(7)ようやくの発言

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< side クイン >


 人族同士の戦が少ない本島(本州のこと)とはいえ、全く起こらないというわけではありません。

 特に相手に隙さえ見つかれば、喰える時には喰うというのはどこの世界も変わらないのでしょうか。

 とにかくツガル家に対する両面作戦が進行しているのは、確定していると言っていい状況です。

 その期限が春であることもほぼ間違いのない状況でしょう。

 本来であれば敵対してもおかしくないイトウ家とトウドウ家が協力して事に当たっている以上、どちらかが裏切りを行うと考えるほうが難しいです。

 というよりもどちらかに裏切らせることができるのであれば、宗重殿がとっくに動いているはずです。

 もしそれができているのであれば、そもそも私をここに呼び出す必要などありません。

 今この場に私を呼んでいるということは、その策が使えない、もしくは使えなかったということを証明しているようなものです。

 

 いかにツガル家が北の雄の一角だとしても、一度に両面作戦出来るほどの戦力はありません。

 これまで二つの家から攻められずに済んでいたのは、そのうちの一家が別の家との争いが絶えなかったからです。

 その一家というのがトウドウ家であり、だからこそフジワラ家と休戦協定を結んだという情報に宗重殿が驚いたのです。

 休戦協定を結んだとたんにもう一つの家と共同して事に当たったこと自体は、トウドウ家の頭なり家臣に優秀な者がいることの証明でもあります。

 ただ残念なことにその目論見は、私たちユグホウラの存在によって露見してしまったということです。

 

 恐らくですが、こうして宗重殿が動いていることは相手方に伝わっていてもおかしくはないでしょう。

 だからといって同時期に二方向から攻められることは、ツガル家にとっては命取りな状況であることには変わり有りません。

 だからこそこの場に集まっている重鎮たちも重々しい表情になっているのです。

 宗重殿の提案によってこれにどう対処するのかそれぞれが意見を述べていますが、そのどれもが効果的な対処法であるとは思えません。

 意見を言っている彼らもそのことが分かっているのか、それぞれがスッキリしない表情になっています。

 とはいえどちらか一方に下るということは全く考えていないのか、全員がどうにか勝利する方向で考えているようです。

 

 その意見が十分に出尽くしたと判断したのか、これまで黙って議論を聞いていた宗重殿が口を開きました。

「――皆の意見はわかった。だが、どれもこれも上手く行くとは思えないのだが?」

「ですがお館様。どこかを犠牲にしない限りは、最低限を守ることすら不可能です」

 重鎮の一人がそう反論してきましたが、宗重殿は首を左右に振っていました。

「東か西、どちらかを犠牲にして一家に勝つというのはありだろうが、その後で残ったほうに喰われるのではないか?」

「その可能性は高いでしょうが、そうでもしないと……」

「我が家に勝ち目はない、か。……確かに我らの力だけで勝とうとすればそうなるのであろうな」

 意味ありげに宗重殿がそう口にすると、重鎮たちの視線が私に集まってきました。

 話の流れでこうなることが分かっていたのでここまで待っていたのですが、それにしても宗重殿の話の持って行き方はとても巧妙に思えます。

 意図してなのか自然なのかはわかりませんが、どちらにしても一筋縄ではいかない人物であることは間違いないのでしょう。

 

 重鎮たちの視線が私に集まるのを待ってから、再度宗重殿が口を開きました。

「さて、クイン殿。ここまでお待たせして申し訳なかったが、話を聞いていて分かったと思う。我らには策はないが、そなたであれば何か出来るのではないか?」

 そうでなければわざわざここまで来ないであろう――そう言いたげな視線を向けてきた宗重殿に、私は当然だと宣言するように頷いて見せました。

「その策とやらがないわけではありませんが、よろしいのですか?」

「どういうことだ?」

魔物私たちの手を借りて家を守ったことが露見すれば、敵対することになった二家以外にも潜在的な敵ができるのではありませんか?」

「確かにその通りだ。だが我が家はすでに存亡の危機にあると言っていい。その上で魔の物の手を借りて家が守れるのであれば、借りることにためらいはない。その魔の物が『話ができる相手』ならなおさらだ」

「なるほど。それは重鎮の皆様も同じお考えでしょうか?」

 ここで敢えて宗重殿から視線を外して周りを見渡せば、力強い視線が幾つか返ってきました。

 さすがにすべての重鎮からというわけではありませんでしたが、それでもなんとしてでも家を守りたいという気概は感じます。

 

 とはいえ、敢えて口にすべきではないことを今ここで問いかけることしました。

「皆様のお気持ちはわかりました。ですが我々に喰われるということはお考えにならないのでしょうか?」

「それを言われると耳が痛いな。――だが、こうして話をしに来ている以上は、ある程度こちらの意思を通すこともできると考えている。それでは駄目か?」

 そう問いかけてきた宗重殿の表情は、少し困ったようなものになっていました。

 時に厳しい表情を見せた後に、このような表情を見せることができる。

 だからこそ部下に慕われているのだろうと、一瞬どうでもいいことを考えてしまいました。

 

 その宗重殿の表情に免じてというわけではありませんが、ここでユグホウラとしての条件を示しておきます。

 それが、敢えてここで『弱み』を見せてきた宗重殿およびツガル家に対する礼儀だと考えたからです。

「――私たち『ユグホウラ』の存在を認めること。私たちは魔物の行動に対する責任を一切負わないこと。商取引を行うこと。人族との戦になった時には戦力を借りることがあること。以上がこちらが望んでいることです」

「……それだけか? 他にあると思ったのだが?」

 いきなり条件を出した私に戸惑うのではなく、その内容に戸惑った様子で宗重殿がそう聞いてきました。

 

 人族との戦争云々は私がこの場で考えたことですが、それ以外は全て主様の望んでいることです。

 それ以上を望むことは駄目だと言われている以上は、こちらとしてこれ以上の条件を付けるつもりはありません。

「すくなくともいまのところはありません。主様曰く『人族は無理やり押さえつけたとしても後々必ず反発が来る』そうです。特に数が多くなった時の力は侮ることはできないと」

「……それが、そなたの主の言葉か。人のことをよく見ているようだな。是非とも主殿の種族を聞いてみたいものだが……」

「おや? 言っておりませんでしたか? 私の主様は世界樹ですよ」

「………………なんと」

 さすがに世界樹のことは知っているようで、宗重殿が驚いた様子で両目を見開いていました。

 宗重殿だけではなく、世界樹のことを知っているらしい重鎮の何人かもわずかに騒めきを起こしています。

 時に世界樹は、神樹として語られることもあるからこその反応なのでしょう。

 

 主様が世界樹であることを宣言したのが決定打になったのか、その場の雰囲気は一気に私たちの手を借りる方向に傾いたようです。

「――細部はもっと詰めなくてはならないだろうが、クイン殿の手を借りて事に当たっていく。これは決定事項だ。異論はないな?」

 改めて宗重殿がそう問いかけましたが、今度は残った重鎮の全員からはっきりとした意思を感じました。

 どうやらこれで、此度の戦は私たちも関与することが決まったようです。




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