(4)成長する歪み
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分体で初めて歪みの浄化を行った後は、いくつかの歪みを浄化しつつユリアが見つけたというダークエルフの里の傍にある歪みの元へと向かった。
「はあー、なるほど。これは大きいな」
「はい。ですが、一週間ほど前に見つけた時にはこれくらいの大きさしかありませんでした」
ユリアはそう言いながら目の前にある歪みと比較するように、両手で大きさを示した。
その大きさは今ある歪みの七割程度の大きさしかなかった。
一週間で今の大きさになったとすれば、これから先どれくらいまで大きくなるか分かったものではない。
本当であればこのまま放置してどうなるのかを知っておきたいという気持ちもあるのだが、さすがに里の傍でこのままにしておくというのは気分的によろしくない。
折角歪みの消し方も分かったので、早速消そう――としたところでシルクが待ったをかけてきた。
「主様、お待ちください。その歪みというものは、もしかするとダンジョンの前段階なのではありませか?」
「はい? 何故、突然そんなことを?」
「わたくしにはその辺りに歪みがあるのはわかりませんが、どうも別次元への入口ができつつあるように感じますわ」
ダンジョンが別次元(別世界?)でできているというのは、この世界での通説だ。
そもそも入口に入っていきなり、大地があって空があるような空間に出ることもあるのだからそう考えられるのも当然だろう。
いわゆる一部屋一部屋が壁で区切られた形式のダンジョンも存在しているが、それにしてもそのまま地面を掘って作られているとは考えられていない。
わざわざダンジョンの外側からある程度地下に掘っていってダンジョンの空間なり壁なりにぶつかるかどうかを確認した研究者もいたらしいので、ダンジョン=別世界というのはほぼ変わることのない通説となっている。
目の前にある成長途中の歪みがダンジョンの入口ではないかというシルクの推測は、すぐに歪みを解消しようとする手を止めることになった。
何しろこの場所はダークエルフの里の傍で、もしダンジョンの成長をコントロール出来るのであれば有用な資源が取れる場所になる。
冬でも資源が採取できる場所ができれば、冬野菜が育てられるようになった時よりも里にとっては大きな恩恵を得ることができる。
……のだが、さすがにこのまま歪みを残して本当にダンジョンになるのか確認することは止めておいた。
そもそもこのまま歪みが成長すると本当にダンジョンになるのかもわからないし、できたダンジョンがコントロールできるかどうかも分からない。
やるのであれば、まず人里離れた場所でダンジョンができるかどうかをきちんと確認してからということになった。
もっともまた同じ場所に成長する歪みができるかどうかはわからないので、勿体ないといえば勿体ないのだが。
「……そもそも里の傍にダンジョンがあった方が良いかどうか長に確認もしていないしなあ……。いつまでも悩んでいても仕方ないからさっさと潰すか」
「よろしいのですか?」
「今回の目的はあくまでも成長する歪みがどんなものかを確認するためだったし。ダンジョン云々はおまけだからね。それについてはちゃんと段階を踏んで確認するよ」
「畏まりましたわ」
「ユリアもそういうことでよろしくね」
「はい……?」
「次も同じような歪みを見つけたらきちんと報告してねってこと。ちょうどいい場所だったら本当にダンジョン化するのかを確認したいから」
「はい。わかりました」
歪みを放置しておくとどうなるのかはいつかは知っておきたいことだったので、これを機会にきちんと実験用に残しておくことにした。
今回の歪みのように成長することがあるというのは初めて知ったことだが、それ以外にも歪みには色々な性質がありそうな気がする。
そういう意味で、何でもかんでも歪みを消していくのは間違っているのではないかという気もしてきた。
もっとも歪みは何が何でも消すのが正解だとしても、今は人手が足りなさ過ぎてすべての歪みにまで手が回らないというのが正しいのだが。
というわけで目の前にある成長する歪みは消すことになったのだが、それはそれで問題がある。
シルクが感じたという別世界への入口ができつつあるという現象が、歪みの浄化にどんな影響があるのか分からないからだ。
とはいえこのまま放置するわけにはいかないということで、何気ない風を装って歪みに手を伸ばした。
もし悪影響があるかも知れないとばれた時点で、シルクが止めに入るのは分かり切っている。
その前にシルクには危険性を気付かれないまま、先ほどまでと同じように歪みの浄化を行わなければならない。
そんな密かな決意を顔には出さないように注意しつつ手を伸ばすと、ついにその歪みに手が触れた。
ただそんな決意などどこ吹く風で、これまでと同じように歪みはあっさりと体の中に吸収されていった。
「…………あれ?」
「主様?」
「キラ様? どうされましたか?」
あまりにあっさりと浄化された歪みに首を傾げていると、シルクとユリアが不思議そうな顔で見てきた。
二人に対して「なんでもない」と返しつつ、予想外に何も起こらなかったことに首を傾げる。
ダンジョン化云々はともかくとして、ユリアがこの歪みが成長しているところを見ていたのは確かな情報だ。
それならば他の歪みと違っているところがあってもおかしくはないと思うのだが……、
「……うーん。もしかすると他の歪みも少しずつ性質が変わっているのかな?」
これまで浄化してきた歪みも見た目ではほとんど変化はしていなかったのだが、実際はゆっくりと何かが変わっていたのかもしれない。
ユリアの見つけた成長する歪みは、変化するスピードが他のと比べて早かっただけで実は他の歪みもゆっくりではあっても成長している可能性がある。
そのことを二人に話すと、ユリアが考えを纏めるようにゆっくりと言葉にしてきた。
「――ということは、幾つかの歪みを定期的に観察したほうがよさそうですね」
「そういうことだね。よく気付いた偉い」
「え? えへへ……」
褒めたのが唐突過ぎたのか、ユリアが少しだけキョトンとした表情を浮かべてからニヤニヤとしだした。
眷属たちと一緒にいるところを見ていると忘れがちになるのだが、そもそもユリアはあちらの世界でいえばまだ中学生に上がったくらいの年齢なのだ。
それなのに実験的な感覚を持っていてそれを提案できるということが、褒められてもおかしくはないことだろう。
もっともこちらの世界の子供たちは実際に働きだす年齢があちらの世界に比べて低いので、これくらいのことは当たり前に出来るのかもしれない。
とはいえ褒めたこと自体を訂正するつもりはない。
ユリアはユリアなりに成長していってくれればいいというのは、彼女を迎え入れた時から変わっていない。
ユリアのことはともかく、大きめの歪みを解消したためか体の中には未だにその影響が残っている。
それを解消するために一度本体に戻ることを二人に告げて、今回の検証を終えることにした。
ユリアは、シルクがホーム周辺まで送るように伝えてあるので大丈夫なはずだ。
というわけで本体まで戻った俺は、しばらくその中で歪みについて考えていた。
もしシルクの感覚が正しいとするならば、歪みはダンジョンが発生する前段階の状態だということになる。
それだけで歪み=ダンジョンとはならないだろうが、そのまま放置しておくと危険だということだ。
――特に、人族にとっては。
今のところ領域内でダンジョンが発生したことは無いが、今後はそれもどうなるかよくわからない。
それを確かめるためにも歪みについての検証は今後も必要になるだろう。
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