(2)東北方面の状況と成長する歪み
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津軽宗重を当主としているツガル家は、現代日本の区切りでいえば青森と岩手くらいの地域を支配している。
支配といっても現代のように国(県?)境線がはっきりしている時代ではないので、その辺りにある人里を管理しているというべきか。
こちらの世界の日本(仮)で『ツガル家』といえば、宗重が当主となっている一族の名であり、青森と岩手辺りを支配している豪族の領土的な意味合いも含んでいる。
日本(仮)全域にそうした豪族がいて、それぞれの家風や当主の気質で土地の管理が行われている。
ツガル家の過去はともかくとして、現当主である宗重はそこまで拡張主義的な政策はとっていない。
ツガル家の支配領域的に北側には潜在的な敵はいないが、南には二つの豪族が存在している。
その内西側がイトウ家、東側がトウドウ家となっている。
西側のイトウ家は昔からの因縁があるのか、常に小競り合いのようなものが続いている。
だが東側のトウドウ家とは、歴代の当主同士の結びつきが強くこれまで戦などはほとんど起こっていなかった。
ところが近年トウドウ家の当主が代替わりした際に、その結び目がほどかれようとしていた。
クインが宗重に伝えたように、トウドウ家はさらに南にある過去から対立の続いていたフジワラ家と協定を結んで、その矛先をツガル家に向けようとしていた。
さらにイトウ家と結託してツガル家を二分するというような話まで具体的に進めていた。
その情報をつかんだからこそ、多少慌てて宗重に接触したというわけだ。
少しばかり勇み足のような感じもするが、のんびり構えていると折角今後も付き合いやすそうな人物が消えてしまいかねない。
それなら大きな賭けになったとしても、まずは接触してみようと試みたのである。
その後のクインからの報告にあったとおりに、結果は上々。
宗重は、早速トウドウ家に探りを入れるための人員を送り出したそうだ。
こちらとしては既にトウドウ家が動き出していることは事実として掴んでいるので、あとは結果を待つだけでいい。
トウドウ家の動きをつかんだ宗重がどう判断するかはわからないが、少なくともこちらに対する印象は悪くはならないはずだ。
何しろこちらが接触するまで知らなかった情報を与えることができたのだから。
宗重に対してこちらの印象を良くすることができれば、今後の展開がやりやすくなる。
そのためにも、まずは大きな一歩を踏み出したというべきだろう。
もし事が起こるとすれば、雪が解けた春以降になる。
その前に色々な準備を進めなければならないだろうからこのタイミングが逃せなかったというわけだ。
動きがあるとすればこれから数週間の間に宗重側から接触があるはず……だと勝手に考えている。
宗重の屋敷には蜘蛛と蜂の情報部隊が潜んでいるので、向こうが望めばすぐに連絡がくるだろう。
もっとも向こうが一人で解決してしまえばそれもないのだが、それはそれで構わない。
今回に関しては相手が知らない情報を渡すことができたことが重要なので、それ以降はおまけでしかないと考えるようにしている。
というわけで本州方面に関してはしばらく「待ち」になったので、内政面と樺太方面について考えよう――と思ったところで、予定に無かった訪問者を迎えることになった。
それが誰かといえば、世界樹の巫女となっているユリアだ。
「――そっちから来るのは珍しいね。何かあった?」
「はい。お忙しいところ申し訳ございません」
「本当に忙しかったら会ってないんだから、一々謝罪しなくてもいいんだよ?」
「きょ、恐縮です。それで、一つお伺いしたいことがあるのですが、ダークエルフの里の傍に割と大き目な歪みを見つけたのですが、お気づきですか?」
「いや。知らないな。というよりも歪みの処理は本体が勝手にやっているから、俺自身はきちんと動いてみないと分からない……あれ? もしかしたら本体に戻ったらわかるかな?」
ふと疑問が沸いてきてついそれを口に出して言ってしまったが、特に知られても問題はないので気にしないことにした。
それに今は、思い付きを試すことよりもユリアの持ってきた話を聞く方が重要だ。
「――それはいいや。それよりもわざわざ話をしに来たってことは、問題があるのかな?」
「はい。最初に見つけた時から既に一週間は経っていて、今もなお成長しているようなんです」
「……それは確かにおかしいな。そのくらいの距離だったら処理されていてもおかしくはないはずなんだが……?」
「そうですね。ですのでこうして報告に来たわけです」
ユリアの返答に「なるほど」と返してから何度か頷いた。
今では小さい歪みもきちんと発見できるようになっているユリアなので、彼女が「大きい」と言っている以上はそれなりの大きさであることがわかる。
しかもその歪みが成長しているというのは、初めて聞いた。
これまで発見してきた気になる歪みは大抵数日後には消えていたので、成長するような過程を見ることはなかった。
ユリアのお陰で歪みも成長することがあると分かったのはいいが、問題はそのあとだ。
そもそも歪みが成長し続けるとどうなるのかは、今のところ分かっていない。
例のシステムメッセージから歪みとダンジョンに関係がありそうなことはわかっているのだが、それがどう関係しているかは分からないのだ。
一番簡単に考えれば歪みが成長を続ければいずれダンジョンになる――と予想できなくもないが、今のところはこじつけでしかない。
ユリアが見つけた歪みを放置したままにしてダンジョン化するかどうかを確認してみるのもいいかも知れないが、それを実行するには場所が問題になる。
これが人里離れた場所なら実験する価値もあったのだが、さすがにダークエルフの里の傍にあると聞けば放置しておくわけにはいかない。
歪みが成長して出来上がったダンジョン(予想)が、どの程度のものなのかが全く分からないのだ。
もしかするとユグホウラの全員でことに当たっても対処できないような可能性もあり得るので、さすがにのんびりと構えているわけにもいかないだろう。
となるとその歪みを処理しなければならないのだが、ここで問題になることが一つあった。
「うーん。どうしようか。そもそも歪みの処理ってどうやるか分からないんだよな」
歪みの処理は本体が勝手にやっていることなので、分体である俺が処理できるというわけではない。
というよりもこれまで処理する必要性を感じなかったので、試すことすらしなかったというべきか。
「やはりキラ様でも駄目ですか」
「駄目というかやったことがないからどうしようもないというべきか。うーん……仕方ない。ちょっと色々と試してみるか。戻るのがいつになるのか分からないからユリアはいつでも家に帰っていいからね」
「え……? キラ様!?」
ユリアが驚きで両目を見開くのと同時に、俺は既に分体を解除して本体へと戻っていた。
本体の中にいれば歪みの処理をどうやっているのか感じ取ることができるのではないかと考えたからなのだが、それがただの思い付きに過ぎなかったのは否定できない。
本体に戻ったのはいいが、さてどうすればいいのかとしばらく悩むことになってしまった。
そもそも世界樹が本来の木として行っている光合成やその他の活動は、中にいるときでも感じ取ることはできない。
歪みの処理もその類に分類されるとすれば、そもそも中にいたとしても感じることができないという可能性もある。
さてどうしようかと悩んでみたものの良い答えが浮かぶはずもなく、分体の状態で一度も歪みに触れたことがないことを思い出した。
それならば分体で外に出て歪みに触れてみようかと思い付き、すぐに外に出てちょうど家に戻ろうとしていたユリアと視線が合って気まずい思いをする羽目になるのであった。
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