(6)裏切り

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< side クイン >


 主様からの指示を受けて再びツガルの地に来た私ですが、現在想定から少し外れた状況に置かれております。

 というのも闇夜に紛れて宗重殿とお会いした時に、とあるお願いをされてしまったのです。

 宗重殿からのお願いを聞いてそれもありだろうと判断した私は、すぐにそれを了承しました。

 そのお願いが何かといえば、昼間に開かれる重鎮たちとの会合に参加してくれないかというものでした。

 まさかこの段階で姿を晒すことになるとは思っていなかったので驚いたのですが、そもそもの『ユグホウラの存在を認めさせる』という目的にも沿っています。

 そのため特に迷うことなく宗重殿の提案に乗ったというわけです。

 

 それにしてもここで魔物である私の姿を見せるというのはかなり問題だと思うのですが、それだけ宗重殿の器が大きいということでしょうか。

 恐らく数か月後に戦になるであろうこのタイミングで、魔物と繋がりがあることを重鎮たちに晒すわけですから。

 もし宗重殿の求心力が強くなければ、あっという間に謀反なり反乱なり起こされてしまうかもしれません。

 戦が起こることがほぼ確実となっている今だからこそのタイミングなのかもしれませんが、今後にも期待できる人物だと考えても良さそうです。

 

 私の宗重評価は良いとして、翌日には提案されたとおりに重鎮たちの会議に呼ばれることになりました。

 まずはいつも通りのメンバーで挨拶のようなものがあって、そこから宗重の発言で私が姿を見せることになったのですが、やはり予想通りにその場は騒めきに包まれました。

 その声のほとんどが私が魔物であることに対する懸念のようなものだったのは、ある意味で当然のことでしょう。

 この場にいる者たちは宗重殿に変わって各領地を治めている代表たちなので、常に魔物と戦う地位にいるものとしては当たり前の反応です。

 

 重鎮たちの反応はむしろ当然だと考えていたので特に反応することなく立っていた私ですが、一分も経たないうちに宗重殿が動きました。

 騒めきが続く中、たった一度だけ両手を合わせて音を鳴らしただけで重鎮たちの注目を集めたのです。

 それを見ただけで、宗重殿が重鎮たちを良く統率していることが分かります。

 この辺りで既に私の宗重殿に対する評価は『宗重』から『宗重殿』へと変わっていました。

 

 そんな私の心情の変化は横においておくとして、手を一度合わせただけで注目を集めた宗重殿が口を開きました。

「この場に彼女を呼んだのは我の判断だ。これに異を唱えるかどうかは、これからの話を聞いてからにしてくれ」

 たったそれだけの言葉で、先ほどまで騒いでいた重鎮たちが反論するようなことはありませんでした。

 心の内に不満はあったとしても「これからの話を聞け」という宗重殿の言葉に従った結果でしょう。

 

「よし。それではまず彼女について話しておくべきだろうが、その前に一つ確認しておくことがある」

 そう前置きをした宗重殿は、その視線をとある一点へと向けました。

「清秀、そなたはツガル家の東南方を守る役目を与えられているので間違いないな?」

「はっ! 紛れもなく!」

「相変わらず返事はいい…………が、そなたの家であるクロダ家の領を守るのではなく、ツガル家を守るように動いてもらわないと困るのだがな?」

「はっ……は? お言葉ですがお館様……」

「黙れ! いつまで我を謀るつもりか! そなたが内々にトウドウ家と繋がっているのは既に調べがついておる! でクロダ家として存続できるように取引しておることもだ!」

 宗重殿の一喝が室内に響き渡ると、何事かと話を聞いていた重鎮たちの注目がある一点に集まりました。

 その人物が清秀とやらで間違いないのでしょう。それらの視線のほとんどが厳しいものになっています。

 

 それらの視線を感じた件の人物は、鈍くはなかったようです。すぐに反論しようと口を開きました。

「お、お館様! それは何かの間違いです! そ、そうだ。その者に聞いたのであれば、内々に混乱させようと操って……」

「清秀、見苦しいぞ! トウドウ家との取引について聞いたのは、そなたの息子からだ!」

 宗重殿のその言葉に、清秀とやらが両目を大きく見開いて呼吸を止めてしまったかのようにその場に固まりました。

 実の息子から話を聞いたということが、それだけ衝撃だったのでしょう。

 

「こちらのクイン殿から聞いたのは、イトウ家とトウドウ家が連携して攻めてくる可能性があるというところまでだ。それを確認するために調べを入れてみれば、まさか内々の裏切り行為まで発覚するとは思ってもいなかったぞ」

 そう言った宗重殿の視線は、非常に厳しいものでした。

 人の視線に重さを感じることがあるという話がありますが、まさしくそんな感じのものでその視線を直接浴びている清秀とやらは息苦しそうにさえしています。

 隣に立っていた私は宗重殿から重圧を感じていたので、清秀とやらはそれをもろに浴びているのでしょう。

 人の身でこのような技を出せるのかと内心で驚いていた私ですが、それを顔に出すようなことはしません。

 

「そなたの息子からの情報で分かったことなので、お家取り潰しは無しにする。だが、そなた自身の処分は覚悟しておくがよい。直接関わっている者たちへの処分もだ。皆の者もそれでよいな?」

「「「「「はっ!!」」」」」」

 トップの決定に一人を除いた者たちが一斉に、その場で頭を下げました。

 それは事前に打ち合わせをしていたのではないかと思わせるほどに見事に揃っていましたが、呆然とそれを見ていた者にとっては処刑宣告と変わらないものとなりました。

 あるいはこの場から逃げれば命が助かった可能性もあったのでしょうが、宗重殿が手を打っていたのか既に部屋の外に待機していた近衛たちに囲まれてしまいました。

 近衛たちがすぐにその人物を引っ立てると思いきや、何故か手足を縛って動けないようにして口枷をはめて声を出さないようにしただけでその場に座らせました。

 どういう意味があるのかはわかりませんが、この会議の内容は最後まで聞かせるつもりのようです。

 

 近衛たちの罪人処理が終わるのを待って、再び宗重殿が口を開きました。

「さて。残った者たちは春に来るであろう戦に向けての準備だ。わかったな?」

「「「「「はっ!!」」」」」

「それからこの者についてだが、トウドウ家の動きがおかしいと最初に教えてくれたのはこのクイン殿だ。ゆえにこの場に参加させたが、未だ文句のある者はいるか?」

 宗重殿がそう言いながら周囲を見回しましたが、先ほどのように直接的に文句を言う者はいませんでした。

 

 それに、彼らにとってはそれよりも重要なことがあったようです。

 重鎮の一人が問いかけてきました。

「お館様。ひとまず確認なのですが、戦はどちらで起こると推測されますか?」

「両方だ」

「……はっ?」

「だからイトウ家、トウドウ家、両方が連携してことに当たっている。それ故に必ず戦が起こるとわかるのだがな」

 皮肉なことに両家が連携して動いているからこそ、戦が止まらないということもわかります。

 どちらかが動きを止めれば、それが即裏切りになるのですからその後のことを考えれば簡単に止められないということになります。

 

 重鎮たちにもそのことが理解できたのか、それぞれがより重々しい表情になっていきました。

 ツガル家の今の戦力では両方同時に攻められた場合、完全に防ぎきることが難しいことをよく理解しているからでしょう。

 彼らの頭の中からは、既に部屋の隅に打ち捨てられている罪人の存在は消え去っているようでした。




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