(3)歪みの浄化

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 分体生成を使って外に出るといきなりユリアと視線が合って気まずい思いをする羽目になったが、別に一分も経たずに外に出たわけではない。

 ユリアは俺から家に帰っていいと言われていたのだが、律儀に少しの間待つことにしたらしい。

 もしかするといつもの調子ですぐに戻ってくることもあるかも知れないと、十分程度は同じ場所にいることにしていた。

 その結果として見事に戻ってくるところを目撃したのだが、本当に戻ってくるとは思っておらず思わず驚いてしまったと。

 とはいえ戻ってくることを予想していたからこそ待っていたので、その程度で済んでいた。

 ユリアよりもひどい反応だったのは一緒に話を聞いていたシルクで、こちらは完全に呆れたような視線を向けていた。

 その彼女に対して色々と言い訳をしようと思ったが、その言葉を口に出す前に止めておいた。

 そもそも言い訳する必要もないし、これからすること自体が言い訳に繋がるので変に焦る必要はないと考えたのだった。

 

 というわけで何もなかったという顔をして、ユリアを見ながら言った。

「よかった。まだ戻ってなかったか。ちょっと本体で試す前にやりたいことができたから付き合ってくれるか?」

「は、はい……? それは勿論いいですが」

「主様、どちらにお出かけですか?」

「いや。お出かけといってもすぐそこ。世界樹近くは歪みが出ていないから、歪みが出ていて一番近いところかな。というか、あそこにあるからあれでいいか」

 歪みは俺とユリアにしか見えず|眷属≪シルク≫には見えないので、一応指で歪みが出ている場所を指した。

 

 その歪みは実験にもちょうど良さそうな小さなものだったので、急いで近づいた。

 小さな歪みだと、世界樹が処理するまでもなく消えてしまう可能性の方が高い。

 しかも表に出ている時間も短時間で済んでしまうので、実験をするには時間との勝負になる。

 もっとも小さな歪みであればそこかしこにいつでも発生するので、それ自体が消えてしまっても何の問題もない。

 

 というわけでその小さな歪みのある場所へと近づいて、早速それに触れてみ――ようとしたところでシルクに止められた。

「主様、危険ではありませんか?」

「うん? 危険かどうかでいったら危険じゃないと答えるかな?」

「何故ですか?」

「何故も何も、人族も魔物も普通に触れても何も起きないから。今もそうだと思うけれど、シルクにはここには何かがあるようには見えていないよね?」

「そうですわね」

「ということは、歪みがあっても気付かないまま普通にその場所を通過しているってこと。結果、触れても問題ないよ、と」

「それは……そうなのですか?」

 俺の理論(?)に反論できず、シルクはその視線をユリアへと向けた。

 歪みが視えるようになっているユリアであれば、その答えを持っているのではないかと考えたのだ。

 

 いきなりシルクに問いかけられたユリアは、少し考えてから小さく頷いた。

「は、はい。そうだと思います。何度か魔物の皆さんが気にせず通っているところを見たことがありますから。あ、あの……最初は止めようとしたのですが、あまりにも何の反応もなかったので……」

「気にしていませんから大丈夫ですわ。何もないはずなのにそこを通るなというのは、確かに不躾に思われかねませんから」

「あ、ありがとうございます……」

 シルクの答えに、ユリアはホッとした表情を浮かべていた。

 彼女としては、魔物相手に実験、観察したと思われるのが不安だったのだろう。

 

 そんな二人の会話を聞きながら、俺自身はさっそくとばかりに手を伸ばした。

 今の説明を聞いて納得したのか、今度はシルクも止めに入るようなことはしなかった。

「――うーん……。なるほどね。やっぱりそうなるか」

 伸ばした手が歪みに触れた瞬間、以前に感じた感覚と同じであるを思い出した。

 

 そのあるものが何かといえば、世界樹(成木)へと進化した時に世界樹の体の中にあった障害物のことだ。

 あの時は障害物に体当たりもどきをしながら消していったが、それが歪みそのものかそれに近いものだということなのだろう。

 それが分かっただけでも一度体の中に戻った甲斐があった……ということにしておく。

 問題なのは、この歪みをあの時と同じように消すことができるのかということだ。

 

 ――という考えが一瞬浮かんだのだが、その疑問は次の瞬間消え去ることになる。

「えええ? そんなのありか」

 なんとほんの数秒ほど触れていると、歪みが消え去ってしまったのだ。

 今まで目の前で見ていた消え方とは違っていたので、自然に消えてしまったとは考えにくい。

 

 そう考えたものの自信が無かったので一応ユリアを見てみたが、彼女は目の前で起こった現象に目を丸くしていた。

「今の見た?」

「は、はい……。何をされたのでしょうか?」

「何を……って言われてもな。触れただけ……じゃないか」

 歪みに触れてから今まで自分が何をしていたのか考えながら言葉にしたが、ごく自然のうちにやっていたことがあるのを思い出した。

 

 そのやっていたことが何かといえば、それこそ進化の最中に世界樹の中で障害物に対して行っていたことだ。

 具体的にいえば世界樹の魔力の通りをよくするために何度も魔力を通していたのだが、今思い返せばそれが歪みの浄化になっていたのだ。

 それを証明するかのように、体の中にある魔力が歪みの浄化を行ったという感覚になっている。

 

 ただその感覚以外にも少しばかり違和感があって、首を小さく傾げることになった。

 それは小さな動きだったのだが、しっかりとシルクが問いかけてきた。

「主様? 何かありましたか?」

「ごめん。体調には問題なさそうだから大丈夫……だけれど、ちょっとやってみたいことができたからまた本体に戻るね。今度すぐに戻ってくると思う」

 

 シルクとユリアにそう言いながら本体に戻ってきた俺だったが、言葉通りすぐに二人がいる場所に戻ってきた。

「主様? 一体、何が……?」

「うん。歪みの浄化自体はできていたみたいだけれど、浄化した時に出来た魔力が分体とは別物扱いになっていて異物感があったんだ。それを解消するために本体に戻ったんだけれど、上手く行ったみたいだね」

「それは、大丈夫なのですか?」

「勿論、大丈夫だよ。魔力は魔力だからね。シルクに分かりやすく言うとすれば、普通の魔力を世界樹の魔力に変換するために本体の中で解放したと言えばいいかな?」

「世界樹の魔力に変換……そういうことですか」

 俺の短い説明で理解できたのか、シルクが納得した表情で頷いた。

 

 眷属たちが普段からよく言っていることで、領域内には世界樹の魔力が満ちているということがある。

 その世界樹の魔力は、当然のように本体から放たれている。

 それは世界には世界樹の魔力とは別に、普通の(?)魔力が満ちているということでもある。

 歪みの浄化をするとその普通の魔力に変換されるのだが、分体生成で体を作っている俺はそのほとんどが世界樹の魔力でできているので、普通の魔力が体内にあることで違和感を覚えたというわけだ。

 その違和感を解消するために本体に戻ってその魔力を解放したのだが、それが上手く行って今はその違和感自体が消えている。

 世界樹の中で歪みを解消して普通の魔力にするという作業は進化の時にも行っていたので、当然ながら本体に何か不都合なことが起こるということもなかった。

 

 これで歪みの浄化の仕方が実証できたというわけだが、まだまだ問題は残っている。

 今度はその問題を解消するべく、さらに実験を続けることにした。




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迷走している? ――という突っ込みを受けてしまったので、ここでちょっとばかりまとめを。


現在のユグホウラ(と主人公)の行動方針は大きく五つあります。

・樺太方面攻略

・ツガル家(本島)関係

・新金属関係

・歪み(ユリア/世界樹の巫女)関係

・眷属(強化)関係


作中ではこれらが同時進行で動いていて、主人公はそれらすべてに姿を見せているわけではなく指示を出しているだけなので、いきなりことが動いているように見える……のでしょうか?

(敢えて情報を出し渋っているものもあるので、その辺りはご了承ください)

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