならばここにきた目的も果たせるだろうと、そのままイザベラと会話を続けた。

 

 そしてイザベラの話によれば、本島中央でも昔ながらの精霊信仰は残っているようで、大樹伝説も忘れずに語られる話の一つとなっているらしい。

 だからこそイザベラとイェフが世界樹を目の当たりにしたときに、あれほどまでに驚いていたのだが。

 あの反応を見れば伝説のようなものが残っていること自体は予想できていたので、特に驚くようなことではない。

 問題なのは大陸の影響を受けて精霊信仰がされているのではないかとういうことだが、どうやらこれもさほど心配するようなことにはなっていなかった。

 

 さっくりとまとめてしまえば、今の本島中央の信仰は昔の日本で起こっていたような変化が起こっているようだ。

 簡単にまとめてしまえば、昔ながらの信仰はそのままに新しく入ってきた信仰と混ざり合っている途中だということだ。

 混ざり合うというと二つの宗教が一つにまとまっていると考えるかもしれないがそうではなく、それこそ日本の神道と仏教のようにそれぞれが存在しつつお互いに認め合っているような状態だそうだ。

 もしかすると一神教のようなものが入ってきて宗教弾圧のようなことをやっている可能性も考えていたのだが、どうやらそんなことにはなっていないらしい。

 

 本島中央で精霊信仰が駆逐されているような状況であればもしかすると宗教戦争もあり得るかと考えていたのだが、そんなことにはならなさそうでホッと一安心といったところだ。

 大陸に進出した場合はまだわからないが。

 このタイミングでイザベラから宗教観の話を聞けたのも、収穫の一つだといえるだろう。

 そのイザベラから一通りの話を聞いた俺たちは、イェフが戻ってくる前に話を終えてホームへと帰還するのであった。




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